第17話 腹が減っては戦が出来ぬ
ううむ、自分はこの方向に向かって生きてよいのだろうか。
そう思いながら粉を振るい、もくもくといろいろ手を動かした結果、引っ越しパーティー用の料理がいくつか完成する。
「まあ、とにかく、冷めたらおいしくないものもあるし、あいつらのとこにいくか!」
悩みに悩んだが、やっぱりどうにも結論の出ない俺は、とにかく温かくておいしいものを食べ、双子と俺自身の心を満たす方向にシフトする。
人間、腹が減っては戦が出来ぬと大昔の言葉でも言ったらしいからな、科学技術が進化した今でも食事には大いなる効果があると言われている。
食べなくてもイライラしないような薬は開発されたりもしている。が、美味しい料理の心への効果はきっと今も昔も変わらない。
「イチロー様、お料理作り終わられたのですね。衛生上、料理に問題はなさそうです!」
安全監視中の文字が消え、クルの目玉が戻ってくる。
お帰り、つぶらな瞳。
「おうよ、ロボットから太鼓判押されるのもなかなか気持ちいもんだな」
「ふふふ、それが押せない料理は、わたくしこのキッチンから断じて出さないつもりですからね」
ロボットからちょっと不穏な笑い声が漏れるが、とりあえずのところは問題ないらしい。ま、問題があった時のことは考えないようにしよっと。
「クル、料理をリビングまで運んでくれるか?」
「はい、お安い御用です! 本来はメイドロボのお仕事なのですが、今日は張り切ってキッチンから外出しちゃいますよ!」
クルはそのまあるい頭に、器用にトレーを乗せると、俺の作った食事を運搬してくれる。
「さ、パーティー本番の始まりだ!」
ででん、とリビングに入った俺が触れたのは、なんというか非常に重苦しい空気だった。二人は、リビングの中央にある大きなソファのそれぞれ端っこに腰掛けていた。
余裕綽々な表情で、にやにやしながら雑誌(今の時代では珍しい紙)を読んでいるマキ。その反対側で、ぶすっとした表情で虚空を見つめるヒメ。
そして、ヒメはいつものフリフリ多めのドレスにいつの間にか着替えていた。
「あ、イチ兄。できたんだね」
マキが顔を上げて立ち上がりこちらへと寄ってくる。
彼が近づいてくるにつれ、マキの唇に目が引き寄せられ、先ほどのことが思い出される。あれが、さっき俺のここに触れて……? 俺の手は自分の唇へと伸びる。
「お兄様、何を作ってくれたのですか?」
マキを見つめてぼーっとしてしまった俺は、不覚にも数秒現状を認識するのに時間がかかってしまう。体の半分が暖かい感覚に包まれてた。
後ろから……抱きつかれてる!?
そして、えっと君男の娘だよね? 背中に当たるなにか柔らかいふくらみのようなものはなに!?
「お兄様はマキとばっかり仲良くしてずるいです。ヒメとももっと仲良くしてください」
心の中に響く少し甘ったるい声。
わざとらしく感じられる面もあるが、どうしようちょっと癖になりそう。
「そんなにマキのこと見つめて体熱くして。お兄様はノーマルなんですよね? じゃあ、あんな美少年じゃなくて私みたいにかわいい女の子が好みでは」
うん、見た目はすっごい好みだし、そのしゃべり方も実はどうしてドストライクだけどね。下半身がね、下半身が悪いのよすべて。
というか、ノーマルだったらヒメに欲情するのもちょっと違うのだけれども。
「全部、ここが悪いのですかね……?」
すーっと、ヒメの手が俺の体を降りて、弱いところを触ろうとする。
「さあ、冷めないうちに食べようぜ!」
身の危険を感じて俺はヒメの抱擁から逃れた。そして話を逸らす。
「もう、お兄様は恥ずかしがりですね。いいでしょう、まずは庶民パーティーの料理とやらをいただいてからにしましょう」
ヒメは俺の態度に怒りもせず、ソファにかわいらしく座りなおす。マキもいつの間にかソファにおさまっていた。
俺はどこへ……。
「もちろん、イチ兄は」
「私たちの間です!」
ええ、俺その雰囲気の真ん中に座るの、きつすぎないか?
といいつつ、とにかく俺は早く食べたいのでおとなしく座る。
今日はうまくできた気がするんだ。
「よし、じゃあクル。テーブルにおろしてくれ!」
「かしこまりましたぁ!」
クルは器に3人前どん、と盛ったそれと、個別のつゆ、箸をささっと並べていく。
俺の左右の二人は物珍しそうに、目の前に現れたものを見つめていた。
「イチ兄、これは?」
「もちろん、引っ越しと言えば、そばだろ! ざるそばだぜ、いえい!」
テンション高めに言ってみる。
俺の言動にぽかんとする双子。
そして次の瞬間には二人は、声をそろえてくすくすと笑っていた。
「なにを作るのかと思ったら、イチ兄!」
「そばって! 少なくともパーティーにはそぐわないですねっ」
「それに、冷めないうちにって」
「ざるそばは、そもそも温かくないですよ」
「そ、そうかぁ」
そぐわないと言われた上に、上げ足まで取られてちょっとショックを受けつつも、二人が笑っていることに安心する俺。うんうん、やっぱり食べ物には人を元気にする力がある。
でもね……笑ってないで、さめな、ううん、伸びないうちにとりあえず食おうか!
「ほら、二人とも笑ってないで食うぞ」
「はーい」
口に出して注意した俺に二人の返事が重なる。
それは、二人の息があったのを俺が初めて見た瞬間だった。
うーん、なんていうかあれだな。
目指す方向はみんな笑って暮らすこと、かもしれない。
俺が後継者にどちらを指名しようと、俺はこの二人と笑って生活したいなと思った。
そばだけに、笑ってそばにいたい。
なんつって。
そばをすすりながら思った。
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