第30話 宇宙の彼方で恋をする

 わたくしはさそり座α星・アンタレスの一惑星ミカワケン・1にて行われた『大宇宙連合』の臨時総会に参加したのですが、その結果としてわかったことは、


「ああ、あまりに広大というかスケールがビッグダディ過ぎて、とても朕には手に負えないかもしれない」


 という怯懦な思考でした。まあ、そうですよね。いくら『日本涼国』皇帝とは言っても、全宇宙の中からみたら、ほとんど原始的でなにも知らない太陽系の原住民というか蛮族である地球人のわたくしはとてもとてもこんんあ気宇壮大で摩訶不思議な空間のことなど……そこで今回の総会にオブザーバーとして同席して貰っていた諸葛純沙に、少々自虐的にこう尋ねてみました。ああ余談ですが、やはり、諸葛純沙の威名は全宇宙に広がっているようで、異星人たちが純沙に随伴する、というかその主君である、わたくしのことを羨望のまなざしでみていましたのでいい気持ちです。さて、

「あのさあ、大宇宙というものはその存在が人智を超え過ぎていて、まるで、ハナ肇とクレイジーキャッツとクレイジーケンバンドがセッションしているようで、さすがに天下の狂人たる朕の灰色で壊れかけの脳細胞でも理解の埒外のように感じてしまうのだが……」

 とわたくしは、若干の演技も含めた疲れ顔をしながら言いました。できれば純沙にいろいろといやらしい……いえ、癒してほしいなあ。などと思っていますと純沙は、

「何をいまさら……」

 と予想外なほどにわが、身の毛も凍るほどのクールボイスを吐き出しますと、速射砲のように続けて、

「そういう事態を想定した上で、大宇宙制覇に陛下は挑まれるのではないのですか? そのために一年もかけてわたしをお招きいただいたのではなかったのですか? いまのお言葉が、単なる、いっときの気の迷い、または軽い愚痴ならばよろしいのですが、万が一、それがご本心ならば、その考えはわたしの大望とは違なるものものですので、残念ですが、わたしは陛下の元を辞去させていただかねばなりません」

 と、あまりにも衝撃的かつ残酷なことを口にいたしました。

「も、もちろん、純沙に心を許しての軽いぼやきよ。さほど気にしないで欲しい」

 わたくしは慌てて取りつくろいました。

「やはりそうでしたか。わたしの見立てでは、陛下も流石に少しばかり御心が衰弱されているように見受けられます。のちほど、その辺りに効能があるとされる漢方をいくつかブレンドしたわたしオリジナルの薬湯でも煎じましょう」

 純沙はなんとか元の通りに機嫌を直してくれたようです。よかった。安心したついでに、

「軍師殿はリラクゼーション的なことはやられぬのか?」

 と尋ねてみました。すると、

「ややや、陛下はもしかしてフラストレーションが相当に溜まっているのではないですか? いえ、この際ですから、はっきりと申し上げましょう。陛下は日頃からご自分を『ジジイ』だと自虐をなさりますが、わたしからすると、実年齢よりも十歳は若々しく見えます。世のダメ男のように、すでに半ば消失している頭髪のわずかに残った白髪を染めたり、食事に気を使ったりしていないのに、そのお姿は奇跡とも言えます。いまはやりの下品な物言いをすれば『美魔爺』ですね。

ふふふ。それに、一年前は百キロ超もあった体重が、特段の痩身もおこなわず、自然に八十キロ台まで減っているのは並大抵のことではありません。これはおそらく、申し上げづらいことですが、幸いにもご自身が常に自覚、注意されていらっしゃるので言上いたします。陛下は現在、かなりハイテンションな躁状態なのです。ただ、猛欲に走ることなく、きちんと精力的に政務を行われております。なので、陛下のため、国家のために、いまのままがいいのか悪いのかは、宇宙医師国家資格を持つわたしにも残念ながら判断がつきかねます。ただ、躁状態のあとには必ず鬱状態が来ます。今回は躁が強いだけに、反動の鬱の深刻さも大きいと予想が可能で、これがとても気がかりな点です。ああ、すっかり、本題とずれてしまいました。申し訳ございません。

 わたしが申し上げたいのは、陛下は皇帝という、ある意味やりたい放題な身分にも関わらず、後宮を持たず、特定の女性も、遊びの芸妓もお近づけにならないのは壮年の男性としては異常なことです。僭越ながら、女性恐怖症で、性欲は全て、ご自分で処理なされているのですか? それは健康上、あまりおすすめできません。女性の肌に触れることで、男性ホルモンその他の体内構成物質は活性化されます。若さを保てるということです。ここはもう少しくらい未成年でも大年増でもどんな女性でも結構ですので、とにかく、一夜を共にしてください」

