第20話 日常を紡ごう②
言葉が頭の中をゆっくりと沁みていく。
リフレクト。
何度も何度も反響する。
「それって……」
俺はかすれた声を絞り出す。
近親のものを好きになるのは、現代においても他の性的趣向よりもタブー視されやすい立場にある。
それは、タブー視されている理由が倫理や、人間感情的なものを要因としたものではなく、遺伝学上の問題であるということに起因する。
近親者から生まれた子供は、遺伝子に異常が起きやすい。
だからこその嫌悪感。
だからこそ様々な性的趣向が認められた今でも広がっていない性の在り方。
「そう、お兄様。私はマキを愛しているのですよ。もっとも、マキは自分が私に興味を示さない、それだけの理由で執着していると思っているようですけどね」
ふっとヒメが悲しそうに笑う。
俺は、彼女にかける言葉が見つからず、唇を噛む。
ただ、俺には、そのヒメの純粋そうな思いを気持ち悪いなどと思う心は全くわかなかった。だから、言ってしまう。
「大丈夫だよ」
それがどんなに無責任な言葉かは、わかってる。
でも、伝えたかった。
それが別に、おかしいことではないって。
大丈夫、俺は軽蔑しないよって。
「何が大丈夫なんでしょうか、お兄様」
俺が見つめる先にいる彼女は、目の中に一杯涙を浮かべている。
普段は明るくしているからこそ、彼女はマキ以上に我慢しているのかもしれない。
俺の中で悪魔の心がささやく。
『今が惚れさせるチャンスなのでは』
俺の中で天使の心がささやく。
『彼女にやさしくしてあげるんだ!』
うん、結局、天使も悪魔もやらせようとしていることは一緒だな。
俺は、涙を浮かべるヒメに近づくと、
ゆっくりと彼女を、抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だから」
それしか言えない自分が憎い。
自分の引き出しのなさ。人生経験の浅さが憎い。
ただ、抱きしめている腕越しに、触れている体越しに、少しは想いが伝わったようで、ヒメの震えが少しずつ、少しずつ止まっていった。
「ありがとう、ございます」
少しだけ低い声。
この間聞いた野太い声とも違う。か細い、飾らないヒメの声。
「いや、何もできなくてごめんな」
俺はそう言って、ヒメの頭をなでる。
ヒメは俺のことを見上げると、何とも言えない表情で——
笑った。
「お兄様、やさしいんですね。好きになっちゃいそう」
頬を赤らめる彼女。
あれ、なんだろう、この感覚。
ヒメは手をつかんで自分の頭からおろすと、そのまま両手で俺の手を包み込んだ。
「それじゃごめんなさい、先に戻ってます」
ぎゅっと手をつかんだのち、ぱっと離すとヒメは庭の中をかけていく。
途中で振り返って、そう、叫んだ。
フリフリのドレスが朝日に照らされ、周囲の花すら彼女のドレスの一部のよう。
その景色をそのまま切り取っておきたいと、俺は強く願った。
永遠を、願った。
けれど、彼女は遠くへ行ってしまう。
綺麗な世界から、俺は現実へと戻っていく。
醜い自分に、汚い自分に、無能な自分に。
そして俺は、あることに気付く。
「嘘、だろ……」
自分の下半身のある部分に少し血が集まっていたことに。
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