第9話 初体験です

性的なことをタブー視する。

そんな風習が昔の日本にはあったらしい。

そして俺は、その風習をこの身に色濃く受け継いでいるようで、この間の下半身の事件は相当心に堪えていた。


だって、いたいけな少女、見た目美少年だけどそんな少女の前で、俺はあんな痴態をさらしてしまった。

いくら現代日本が性に寛容であるという知識はあるとはいえ、俺の感覚はオールディーが基準だ。つまり過去の人間と一緒。親戚や、家族や学校の友達にそういう場面を見られて、傷つかないわけがないだろう?

というか、少女の方が少年姿の自分に欲情されるとかどう考えても傷つくんじゃないか、ああどうしよう、合わせる顔がない。


ロボットに仕事を奪われ、自分の種の可能性を、人間の多様性を広げることだけに注力するようになった我々には、もはや、奥ゆかしさなどという美徳を発揮する余裕もなくなった。

自分が生き残るために、人間の一面を見せつけるために、人々は様々な行動や思考、言論をまとめ、それらは人間という種のデータとしてAIが管理している。

AIに認められなければもう、人類は生存も許されないかもしれない、という極論を唱えるものもいるが、真偽のほどはわからない。


んで、なんていうかね、つまり、頭ではわかっているんだよ。

別に、ああいうの今の時代じゃ隠す必要ないかもしれないって。

でもね、俺がそれを認めてしまったらもうなんていうか俺じゃ無くね? みたいなことがあるわけですよ。

つまり俺という人間がこうやって大企業の跡取りと結婚するなんていうとんでもないことになったりしているのは、俺のこの感覚に起因するわけ。

これを変えて、失ってしまったら俺には何も残らない!

じゃあ、俺ってこの状況詰んでるんじゃないか? どうしたらいい?

俺はどうやって生きていったらいいんだ?


俺の寝室のベッドに朝食を運んでくれた、ヒメに俺は自分の思いを吐露する。

その話を聞いていたヒメはだんだんとあきれたような顔になっていき、最終的にぽすんとベッドの端に座った。うん、本日の衣装はオールディーなラノベという書物にも登場するごすろりと呼ばれる洋服だ。黒を基調としたフリルのあるドレスを、ヒメは見事に着こなしている、ほんと中身が男とは思えない。


「あのですね、お兄様。あの日からもう1週間ですよ?」


ヒメがじっと俺の目を見つめてくる。

そんなことはわかっている。

そして時間がたてばたつほど謝りづらくなっているのが現状だ。

というか、マキ相手にたとえ謝るために向かい合うとはいえ、俺の下半身が反応しない自信がない。ダメだ、ひどい二次災害の予感がする。


俺がそんなことを考えてしまったために黙ってしまうと、ヒメはもう一度大きく、ため息をついて俺のほうへとすっと体を寄せてきた。


「マキは、お兄様とは違って現代の感覚を持った人間です。こんなことで深く傷ついたりしません。それに、私たちは昔から、企業のトップになるべき人間として様々な教育を受けてきています。このくらいのセクシャルハラスメントとも呼べないような状況なんて星の数ほど体験しているし、心が乱されることもありません」


ちょっと待って、それ、通勤電車で毎日痴漢に遭ってるけど、何も感じなくなっているような状態だよね、まずくない? 警察行こうよ、警察!!

と、頭の中で焦る俺だが、現代日本には通勤電車も痴漢もない。

仮想世界に出勤するのに電車はいらないし、は痴漢などアブノーマルな性癖を持つ人間は、自分の望むような仮想世界に潜らされている。

人権はどうなっているのかって?

いや、みんな好きで入っていくらしいですよ、その世界に。


で、まあ、好きで潜らないタイプの人々の標的は、ヒメやマキのようなリアルの肉体で歩くことのある大企業のトップやその家族などの露出の多い人間に集まるらしいという知識は持っている。

だからヒメが言ってることは理解できる。


「でもさあ、俺が許容できるかどうかはまた別の問題だしさ」


心の中で思っていたことを思わず口に出してしまう俺。


その言葉に、ヒメはなぜかにっこりと恐ろしい笑みを浮かべると、獲物を狙うような眼をして、ぐいぐいとさらに体を近づけてきた。


「慣れればいいんですよ。そういうことに。それとも、マキにあんなに反応するなんて性欲が溜まっているのですかね?」


男の娘。まだ子供だと思っていたその子は、唇をぺろりとなめる。その動作があまりにもエロくて、俺はちょっとどきまぎしてしまう。

そうだよな、こいつ、最初からそれなりにこの暮らしに乗り気だった。

ということは、もともと俺とそうなることを認めて、それとも望んでいる……?

まあ跡取りになりたいだけ、という可能性もあるが。

俺のことをそう思っている確率はゼロじゃない。跡取りになれて、俺とも結ばれるのが彼女のハッピーエンドなのか?

こんなにエロいのに俺の下半身は全く反応しないが!


俺は、ベッドの反対端へと後ずさる。

けれど、ヒメはがっつりと逃げようとする俺の肩をつかんでくる。

逃げられなくなってしまう。


「お兄様、目を閉じてください」


なんだか催眠にかかったように、ヒメの言葉で俺は目を閉じる。

視覚情報が失われ、他の感覚が研ぎ澄まされていく。集中。

遠くで時計の音がする。ベッドがきしむ音もする。今日のシーツは柔らかくて肌触りがいいヒメからは香水の甘い香りがする——。





「目を……開けてください」





つぶやくようなヒメの言葉。

俺はその言葉に目をゆっくりと開ける。

顔のかなり近くにヒメ。



彼女はにっこり笑うと、俺の視界の中をスライドしてセンターを開けた。




俺の目にベッドの上に大量に並べられた何かがうつった。

そこに並べられていたのは、大量の、うん、アダルトグッズというもの。


「これで発散してくださいね、お兄様♥」



そう言って、ヒメは俺の寝室を出ていく。部屋を出る直前のウィンクが何ともかわいらしかった。


俺はベッドにたくさん広げられた多種多様なグッズ、コンテンツを眺める。


あのですね、何気に俺、新式の仮想世界でのアダルトコンテンツも含めて、こういうアダルトグッズ初体験です。


やはり、ヒメは同じ性別なんだなと感じた朝でした。

……試していたらいつの間にか夜になってましたごめんなさい。

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