第7話 園の仲間

「安全運転でな」

「おじいちゃんにヨロシク! お盆には遊びに行くって言っといてねぇ」

 まだ朝靄の残る中、柊悟は見送りの声に手を上げつつ、SR400のキックペダルを踏みエンジンをかけた。

 オールドバイク特有のオイルの匂いとカムの回る音が心地よい。


「真咲さんも落ち着いたら、絶対に遊びに来て下さいね! 」

 四葉は昨日一日ですっかりと月野の事を慕うようになったのか、本当に名残惜しそうだ。


「それじゃあ、父さん、向こう着いたら連絡するから」

 柊悟はアクセルを空け、家の前を走る道を進んでいく。ミラーの向こうには手を振る父と四葉の姿。側車に腰を降ろしている月野も後ろに首を向け、手を振っている。


「ゴーグルをつけてくれ、スピードを上げる」

「コレって四葉ちゃんの? 」

 ゴーグルを付けつつ返答。

「…… ああ」

 柊悟は曖昧に頷く。

 今、月野真咲が着用している装備一式は、母が父とツーリングに行く際に使っていたものだ。父はそれを残していた。


「結構、オシャレで気に入っちゃった」

 小さく笑う月野の視線を左頬に感じながら柊悟はスピードを上げる。


 バイクとは不思議なモノで、駆るマシンによって嵌るファッションが限定されている。

 フルカウルのバイクであれば、派手なフルフェイスにヘルメットにビビッドな色のつなぎ。逆にカウルなしのバイクであれば、無地のフルフェイスヘルメットに黒のバイクスーツが理想的。アメリカンバイクなら皮のジャケットに皮パン、ヘルメットはジェットヘルで、バイザー代わりにサングラスを掛けるのがマナー。

 同じような理屈でサイドカーに乗るなら、ジェットヘルにゴーグルは当たり前であり、必須。イメージしにくい人には、『飛空艇乗りファッション』と伝えれば連想しやすいだろう。


 柊悟も父から借りた『飛空艇乗り』ファッションに身を包み、市道から県道に出る交差点を東へと進んでいく、普段乗っているバイクと排気量は変わらないが、非常に安定感があり、運転そのものは楽に思えた。ただ如何せん、重量がある分パワー不足は否めない。

 県道に出ると車通りが少ないことを確認したうえ、スピードを上げていく、アクの強いトルクは二輪ながらもアスファルトをしっかりと咬む感触を伝えてくる。


「なんか、嬉しそうね」

 信号で止まると月野がそう声を掛けて来た。


「そうか?」

 視線は前を向けたまま、少し大きめの声で応える。


「初めて見たもの鳥飼クンのそんな表情。いつもそう言う表情かおをしてればいいのに」

 父と母が乗る姿に憧れ、興味を持ったバイク。乗る事が嬉しいと言うより、取り回し楽しいと言うのが柊悟の感覚だった。


「不愛想は生まれつきだよ。このまま16号に出る。いていれば、8時には八王子バイパスを越えられるはずだ。そこで、一旦休憩を入れよう」

 赤から青に変わった信号に目をやりながら、柊悟はそう応えると、アクセルを吹かし、国道16号に繋がる県道を東へと進んでいった。




 ************************************


 八王子バイパスを越えたすぐ脇にあるコンビニにバイクを停めると、時刻は午前8時になろうとしていた。

 ゴーグルをはずし、見上げた空には照りつける太陽。シャツが背中に張り付く感触に思わず顔を顰め、隣の月野に視線を送る。


「お疲れ。けっこう時間がかかったな。体調はどうだ? 」

「ありがとう、問題ないわ。今日も暑くなりそうね」

 側車から降り、ヘルメットを外した月野の額にも汗が滲んでいた。これだけの暑さの中、サイドカーの側車に乗り続けてもケロリとしている所を見る限り月野は見た目に反し体力はありそうだ。


「サイドカーって初めて乗ったけど、結構スリリングな乗り物なのね。昔、園の皆で乗った遊園地のゴーカートを思い出すわ」

「コーナリングは注意してやっているつもりだけど、右折の時には側車が浮く事もあるらしいから気を付けてくれ」

「マジ? 」

「マジだよ」

 柊悟は言葉の中「園の仲間えんのみんな」という単語が引っ掛かったが、楽しそうに感想を語る月野にソレを尋ねるのは、何故だかいけない気がした。


「まずは水分補給だな」

 コンビニに目をやりつつ、柊悟が何気に確認したスマホには、一件のメールが着信していた。差出人は四葉。


『シューゴちゃんへ

 真咲さん、昨日の夜、うなされていたからあまり眠れていないと思う。気遣ってあげてね。 四葉より』


 何か悪い夢でも見たのだろうか? 柊悟は昨日の夜、月野が大窓から外の月を眺めていた姿をふと思い出す。


「どうしたの? 」

 長い時間スマホに目を落としていた為か、汗を拭きつつ月野がそう声を掛けて来た。


「四葉からメールだよ。ヨロシクだってさ」

 嘘にしては適当過ぎたが、他に言葉が浮かばない。


「可愛いわよね四葉ちゃん。ありがとうって返信しておいてくれる? 」

 特に疑う様子もなくそう返した月野に軽く頷くと、柊悟は『了解』とだけ入力を行い、スマホをタップし、冷気に包まれたコンビニの自動ドアをくぐった。


 買い出しを済ませ、バイクの横で水分をとっていると、腹の底に響くような独特の野太いエンジン音。

 音の方向に視線を向けると、重量感に溢れたバイクが1台コンビニの駐車場に入って来た。


「大きなオートバイね」

 柊悟の視線に気が付いたのか、月野がそう呟く。


「ああ、VMAX1200だよ。カッコいいバイクだよな」

「その辺は、私にはよく分かんないけど……」


「あのなぁ、よく見てみろ。あの剥き出しでボリュームのあるV型4気筒エンジン。そして、そこから延びる銀色の空気取り入れ口エアスクープ、車体の半分くらいがエンジンみたいでカッコいいだろ? だけど、そんな外観以上に、あのバイクはその名前があらわす様に凶暴なまでの加速が最大の魅り…… 」

