第20話 四大連続災厄

 五月の風が心地よく頰を伝いました。わたくしは珍しく宮殿を出て、自然を楽しみました。

 今年は四月に入っても気候、特に寒暖差が激しく、わたくしの自律神経が悲鳴をあげてしまい、床にいることが多く、政務はもっぱら太政大臣・藤原不足と左大臣・羽鳥真実、右大臣・藤原不平等に任せっきりでした。諸葛純沙は寝室につきっきりでわたくしに漢方を処方してくれました。そのため、

「帝は軍師でなく薬師を連れて来たのか?」

 という嫌味の声がほうぼうで上がっているそうです。残念ながら、あながちわたくしはそれを否定することは出来ません。純沙の処方してくれる漢方がなければ、わたくしはひどい自律神経の病で死んでいたかもしれません。わたくしはもとより『蒲柳の質』であり、そのような者がなぜ、皇帝になれたかといえば、引退した関根勤勉老らの重臣や虎狼将軍ネロ、悪童天子ら十二神将がわたくしを慕ってくれ、わたくしを皇帝にいただきたいと願ってくれただけのことで、大抵、戦場においてもわたくしは本田宗一郎氏特製のお布団つき馬車で横になっているだけでした。ただ、戦略については、まあ純沙には遠く及びませんが一家言持っていましたし、諸事光明という慧眼を持つ老軍師が十二神将におりましたので、彼の助けを得て、『日本涼国』を建国することが出来ました。ああ「涼」の字の意味ですね。まずは語感のよさ。それからわたくしの諱の漢字を音読みにすると「りょう」になりまして、それに当てはめた時、一番素敵だったのが「涼」というだけで、特に大した意味はないのです。作者のプロ野球小説に、この漢字を使う主人公が出て来ます。それとほぼ同じ意味ですよ。ははは。


 五月の心地よさを受けて、わたくしは運気の上昇を予感しましたが、そういうときはわたくしは必ず災厄に襲われるように出来ているらしく、蛮国読売の匈奴に襲われたり、粗大護美王国と契約条項の問題から外交上で戦い、上階王国の火焔太鼓による一方的かつ理不尽な攻撃にさらされ、それを訴え出た国連の出先機関、緑区行政管理局とまで事を構えたためにわたくしの朧豆腐よりもろい神経は見るも無残にボロボロとなり、ついに八年ぶりの激躁状態、それもかなり危険な水域に達し、さすがの純沙も手に負えず、主治医の古賀良彦先生に相談したら「頭の回転が良くなってるね」って頓珍漢な事を言われて、最後にはひらがなの「あ」は書けないし、まっすぐに歩くことすら出来なくなって、たぶん、ネロと悪童だと思うのですが、見ず知らずの方だったかもしれません。とにかく寝室まで肩を借りたところで、以降の記憶がほぼありません。約一週間断片的な記憶しかなく、意味不明な行動を取っていたと記録に残した書記官は誰だ!


 ようやく正気に戻った時は、なぜか部屋の模様替えがされており(わたくしがしたそうです)、布団は大量の黄色い染み(のちに血液の成分と知れますが、わたくしは粗相をしたとビビりました)、大切な文庫本のカバーが大量になくなっていたり、テレビ、Blu-rayのアンテナ線の中の鉄線が全て潰れていました。

「これは全て、陛下がやられたのです。我らは止めることすら出来ませんでした」

 純沙が悲しげにいいます。わたくしは呆然としました。

「でも、陛下は、家臣に暴力を振るうこともなく、他国に宣戦布告もせず、女官たちにいやらしい行動も取らず、自分は病気なのだと自覚されていました。普通はそう出来ないのです。野獣のようになってしまうのです。ものすごい自制心だと思いました」

「純沙……」

「陛下の病気は、残念ながら誰にも治せません。いくら気をつけていても今回のようなことが起きてしまいます。でも、わたしは決めました。どんなことがあっても陛下をお守りすると。だって、わたしを一年も待ってくださった唯一の方ですから……」

 わたくしは臆面もなく号泣してしまいました。ああ、だから記録するなって書記官! お主は誰だ? 開高健……ああ、先生、どうぞ、お続けください。


 その夜、わたくしと純沙は寄り添って休みました。睡眠薬なしで心底休めたのはいつ以来でしょうか? しかし、純沙は軍師です。妃には出来ません。わたくしは一度婚姻に失敗しておりますので、ますます不可能ですし、配下の女傑、遥との間にクマのような息子がいます。まだ三歳なのに二メートル近くあります。しかもわたくし並みの頭脳と遥並みの空手を心得ています。性格はまっすぐに見えるのですが、わたくしと同様に腹に癇癪玉を持っていて、キレるとなにをするか全くわからず、止めるのも十二神将(光明を除く)と新十二神将(四欠なので八人。じゃあ、八大将軍にするべきですかね?)を揃えて、やっと止められます。次期皇帝にはとても出来ません。本人もそれは自覚しているようで「十歳になったら覚詠和尚の寺に行く」と言っています。あそこは寄進料が高いから別にしてくれと親のわたくしが必死に頼んでいます。なんでみな、覚詠のところに行きたがるのでしょうか? 東北の大した寺ではないのですよ。


 ようやくわたくしの精神が治って来たのですか、同時に、大乱の戦雲が近づいて来たようです。

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