第17話 何個の礼
わたくしは世間知らずと思われているようですが、若い時分はこれでも苦労をしたので、どういうときにどういう行動を取れば、他人の気持ちを自分に寄せられるかくらいは知っています。いや、知っているつもりではいます。
なので、今回は百官の反対を押し切り、虎狼将軍のネロと悪名のみが天下に轟く悪童天子の二人の武将と小さい頃、諸葛純沙の寺子屋で読み書きパソコンを学んだという牛飼いの若者、カウ・ナウの三名のみを連れて、私鉄のスペースシャトルを乗り継いで、アンタレス近くにあるという諸葛純沙の弟さんが経営するドラッグストアを尋ねました。わたくしはてっきりドラッグストアというのでチェーン店のようなものを考えていましたが、ここは完全に町の萬屋です。それなりに繁盛しているようで、弟さんの才覚が見て取れます。
「ごめんください」
わたくしは下手に出て訪いを請いました。弟さんは、わたくしが小さな星のそのまた島国の大部分というごく極小な帝国の皇帝だというのに、皇帝が自らやって来たということに腰を抜かして「そんな方は今までいませんでした。大抵はご家来衆が書状を持ってくるのですよ」と言いました。「藤原というものが書状をよこしましたか?」と聞くと「書状など、毎日掃いて捨てるほど来ます。純沙はそれらをいちいち読みませんので、私が毎日の風呂焚きに使っています」と言います。なんでしょう。してやったりです。わたくしは「また改めて参りますので、もし、純沙様がいらした際はよろしくお伝えください」と初回は長居することもなく、あっさり帰りました。
悪童天子はわたくしの深慮遠謀がわからず、
「あの弟を痛めつけて、諸葛を引っ張り出せばいい」
などと騒ぎますが、そんな暴言は無視です。
「悪童よ。人の心は無理やりにひっぱり出そうとしても思うようにはならないんだよ。お前だって、なぜそれほどの力があるのにわたくしに臣従しているんだ?」
「それは陛下が俺に優しいし、何かと頼りにしてくれるからだい」
「要は、そう言うことさ。諸葛純沙がわたくしのことを信頼して心を開いてくれなければ、その先の道は開かないと言うこと」
「ふーん」
「ネロ、悪童、そしてカウ・ナウよ。わたくしは諸葛純沙を我が帝国に招き入れるまで何回でも往復するから、当然、これらの私鉄に乗る。各自PASMOは補充しておいてくれよ。清算はそのあとで財務上(ざいむのかみ)に請求しておくれ。行政とはそういうところが難しいのさ」
「はっ」
ざっと一年は通ったでしょうか? 諸葛純沙はホームレスではなくて、放浪癖のある人のようでした。我々と弟さん夫婦とはすっかり馴染みとなり、行けば毎回のように宴会となりました。弟さんも商売を成功させた人間ですから案外と器が大きい。諸葛純沙がダメなら、彼を登用してもいいかと思って来ました。
そんなある日です。
いつも通り、わたくしとネロ、悪童天子にカウ・ナウがドラッグストアを訪れると、ものすごく美しい女性が、なにやら薬の処方をしています。どうも漢方のようです。このところ全宇宙では何度目かの漢方ブームが来ていまして、不適当な処方で健康被害も深刻化していました。
わたくしは試しに、
「若返りの漢方などはありますか?」
と女性に尋ねてみました。すると女性は、
「そんなものはありません。仮にあったとしても、こんな宇宙規模の少子高齢化時代にそのような愚かな薬を出すものなど、単なる金儲けが目当てでしょう。人というものは、歳を相当にとるべきものです」
わたくしは心から感嘆しました。
「素晴らしい見識です。諸葛純沙殿」
「えっ、なぜわたしを? ご存知なのです?」
女性、いや諸葛純沙がびっくりしました。
「ずっと、あなたのお帰りをお待ち申していました」
「ではあなたが『日本涼国』の皇帝陛下ですか?」
「ええ、わたくしはあなたをはじめから女性だと気がついていましたよ。この時代に女性の大軍師がいないなんてありえませんからね」
「弟に聞いたのでしょう?」
「いいえ。この話を最初から読めば、弟さんがわたくしに何も言っていないことがわかります。わたくしはあなたがた姉弟を二人とも国に連れて帰りたいのです。どうぞ、深くお考えください」
わたくしは頭を垂れました。慌てて、ネロ・悪童天子・カウ・ナウも頭を下げました。
全宇宙にインターネットの号外が出ました。
『伝説の宇宙大軍師・諸葛純沙が地球という星の中のちっぽけな島国『日本涼国』に仕える!』
翌日、藤原一族が無条件で我々に降参して来ました。わたくしは快く許し、前々から引退したがっていた関根勤勉に代わり、藤原不足を太政大臣兼山城守に、藤原不平等を右大臣兼摂津守に任じました。ようやく、蝦夷地と琉球王国を除く日本列島がわたくしの傘下となりました。
二ヶ所については相手がたの動きに応じて行動し、こちらからは特段の働きをしないことになりました。今後は自国を豊かにしつつ、並み居るアジアの帝国とやりあわなくてはなりません。満々たる闘志が湧いて来ます。
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