第10話 律令作り

 わたくしは別に藤原兄弟や一族が憎たらしくて追放したわけではありません。特に藤原不足は中臣鎌子の息子であり、碩学かつ施政者としても、わたくしが不在の間、よくやっていてくれたようです。またその双子の弟・藤原不平等も、本来なら当時の慣習で、双子は忌み嫌われ、殺されるか、買われるか、捨てられるところだったのを、開明的な父親、鎌子の考えで「一度生を得た命。最後まで全うさせるべき」としたそうです。わたくしは魅力を持った人物、鎌子と政がしたかったと、一度は現代に逃げ出したことを、とても残念に思いました。


 それでも藤原一族は追放なのです。なぜなら、彼らこそが、わたくしにとって最強の敵となる帝国を作る可能性を持っているからです。果たして、どこへ本拠を定めるでしょうか? 鎮西・四国・坂東くらいですかね。まあでも、当時の坂東は都人の藤原一族にとってはシベリアくらいの感覚でしょうから、まず行きませんね。ついで鎮西。ここには西の都・太宰府がありますから、それもいいでしょう。しかし、不足・不平等兄弟がなにを考えてくるか、楽しみですね。ワクワクしてきます。四国は意外と統治が難しい。海賊衆を手懐けられるかしらね。


 国造りの第一歩は憲法であるとわたくしは考えます。今の『日本国憲法』や聖徳太子の『十七条憲法』がこの国では有名ですが、わたくしは、条数でそれ以下。多くても十条までに抑えたいと思いました。無駄な説法なんとやらです。


 わたくし的『日本涼国』憲法草案。


 第一義 天空大地を敬い 天然自然を敬う 豊作豊漁を祈り 幸福万来を願う


 第二義 人は天に与えられた命を全うし 燃焼し続ける 自死は許さない


 第三義 人は全力で遊ぶために生まれてきた 家畜のように労働されるためではない


 第四義 見えぬ努力に賛辞を惜しまぬ 見えた成果にも拍手を惜しまず


 第五義 全ては別掲の法律に従う ただし愛・品・格・蘭に欠ける法律は憲法により否定されることを明記する


 第六義 防衛という言葉はあるが 戦争という言葉自体は否定する


 第七義 差別とは差別をしたるものにしたるものである。そのために奴隷という立場を敢えて残しておく


 第八義 憲法・諸法律の定める範囲内において全ての思想・行為は自由である


 第九義 皇帝の存在は朕一代限りととし 以後は兆に身を残す 行政は人間によって開かれた幕府・政府が執り行う。兆が消えることはない


 第十義 総じてこの国は 全てにおいて愛品格蘭を重んじる


 以上 


「憲法なんてさあ、とりあえず抽象的なことを書いておいて、あとは法律で決めればいいでしょう?」

 わたくしは、新しく重臣として採用した、法務上(ほうむのうえ)・辻六法説教(つじ・ろっぽう・せっきょう)に話しかけました。多くの官吏が有斐閣六法全書(ゆうひかく・ろっぽう・ぜんしょ)を推してきましたが、わたくしはかつての書店員の時代から、いつも、お高くとまっていて、旧版の返品の受付もロクにとってくれない「頭の固いバカ」有斐閣から、法律関係の役人を採用する気はありませんでした。有斐閣が潰れてしまえばいいとさえ思っています。いずれ、そういう暗躍もするでしょう。


「帝、この憲法は単純ですが非常に素晴らしいです。ただし、やはり善き法律の助けが必要です。たくさん善き法律を作りましょう」

 説法が張り切っている。

「いいね。その意気ですよ。しかし、わかりやすくて、単純明快を旨とし、万が一にも複雑怪奇、奇怪千万、意味不明にしたときは、なんのためらいもなく、君の頸を刎ねますからね。代わりの能吏など探せばいくらでもいるでしょう」

「はっ、肝に命じて!」

「ふふふ……さて、律令はこれでいいでしょう。問題は官位ですねえ」

 わたくしは暮れ行く京の空を見上げながら、思案に耽りました。



 

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