第12話 残されたルート
「いやいやいやいや」
俺はマキの言葉に、手を顔の前でぶんぶんぶんと振る。
「それ、誰得なんだよ。ヒメ喜ばないだろ」
「もちろん、僕得だよ。イチ兄」
マキはそう言いながらなぜか真剣な目。
おいおい、自分の利益のためには必死ってか?
それともなにか意図があるのか。
そう考えて、俺はそう思い真意をマキに問いかける。
「俺が女装するとどうなるんだ?」
「イチ兄、僕たちに残された道はハーレムエンドしかない」
「え、は? はーれむ?」
オールディーなラノベで見た単語を急に投げかけられて俺は狼狽してしまう。確か、主人公がたくさんのヒロインに好かれているような状態、だっけか。結構な数読んで、憧れもしたけど、現実にそんなものを望むほど俺は馬鹿じゃない。
けれど、マキのやっぱり真剣な目。
「で、はーれむエンドとは?」
「イチ兄は、女装しながら僕とヒメと付き合う。すると、僕はヒメ以外のかわいい女装男子と一緒に居られて満足だし、イチ兄ならたぶん、親が決めた婚約者でもあるわけだから、ヒメも少し寛容な立場をとるはず。だからイチ兄は抹殺されない。んで、イチ兄はこんなにかわいい&かっこいい双子と一緒になれて満足でしょ」
俺の心はどう思われてるの?
そう思って苦笑いしていた俺だったが、
でもうん、マキのまなざしに見つめられていたらそんな気がしてきた。
はーれむを目指さないといけないんだね。
お目目ぐるぐる……
はっ、あぶないあぶない。なにかに洗脳されそうだった。
俺はぶんぶんと頭を振って正気を取り戻す。
「でも俺、さすがに二人と結婚するとか無理だぞ」
「現状の法律的にはできるよ、イチ兄」
思いついたことを述べるがすぐに切り返される。
そう、現代では多種多様な性の形が認められ、出生率も減少を極めた結果、一夫一婦制は廃止されている。女が何人もの男と付き合ってもいいし、逆もしかり。
ただなぁ、俺の感覚的なもんがなぁ。
「でもやっぱり、俺は一人とずっと一緒にいたいと思うんだよなぁ」
ごねる、俺。
ここでごねなければオールディーの名が廃る。
「うん、イチ兄。それは置いといてだね? イチ兄は、他に幸せになれるルートがあると思う?」
ふむ、置いておかれた。ただまあ、幸せにはなりたいので、マキの言った通り他に幸せになれるルートを考えてみることにする。幸せ大事。
「そもそもの結婚の件をやめるとか?」
「そんなことしたらイチ兄の実家つぶれるよ? それに、自分が落とせなかった男をヒメが許すと思う?」
「じゃあ、俺がヒメのことを本気で好きになって結婚する。そしたら、ヒメはお前のこと気にしなくなるだろ」
「たぶんそれも駄目だ。ヒメは自分よりきれいな女装男子を逃がしやしない。僕はヒメ以上じゃないと無理。だからそれじゃ僕が幸せになれない」
おいおい、俺の気持ちは置いておかれるのに、マキは自分の幸せを主張するのか。不公平じゃないか!
俺はそう言いたい気持ちをぐっとこらえて、思考を巡らせる。
はてはて、俺はどうすれば……
そこで俺は天才のひらめきを得る。
うん、賢者タイム最高!(思い出した)
「俺がヒメを心から惚れさせて、俺以外の奴を見させないようにすればいいんじゃね!?」
俺の言葉に、マキはびっくしたように目を見開く。どうやら、この回答は予想外だったようだ。
「それ…いいね」
マキはにやりと笑う。
「ね? いいだろう!」
俺もにんまり笑顔。
そして、マキは座っていた椅子から立ち上がり、俺のほうへと向かってくる。
「俺は、自由になりたいんだ、イチ兄」
「おう、そうだよな。双子に常に監視される人生なんて嫌だよな」
わかる、わかるぞ、マキよ。
自由とは大事なものだ。
この自由になった現代において、それでも我々は不自由さを感じる。
人間とはなんと欲深い物だろうか。
ただ、マキの今の不自由さは現代において意外と珍しい悩みだ。
それは解決されてもいいんじゃないか。
「だから、イチ兄。協定を結ぼう」
「協定?」
「うん、俺はヒメがイチ兄に惚れるように全力で協力する。だからイチ兄は、ヒメがイチ兄のこと好きになった暁には、俺の願いを一つだけ聞いてくれない?」
ふむ、なんの問題もない約束事だ。
どうせ、マキの願いなんて女装してくらいだろうし、そもそもヒメがマキや他の女装男子に興味を失ったら、親が決めた相手である俺なんかじゃなくてもいいはずだ。
だったら、大した願いを言ってくるまい。
「よし、いいぞ。約束しよう。ヒメが俺に本気で惚れた暁には、俺はマキの願いを一つ聞く」
俺はそう言って、マキに手を差し出す。
「約束だ」
「うん、約束」
握手をするつもりだったのだが、マキは俺の小指に自分の小指を絡めてくる。
その動作がどうもエロくて、俺の心はちょっとばかしドキドキしてしまう。
絡み合った指がほどける。
少しだけ、甘い空気が二人の間を包む。
「それじゃあ、イチ兄。僕、作戦考えてくるから、実行の時はノリで合わせてね!」
明るい声で言うマキ。先ほどまでの空気はどこへか飛んで行ってしまった。
そして、打ち合わせせずノリなんかーい!
そんなんでヒメのことを本当に落とせるの?
不安な俺をよそに速足でリビングを出ていこうとするマキ。
しかし扉の直前で立ち止まる。
「……」
ぼそり、小声でマキが何かを言っていたが、俺の耳には聞き取れなかった。
この言葉をちゃんと聞き取っていればよかったと、俺はその後本当に後悔するのだった。
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