第22話 仁王寺に参拝す

 まもなく太陽帝国、侵寇す。朝廷も国民全体もたいへん驚愕しました。わたくしは藤原不足の勧めで、地球のあらゆる帝国や国に協力を仰ぐ親書を出しました。手書きの手紙は本当に面倒くさいですね。しかし、対戦国である太陽帝国はしたたかでした。我らに攻め入る何年も前から、我々以外の地球の国々に脅迫まがいの親書を送り、我が国攻略の際は絶対に協力しろと命じていたのです。見返りは電気料金の値下げだったとか……


 太陽帝国は我らに向けて、宇宙最悪の司令官とあだ名されるフレア提督を送り込んで来るという噂です。彼の宇宙艦隊が一斉に光子砲を発射したあとは有機物質は何一つ残らないとされています。その性格もたいへんに峻烈で、彼に降伏をするということは、自分の肉体が細胞レベルまで粉砕され、この世から雲散霧消するということなので「彼の小指一本でも傷つけられるように最期の攻撃をした方がまだまし、ムリだけど」とされています。あくまでもスペース・Wikipediaの記載からのパクリですから信じるか信じないかはどっちでもいいのです。


 頼りの諸葛純沙は一人執務室に籠り、全く出てきませんし、私さえも現在面会謝絶状態です。彼女が恐るべき策でも考えてくれれば状況が変わるかもしれませんが、非常識なわたくしの脳細胞でも赤信号が点滅し続け、サイレンが止むことはありません。これはもう……


 というわけで、なんだか、どうしようもないので、わたくしはとても不本意ですが仏にすがることにしました。相変わらず、ネロと悪童天子を共として、ある寺に向かいます。


 仏教はこの『日本涼国』においても元々は異国、インド発祥の宗教であり、それが中華で独特の発展を遂げ、遣隋使によって日本に輸入されて来ました。その時の経緯は以前ここに書きましたので省略いたします。


 その後、光芒大師・苦浮界上人と勉強大師・才智要上人という二大巨頭が現れ、真剣宗と天界宗が生まれます。当初は仲の良かったお二人は経典のやりとりなどで不和になったとされています。両雄並び立たず。じゃあONは? とか山本浩二と衣笠祥雄は? という疑問が古いプロ野球ファンの間には出て来ると思いますが、そこは両者の性格の違いを慮ってなかったことにしましょうよ。


 いまや仏教界も新たな宗派が続々と生まれて、ある意味、百花繚乱です。ああ、新興宗教はそこに入れないでくださいよ。わたくしの美学に反しますのでね。わたくしは金銭にはどうしても清らかでいたいのです。だから集金マシーンの新興宗教を宗教と認めたくないのです。もちろん、信教の自由は認めていますから、お好きなようにされて構いません。単にわたくしの好みを書いただけですから。どこかの国の天皇陛下や皇族方と違って、わたくしは言いたいことは言うのです。どうせ、宇宙の片隅の皇帝の独り言。炎上もしません。三遊亭炎上、なんちゃって。わたしがおばさんになっても……間違えました。わたくしが皇帝初のホームレスになってもね。(でも、ヨーロッパの王様あたりにはホームレスになっちゃった人とかいそうですね。その辺はわたくしの勉強不足というか、実は世界史があまり好きじゃなかったもので……いずれは勉強しましょう!)


