第23話 白黒つけたい?
「マキ、どうしてここにいるの! 今日は私の日なのですよ」
驚いたヒメが立ち上がってマキを問い詰める。
おうおう、すごい勢いだ。
そんな勢いに押されることなく、むしろ押し返してマキはリビングへと入ってきた。
「僕ちゃんと約束したよ、食べてる間だけって」
「それは普通食事の間だけのことでしょ」
ヒメはどんどん進んでいくマキの後ろを追いながら反論する。
マキは棒付きのアイスをくわえながら、リビングの収納棚を開けていた。
「お、イチ兄。リアルオセロあったよ。さっすが母さんとじいちゃん、準備万端だね」
「ちょっとマキ、無視しないの」
「はいっ、ヒメは静かにするー」
マキはポケットから飴玉を出すと、ヒメの口に放り込んだ。動作がイケメン。
「むごごご」
思いのほか大きい飴玉を口に入れられたヒメは、しゃべろうとして、飴の大きさに阻まれる。ただ、行儀の問題からか、飴を外に出そうとはしない。
観念したのか、飴を口に入れたまますごすごとソファに戻っていった。
「それじゃ、イチ兄、オセロしよっか」
「お、おう」
一応ヒメの日なので、俺はやってもいいかヒメに目線で許可を求める。
すると、ヒメはすっと手を出して、どうぞのポーズ。
うん、なんかもういろいろ諦めてるみたいだな。
それとも、マキといられて、マキに飴をもらえて実は内心喜んでいるのかしら。
うーん、やっぱりわからない。
「ルールはさすがに知ってるよね」
オセロの台をテーブルに置きながらマキが問いかけてくる。
「もちろん」
俺は地味にリアルオセロをするのが初めてなので少々興奮していた。
いや、まあ、触れられないオセロとゲームとしてはなんら変わんないんだけどね。
やっぱり感触のあるものを用いてゲームをするのは楽しいんだ。
うちには将棋はあったけど、オセロはなかった。実家の日本家屋には似合わないって理由だった。
うん、個性的なものが尊重されるようになったせいで、結構しばられてるものもあるんだよな、現代も。
「じゃー、イチ兄。せんこー? こうこー?」
「うーんじゃあ、後攻で」
先は譲ろう。オセロにはちょっと自信があるんだなぁ。
「イチ兄、オセロはやめよっか……」
「うん、そうしよう」
一局、たった一局でそう言われてしまった。
盤面は真っ白。
こんな序盤で真っ白になることある? といった感想。
「マキ、オセロ強いんだね」
俺は普通に涙目。
「んふむ、むぬん」
まだ大きな飴玉をなめているヒメがいう。
たぶん、マキは強いと言っている。
マキは目の前にあるオセロの石を裏表と見つめている。
「イチ兄、僕ね、オセロってとっても好きなんだ」
「どうしてだ?」
俺は自分の並べた石をしまいながら聞く。
「世の中ってさぁ、割り切れないことが多いじゃん? でも、オセロはこんなにもはっきり分かれてて将棋やチェスと違って裏切りも昇進もなくて、ただただそこには2面の石がある。どっちが表になっていても、本質は変わらない」
マキは俺じゃない誰かを、どこかを見ている。
「それって素敵じゃない?」
焦点の合わない目をしたまま、どこかへ向かってほほ笑みかけるマキ。
それが何なのかはわからない。
世間か、過去か未来か。
きっと俺が知らないような苦労が、マキやヒメにはあるのだろう。
能天気で庶民である、しかもあまり現代技術に触れないように育ってきたオールディーな環境で育った俺だ。
彼の、彼女の、苦悩はわからない。
ましてや、世間一般的な風当たりがマシになったとはいえ、自分の性別とは違う振る舞いをしているのだ。
なにか心に感じるものがないはずはない。
「でもまあ、白黒つけるより、もっと素敵なものに俺は出会ったんだけどね」
急にマキの視線が戻ってきて、俺をまっすぐに見つめる。
「えっ」
それって、どういう。
俺がそう尋ねようとしていると、がりっとマキの口から音がする。
「あーあ、食べ終わっちゃった」
マキはぺろりと、アイスのついていた棒をなめる。
ぬるぬると動く彼の舌から俺は目が離せない。
「じゃあ、僕は戻るね」
そう言ってマキがリビングから去っていく。
「何だったんだ、あいつは」
彼が部屋を出ていくのを見守り、俺は小さくつぶやく。
その時、柱時計がなり、12時を俺たちに伝えた。
「もうお昼じゃん……ヒメ、ダイニング行くか」
「ふんんー」
後ろにいたヒメは顔を真っ赤にしながら、まだ大きな飴玉と格闘中だった。
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