 柊悟は、そこまで話すと目の前の月野が笑いをかみ殺しているに気が付いた。


「どうしたんだよ、その顔! 」

「だって、今までにないくらい凄くしゃべるんだもん。たぶん、鳥飼クンって、学校で不愛想で無口で、いつもムスってしている気の難しい人って言われてるでしょ? 」

 否定はできない。だが、その言葉に悪意が無い事も理解出来ていた。


「悪かったな」

 それでも、取り敢えずの抗議。


「でも、実はすごく妹さん想いだよね」

「えっ…… 」

 突然に切り返しに柊悟は言葉が出てこなかった。


「料理している時も、私と話している時も、お父様が色々教えてくださっていた時も、鳥飼クンは、常に四葉ちゃんを気に掛けていた。四葉ちゃんも昨日お風呂に入っている時や寝る時に自慢していたわ『シューゴちゃんは、優しくて、頭も良いし、スポーツも万能で、おまけによく見ればイケメンなんだよ』って。兄妹の仲が良いのは素敵な事よ」

 妹とは言え、褒め過ぎな言葉とそれを真顔で語る月野を前にし、思わず耳のあたりに熱が籠る。


「『よく見れば』って、アイツ誉めてねえよ」

「あっ、照れてる! 」

「照れてなんか…… 

 柊悟が2回目の抗議をしようとすると、そこに銀色のヘルメットを肩に担いだ大柄な男が近づいて来た。先程見たVMAXのライダーだ。


「やっぱSR400ウラルだよな。くぅー! カッケーなぁ、おい!」

 誰に対しての「おい!」なのかは分からなかったが、興奮気味にそう語る男は上背があるうえ、肩幅が広く、胸板も厚い。その体形はどこか水泳選手を思わせた。


「このウラル、兄ちゃんの? 」

 そのガタイにに似合わない、犬のような丸い瞳を輝かせ男は柊悟の顔を覗き込んで来た。


「いえ、父からの借りものです」

「父ちゃんのか? いい趣味だなぁ。ロシアのバイクって、武骨で融通が利かないけど良いんだよなぁ。このライトの丸みなんてスゲーセクシーで最高だよ」

「はい。でも、自分はVMAXも好きです。デザインも性能もこれだけの尖り方をしたバイクはなかなかないと思います」

 持ち上げるつもりは元より無く、全てが本音だった。


「分かってくれる? 嬉しいねぇ。VMAXのデザインは、日本工業デザインの祖、榮久庵 憲司さんなんだ。東京都のマークや秋田新幹線『こまち』もデザインしたスゲー人なんだぜ? それにVMAXと言えば、やっぱ『Vブースト』よ。あの加速は他のマシンじゃあ、味わえないぜ! 日本はどこも万年渋滞で…… って、いけねぇ、それを話すために声を掛けたんじゃねえや」

 にこやかだった男の顔に険が宿る。


「どうかされたんですか? 」

 そう尋ねたのは、柊悟の横にいる月野だ。


「兄ちゃんたち、多分、つけられてるぜ? 白のカローラによ」

 背筋に鳥肌が走る。一応、注意はしていたつもりだが、まるで気が付かなかった。


「何かやらかしたのかい? 」

 男はそう言うと持っていたペットボトルのジュースを口に含んだ。


「とくには何もしてません」

 柊悟は隣にいる月野を見ずそう告げる。


「そうかい? それならいいんだけどよ。あのカローラの間の取り方が、どうにも厭らしく思えてよ。気ぃ付けた方がイイぜ。このウラル、色も型もイイ感じだから目ぇつけられたのかもな」

 確かにバイクは、そのメーカーや車種、型式や色、乗っているライダーのファッションまで含んで考えるとかなり目立つ乗り物で、盗難やイタズラも決して珍しいモノではない。

 だか、今回に関してはその手の嫌がらせではないだろう。


 より強くなりつつある夏の日差しは、コンビニの駐車場のアスファルトに容赦なく照り付け、その反射が柊悟の汗を誘った。


「教えて頂きありがとうございます」

 素直に頭を下げる月野に習い、柊悟も慌てて頭を下げる。


「乗っているのが、こんだけのカップルってなりゃあ、嫉妬も買ったりするからよ。兎に角気を付けるこった」

 にこやかな笑顔であっけらかんと話す大柄な男。


「自分たちはそんな関係じゃありません」

 慌てて否定している事が返って青さを強調している事に気が付き、柊悟は思わず下唇を噛む。


「そうなのか? 結構お似合いに見えるけどな。まぁ、どちらにしても、気をつけて行けよ。んじゃ、縁があったらまた逢おうぜ!」

 男はそう笑顔を見せると、コンビニには入らず、停めてあったVMXに跨ると、一度エンジンを大きく吹かし、16号を北へと進んで行った。


「いい人だよな。つけられているのを知らせる為に、声を掛けてくれるなんて」

「…… うん」

「出発しよう、俺も警戒するようにする」

 月野の返事に柊悟は目を合わさず語りかけた。


「聞かないの?」

 そう返した月野の言葉にはどこか苛立ちの様なモノを感じた。

 無論、その問いの意味は分かっている。


「このタイミングで尋ねるのは、少しズルいだろ? 取り敢えず今は先を急ごう」

 ヘルメットを被り直した柊悟は気を引き締めると共に近いうちに何かが起こる事を確信した。








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