 なんと、臆面もなく、大胆なことを言うのでしょうね。

「軍師殿、すまぬがな、朕には深く想う一人の女性がいてな、その方としか褥を共にしたくないのだ」

「それは誰ですか? お教えいただければ、十二神将を出動させてでも、陛下のもとに引き立てましょう!」

「無茶を言うな。その女人はやつらよりも強いし、だいたいにして、頭の出来が全く違いすぎるのよ」

「なんだか、ムカつく女ですね? どういった女人ですか?」

「純沙、宇宙一の大軍師なのに察しが悪すぎるぞよ。朕の想う女性はいま、朕の茶色がかった黒い瞳に映っているだろう? そなたにははっきりと見えているはずじゃ。なぜなら朕はそなたを見つめているのだからな。いや、そなただけをみている!」

 純沙はしばらく、ぽかんとしたあと、彼女にしては珍しく、感情が激しく揺らいだようで、頰が朱に染まりました。ふん、純な娘だ。大軍師なのに。

「陛下……わたしはもうすぐ三十路です。様々な学問を修得してまいりました。しかし、その道だけは自分の大望のためには必要ないと考え、なにも学んで来ませんでした。それゆえ不得手な上に、いまだ殿方を知りません……」

「純沙よ、そなたが厭わないのであれば、あとは朕に身を任すがよい。これでも一度は妻を持った身だ。三行半を突きつけられてしまったがな。ははは」

「……わたしは、その大任を成し遂げられましょうか?」

「安心せい。誰もが一度は通る道である」

 ああ、わたくしの思慕の念は果たせるのでしょうか? なんだか、ストーリ展開を考えれば、純沙がわたくしの前から消えてしまうような気がしてなりません。もし、純沙を抱けるのであれば、明日に死しても悔いなしと言う心境です。


 その夜。

 『ホテル・ハイアット・アンタレス・シャトルポートエリア』の最上階、スイートメモリーズ・ルームに、日頃は絶対しない薄化粧を施した、諸葛純沙がやって参りました。ここは宇宙ですけれど、わたくしは天にも昇る心地です。アンタレスの人々にとっての“天”とは一体どこなのでしょう? あれ、眩しすぎて純沙を直視できません。すっぴんで最上級の美しさなのに、薄化粧などしたら、他の女性がへんてこりんな形をした土偶に見えてしまいます。そうか! あの女性もどき方は遺跡から発掘されたものだったのですね。だから汚い土みたいな、厚化粧をして、アルコール消毒がわりに香水を吹きかけているのですね。中にはファブリーズしている方もいらっしゃる。体臭を香りで隠す事は出来ません。体臭と香りが悪臭を発生させるだけです。お止めなさい。とっとと、上野の博物館に死蔵されればいいのに……


「陛下……」

 純沙が囁くように言いました。男勝りな宇宙一の大軍師がどうしてしまった? そう言うわたしも、緊張で、さっきから違うこと、言ってますね。

「純沙」

「陛下、わたしは陛下のご寵愛を賜りたく存じます」

「朕も同じゅう想う。いっそ婚礼を挙げ、皇帝は大元帥、妃は宇宙一の大軍師というのも面白かろうな。朕とそなたに子が出来たらどれほどの傑物が生まれるだろうな?」

「お戯れを」

「さて、そろそろシャンデリアを消すか? 『Shangri-la』の瀧はいま、鶴見の苦災寺、孤雲の寺だ。あそこで滝行をしていると言うが、あの寺に竜頭の滝などあったかなあ? 覚詠だの孤雲だの光明、求名と華麗宗の坊主は皆、きな臭い。しかし、みな、狂気に満ちた荒行で、悟りの境地を開いているのだから、一概にその法力を否定できないところが不可思議だな。ああ、勉強家という名の暇人が『苦災寺の孤雲和尚はわたしの隠居名である孤雲庵亭主とかぶるのですよね。作者の無能さが伺えます』だとな。肯首肯首。作者はキャラクター作りが下手。みんな結局は自分を投影している。こんなに躁鬱あるいは心を病んでいるキャラばかりの作家さんなどいるであろうか?」

「陛下……」

「ああ、軍師殿ではなく純沙よ。参るぞ。ピリオドの向こうへ!」


 まあ、あとはそっとしておいてください。

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