第15話 双子の二人
「マキ、なにしてんの!」
キッチンの中に怒声が響く。
俺がその声にびくりと体を震わせると、俺の唇からゆっくりと柔らかさが離れていった。
その言葉がヒメから発せられたのだとわかったが、その声はいつものヒメの声からは想像しがたいような野太く、怒りをはらんだ声だった。
「なにって? キス?」
マキが、唇をぺろりとなめながらヒメのほうへと振り返る。
俺からはヒメを見るマキの表情は見えない。
ただ、ヒメの表情越しにマキがどのような顔をしているのか想像できる。
きっと余裕をたたえた笑みを浮かべているのだろう。ヒメを挑発するような。
「キスって……それにその服は」
ヒメはマキが持っているフリフリのエプロンをにらむ。
「ああ、これ? イチ兄が僕のために料理の時に着てくれるって。だから僕、ちょっと興奮しちゃって押し倒しちゃった」
「お兄様が? 本当ですか?」
「あ、あの、それは……」
怒りの表情をたたえたヒメの顔に耐えかねて、俺は真実を話しそうになる。ただ、そこでマキが振り返り有無を言わせぬ視線で俺に命じる。
『やくそく』
マキの口元がそう動く。
ひいい! 裏切らないですから、殺さないでえええ。
「そうなんです、ごめんなさい」
俺は小さな声を喉から絞り出す。ヒメもマキも怖すぎる。
こんなのが結婚相手の候補なんて俺つらすぎないか!
「ふうん」
予想外だったのは、俺の言葉で落ち着きを取り戻したヒメだ。
え、うそがばれた?
「そっか、マキはもうそんなに、お兄様と仲良くなったのか。そっかそっか」
急に穏やかになった顔が怖い。
俺、何されるの、生きていられるの?
「では、お兄様。マキとは十分に仲良くなられたようですから、私も本気で行かせてもらいますからね」
ヒメはそう言ってほほ笑む。
うん、恐ろしい微笑みです。
もうなんかいろいろ考えたくない……。
「それでは、またのちほど」
ヒメはひらひらと手を振って出ていく。
「はああああ」
俺はほっとして寄りかかっていた壁から地面までずり落ちる。
怖すぎだろこんな展開。
もうだめだ、思考放棄したい……。
でも、俺には一つだけはっきりさせなくてはいけないことがあった。
もうちょっとだけ頑張ろう自分。
「マキ、なんで本当にキスしたんだ?」
そう、キスですよ!
皆さんお察しかと思いますが、あれは俺のファーストキッスだったんです。
もうね、こんなシチュエーションで奪われるとかありえないですよ。
というか俺男なのに、奪われてるとかどういう状況ですか。
それもこんな美少年に。
もうね、なんかね下半身がね、濡れるよ……。
いやマテ濡れるってどういうことだ。
俺、男だぞ。
落ち着け、俺。
濡れるような反応を感じてどうする。
ああ、もうわけわからなくなってきた。
「だって、フリじゃヒメをだませないだろ。実際に見せつけるのが大事なんだ」
こともなげに言ってくるマキ。
俺は、立ち上がって地団太を踏みながらマキに詰め寄る。
「あのね、それがマキの作戦なのはわかった。俺とマキが仲良くしてヒメを嫉妬させて俺に惚れさせる作戦だろ? でもね、こういうのはね! 好きになったやつどうしてやることなの! しかも、俺これファーストキスだったんだよ? もうちょっと考えてくれや……」
「えっ、イチ兄。これファーストキスだったの?」
驚いた顔をするマキ。
「そうだよ、この年で童貞でキッスもさっきまで未経験だったよ、悪いか! お前たちと違って、そういうものには縁なく育ってきたんだよ」
きらきらした世界にいた、マキとヒメにはキスの大切さなんてわかるまい!
「へぇ、そうなんだ。ふふふ、僕がイチ兄のはじめて奪っちゃったんだ」
不思議な笑みを浮かべるマキに、俺はちょっとくらっとしそうになる。
美少年の笑顔、破壊力ヤバい。
俺はちょっともうキャパオーバーで、だけど料理をしなくてはならないから、自分の部屋に戻るわけにも行かなくて、ぐるぐると悩んだ結果、この空間からマキを追い出すという結論にたどり着く。
「マキ、頼むから、リビングに戻っててくれないか」
「えー、でもイチ兄の作ってるとこ見たい」
「次作るとき見せてあげるから!!」
俺は、マキをぐいぐいとキッチンの出入り口まで押していく。
キッチンの扉の外まで押していったところでマキが観念したのか、俺のほうを振り返る。決意を込めた表情に俺は少しだけたじろぐ。
「追い出されるのは納得した。けど、このエプロンだけは……」
「断る!」
ばたんとキッチンの扉を締め、マキの性癖をシャットアウトする。
俺は再びへなへなと床に座り込む。
全く、なんて双子だ。
どっちかを選ぶなんて、もう……泣きたい。
黙っていれば、どっちとも美少女&美少年なんだけどな……。
見た目と性格となかなかパンチが効きすぎてる。
扉の向こうにはまだマキがいるようで、衣擦れの音が聞こえる。
そしてマキの小さなつぶやき。
「お揃いだね」
俺はその言葉の意味を考えることも放棄して意識をいったん手放した。
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