 さて、わたしが訪ねたのは、なんと遠く陸奥国にある仁王寺という寂れた寺です。山門にある阿吽の金剛力士像だけが自慢の特に取り柄もない寺です。この像を作ったのが確か『会計』という仏師は、仏像を彫るのはあくまで副業で、本業は税理士だったという伝説の彫師でして、仏像が現存するのは確かここだけなのですが、特に国宝の……ああ、その決定をするのはわたくしでした。では、絶対にいたしません。ザマアミロ。


「何しに来た? 孤雲庵」

 玄関に出て来た、和尚の覚詠が睨んでいます。この坊主は美人と子ども、動植物にはとてもやさしいのですが、自分と同世代のオヤジや礼儀を知らない人間には鬼より厳しいクソジジイです。特にわたくしとは若い時分からソリが合いません。


「朕だって、来たくて来たわけではない。『日本涼国』の危機だから来たんだ。わかってるだろう? この強欲坊主」

 わたくしはいつもより悪い口調で言い返しました。わたくしと和尚とは、そういう間柄なのです。何卒ご了承ください。

「まあ、確かにわしは強欲だがな。お前こそわかっているだろう? わしはわしのためには一銭も俗世の人間から金を貰っていないからな! ただし、必要経費と最低限度の生活費はいただく権利を有するがな」

「まあ、そうだ。だから朕も、国庫からでなく、孤独死した時の葬式代にプールしておいた金を持参してここへ来た」

「ふん、別に偉そうに言うことではないわ。それが皇帝の勤めだ。国民の税金を自分の金だと思うような愚者は皇帝の地位に居てはいけないのだ」

「それは、お主の言う通り」

「で、わしにどうして欲しいんだ?」

「太陽帝国、少なくとも、フレア提督の宇宙艦隊を消滅させて欲しい」

「それはたやすいことじゃが、向こう側の大勢の人間に引導を渡すことになる。さすれば、それはいずれお前の身にこっぴどく跳ね返って来るぞ! いいんだな?」

「朕は構わない。朕の身で国民を守れるならば本望だ」

「わかった。おい、後ろの悪ガキども。ここは寺だ。しかも本堂だぞ! 物騒な武器は居間にでも置いて来んか! 愚か者め!」

「うっ……はい……」

 ネロと悪童が覚詠の気合いに圧倒され、大人しく言われた通りにしています。滑稽です。


「ではな、ご本尊、大日大聖不動明王にわしが真言を唱えるから、後ろで大人しくしておれ」

 そう言うと覚詠は経を唱え始めました。サンスクリッド語のお経なので意味は一切わかりません。


 一時間も唱えておりましょうか? 途中から、トランス状態に入ってしまい、何もかもがよくわかりませんし覚えていません。ネロや悪童も「久々に恐怖というものを思い出した」と帰りの新幹線で言っていました。


「これでな、太陽の動きが格段に鈍くなる。もしかしたら地球自体にも悪い影響が出るかもしれぬ。だが、それは『日本涼国』を助けようとせず、太陽帝国に手を貸した国々に限定されるようにお願いをした。『日本涼国』はこの秋も大豊作間違いなしだ。この秋も、いい般若湯が飲めるぞ。孤雲庵、その時はそいつら悪ガキどもを連れて飲みに来るがいい。わしはそいつらのような悪ガキの話を聴くのが大好きだからな。相当なスプラッターをさあ。やってんだろ?」


 最悪の生臭坊主です。和尚の所属する華麗宗は作者の小説によく出て来るので、知っている方もいると思いますが、とにかく荒っぽい修行で有名です。死者も全く厭わずですから。それでも入門者が絶えないのは、満願成就すると和尚のようにものすごい力を得られるからです。しかし、それを少しでも悪いことに使おうとすると、大日大聖不動明王はじめ、五大明王という恐ろしい仏様方の、とんでもない仏罰に当たって、一体どうなってしまうのでしょうか? と言うくらい怖くて想像もつかないことになるそうです。


 都に帰ると、藤原不足が、不思議そうな顔で、

「太陽帝国より宣戦布告と敗北宣言の通知が同時に来ました。フレア提督は軍議の場で突然出家してしまったそうです」

「フレア提督が出家したのは華麗宗でしょ?」

「はい、ご慧眼です。なぜお分かりに?」

「宇宙の摂理でしょうかね?」

 わたくしはトボけると寝所へ向かいました。とても疲れましたので、ゆっくりとお昼寝をするのです。

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