第27話 古の単車
「山中湖までって、どのくらいかかるの? 」
ふみさんに別れを告げての駐車場。バイクのエンジンをかけると真咲がそう訊ねて来た。
相変わらず聞こえてくる暴走族の爆音。以前よりかなり近い。
「6時までには着けると思う」
声を少し張り気味にそう返す。正直、初めて行く場所である為、混雑の具合や抜け道がまるで分からない。ルート的には東名に乗り、御殿場インターで降りて県道を進んで行くのが最短だが、ナビの利かない今の状況だと東名が渋滞している事も予測できる。そうなると夏の日差しと排煙に晒され続けるサイドカーは最悪だ。真咲に良い環境とは言えない。
時間は掛かるが、風が纏え、休憩も好きなタイミングで取る事が出来る一般道を使う方が無難だろう。
「真咲、やっぱ下道で行くから、山梨に着くのはもっと遅くなる。常識的に考えると石上さんって人の別荘にお邪魔するのは、明日の方がいいな。今日は適当な所で夜を明かそう」
「えっ? 」
どうやら、族の騒音で耳に届かなかったらしい。
「今日はどこかに泊り、明日、先生の所に行く」
解りやすいよう、大きな声でシンプルに用件を告げる。
真咲はかなり驚いている様子だったが、柊悟は取敢えずアクセルを開けバイクを県道に続く道へと進ませた。
「‥‥‥ いよ」
県道にまで出ると真咲が俯いたまま何かつぶやいた。
「えっ!? 何? 」
ついには真横を通り過ぎて行く暴走族。サイドカーが珍しいのか、自分たちに視線を落としていくのが分かった。
「‥‥なら、‥‥‥てもいい」
「だから、良く聞こえないって!」
いつもなら、シッカリと聞こえる真咲の声が、暴走族のエンジン音にかき消されてか聞き取ることが出来ない。
「もうっ! うるさいな。何なのよっ、このオートバイの集団! 人の邪魔してっ!」
今度ははっきりと聞こえた真咲の声。かなりご立腹。顔は真っ赤、何故か耳まで赤い。柊悟の視界には3メートル程先で道を塞ぐように止まる5台の族車。どうやら真咲の声が届いたのは柊悟だけではなかったらしい。
停まったバイクの先頭から2番目。カプセルのようなロケットカウルを持つ紫色のバイクからひとりの男が降りた。
殆ど意味をなしていない
「今、なんか面白いこと言わなかったか? 」
虚栄。柊悟が声から感じたものはそれだった。真咲が小さく震えるのが目に留まる。
「面白かったのか? なら良かったじゃん」
リーダー格であろう人物が自分と同世代に見えた為、柊悟は軽く鼻で返す。
「『ウルサイ』とか『邪魔』とか、言ってくれたよなぁ」
「俺たち
降りて来た眉の無い男と小男からの声。ウラルは完全に囲まれている。徒党を組み、凄む様子が追手たちの姿と重なる。むろん、圧力は天と地の差。
「あの喧しい中、俺の声が聞こえたのかよ。大した地獄耳だな」
柊悟にはこの状況を切り抜ける手はひとつしか思い浮かばなかった。そして、それを行うには、もう少し相手を怒らせる必要があった。
「俺たちがどう騒ごうとテメエに関係ねえだろ! 」
睨みを聞かせ凄むリーダー格の金髪。
「自覚はあるんだ。驚きだな」
柊悟は覚悟を決め軽く笑った。側車に乗っていた真咲が不安げな表情を浮かべる。
「あぁっん! なんだぁ? 人の顔見て笑いやがって! 」
疑問形なのか感嘆詞なのかは分からない言葉をぶつけてくる別の男。
「分からないのか? 思ったよりは利口だって、褒めたんだよ」
「どう言う意味だっ!」
「だからアンタらが、ブンブン蠅みたいに喧しいのを自覚している事に驚いているんだよ」
怒りの矛先が完全に自分に向き始いた事を自覚した柊悟はなおも煽る。見る間に顔を赤く染めてゆく金髪。
「てめぇ、バイクから降りろ!」
「いいぜ」
「やめ‥‥‥」
声をあげようとする真咲のヘルメットを軽く叩き、柊悟はバイクからゆっくりと降りる。
怒りの対象が自分だけに向いていれば、真咲に害は及ばない。それだけが分かっていれば柊悟には十分だった。
男たちと対峙すると、自分が一番背が高い事に気が付く。威勢の良い格好はしているが、全員身体の線も細い。何より、
『比べるまでもないよな。向こうは得体のしれない連中だし‥‥‥ 』
柊悟がそんな事を考えていると、後ろから大型のバイクのエンジン音。次いで女性の声。
「あなたたち、道路を塞いで何をしているの? とっとと単車を隅に寄せて後ろの車を通しなさい!」
そこには黒のライダースーツと同じ色のフルフェイスヘルメットを身に纏う女性。そして、その傍らには
錫色の光を放つ4気筒のエンジンには飾り気の欠片も無く、伸びる集合管のラインはしなやかで、女性の指先の様な色気を漂わさせている。丸みを帯びたテールと真直ぐに伸びるフロントフォークには、荒馬のような躍動感。そして、なにより目を惹くのが炎の輝きを宿した紅蓮のカラーリング。
シンプルなデザインにして、オールドバイクの完成形『カワサキ750RS』
通称―――
「おいおい! マジかよ
「スゲーぇ こんな近くで見んの初めてだよ」
「やべー、おいっ! スマホで写真撮ろうぜ!」
族とは言え、やはりバイク小僧。Z2の事は知っているらしい。
「この子との写真くらい後でいくらでも撮らせてあがるから、とっとと道を空けなさい!」
「あっ、はいっス!」
「すぐにやります!」
バイザーを上げつつ、指示を出す女性の声に動き出す
「シュウも
バイクを見た瞬間に乗り手が誰かは分かっていたが、柊悟は曖昧に頷き指示に従った。
「全員ヘルメットを脱いで、礼っ!」
「へっ?」
言葉の意味が分からなかったのか、金髪が素っ頓狂な声を上げた。
「悪いことをしたら『ゴメンなさい』でしょ!」
「あっ、はいっ!」
自らもヘルメットをとり、頭を下げる眼鏡姿のその女性。自家用車に商業車、次々と通り過ぎてゆく車に頭を下げ続ける暴走族と柊悟たち。
そのノリは体育会系というより、先生と生徒だ。
「おいっ、Z2のネーちゃん、アンタ何者だよ」
渋滞させてしまった車が一通り通り過ぎた後、汗を拭きつつ顔を上げた金髪が声を上げる。
「あー!! 何よこれ! CBX400Fにこんなゲテモノみたいなカウルつけて、この子はお化粧なんてしなくても美人さんなのよ! こっちのバンディット250のマッカチンみたいなテールも酷いわ。この子のお尻のラインの綺麗さが台無しじゃない! 」
女性に金髪の声は届いていないと言うより、聞いていない、いや感心が別の所にあるようだ。
「これには一応、こだわりがあってですね」
声に、あるいは女性の駆る伝説のバイク押されたのか金髪はたじろぎ、何故か言葉が敬語だ。
「こだわりじゃない! あーっ! こっちの品の無い紫ちゃん、GSX400FS インパルスじゃない。なによこのマフラーと2段シート! いまどき場末のホステスだってここまでひどいお化粧しないわよ。コッチのゼファーとRZ350も酷過ぎ……って、ねえ、このRZ誰の? 」
「自分のっス!」
咎めるような女性の声に反応し、手を上げて返事をしたのは一番小柄な男。
「そこに座りなさい!」
「へっ!?」
「いいから座るっ!」
親に怒られた子供の用におずおずと自身のバイクの前に正座する男。
「この子のメンテナンスちゃんとしてあげてる?」
「いえ、あんまり……」
「あなた、この子を転ばしたでしょ。しかも最近!」
「いや、自分がバイクで転ぶことは……」
多くのバイク乗りは道でコケた事をなかなか認めたがらない。この男も例外ではない様だ。
「嘘を言わない! カウルが割れているじゃない! ミラーにも罅が入っている上、縁が擦れてる。コレがコケ傷以外のなんだっていうの! シュウ、ガムテープ!」
あっけにとられる一同を余所に柊悟が投げて寄こしたガムテープでカウルを補修してゆくその女性。
「これでヨシっ! カウルは顔と一緒、かわいい子の顔に傷がついたまま放っておく男なんて最低よ。それに風に煽られれば、いつカウルは割れてもおかしくない。それはアナタの大怪我にもつながるのよ」
確かに
女性は続けた。
「他の子たちもよく覚えておきなさい。どんな着飾った単車に乗ろうとも、それが高速で走る乗り物である事を忘れてはダメ。オシャレの本質は
ライダースーツのまま説教を続ける女性は5人の目を見つめ、言い聞かせるように言葉を並べる。意外と言ってはなんだが族の5人組は素直に頷いていた。
「よしっ! 素直でよろしい。じゃあ、行きなさい。安全運転で人に迷惑かけちゃだめよ」
にこやかな笑みを見せる女性。
「はい。じゃあ自分たちはこれで失礼します」
「素直でいい子たちね」
その姿を見て、何か納得したように大きく頷く女性は髪を留めていたピンを取ると、頭を軽く揺すり掛けていた黒ぶちの眼鏡を外した。
「えっ?」
ずっと息を潜めていた真咲が小さく声を上げる。
「やっと追いついたわ。久しぶりねシュウ! 」
快活で良く通る声。風になびく髪を軽くかき上げる姿が妙に絵になる。
「ふ、
ファンだけあって直ぐに気が付いたらしい。
「久しぶり。
そう、Z2のライダーは音治朗の家のもうひとりの同居人。ワインを買い出しに行っていた為、あの騒ぎから逃れた女性。名は阿部由布子。またの名を風子。真咲が憧れるファッションモデルだ。
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