旅の二人
第24話 友の罵声
アスファルトから跳ね返った夏の日差しが細かい光の粒子となって、うしろへ、うしろへと流れてゆく。回転数があがってゆくエンジンの振動と共に景色に速度が付いた。
風が駆け抜けてゆく―――
「涼しいー!」
246号線の自然渋滞も町田を過ぎると終わりを告げ、車やバイクもスムーズに流れだした。いったん走り出したバイクは大型の送風機の様なモノで、常に身体の周りに風を起こしてくれる。
「あまり身体を晒すなよ。風に煽られるぞ」
「いいじゃない少しくらい。細かい男は嫌われるわよ」
エンジン音に負けない為であろう、大きく声を上げる真咲。風を楽しむように手をバンザイするその姿は無邪気そのもの。
「俺の性格の問題じゃない。バイクは繊細な乗り物なんだよ」
「それって、私みたい! 」
「‥‥‥ ハイハイ」
結局、あの日—— 真咲と『月の住処』を訪れた日は周りの子供たちに押し切られてしまい一泊させて貰ったのだか、それ以来どうにも真咲のテンションが高い。
「途中、寄りたい所が幾つかあるんだけどいいか? 」
「えっ⁉ どこどこ? どこに連れて行ってくれるの? 」
この調子だ。
「まずは、本屋かコンビニ」
「えっー! なんかありふれてる」
「地図が欲しいんだ。相変わらず電波障害でナビはダメだし、親父の地図は昭和60年代のモノで古すぎて、
この様子だとおそらく電波障害は当面続く、旅が続く事を考えても最新の地図はあった方が良い。
「分かったわ。他に寄るところは?」
「七種さんのお母さんに手土産を買って、スタンドで給油して、100均でガムテープと
「ガムテープ? ソース? 」
「そう、ガムテープ。ツーリングやキャンプでは必須の万能アイテム」
壊れたモノを一時的に止める、パーツの補強、怪我の治療、ロープを作るなど、丈夫なうえ、長さの調整が可能、そのうえ手で切る事が出来るマジックアイテムそれがガムテープだ。
「ソースは? コロッケにでも掛けるの? 」
「掛けるモノが違うよ」
「?…… 良く分からないけど、100均はいいかも。他にも見れるものあるし」
「あんまり、無駄なモノを買うなよ」
「はーい」
どこか遠足に行く子供のような笑顔を見せる真咲。
旅が長くなることを想定すると、もっと買いたいもの、出来れば自分にも扱える武器があれば理想的なのだが、バイクが矢鱈と重くなる事は避けなければ、燃費や勝負時の走りに影響する。
「あっ! 柊悟、あれショッピングモールじゃない? 」
考え事をしていた柊悟を呼ぶ声。声の主、真咲が指さす方向にはかなり大きめな商業施設。おそらくお決まりの100円ショップや本屋もあるだろう。
「よし、寄っていこう」
「あそこなら、着替えとかももう少し買い足しできそうね」
「ああ」
そう答え、車線変更をするための左へのウィンカーを出し、スピードを落とす。ミラーで後ろを見る限り、不審な車は見当たらない。柊悟は、そっと息を吐くとハンドルを切り、ショッピングモールの駐車場へとウラルを進ませた。
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「今月号出てたんだぁ」
100均等での買い出しを終え、最後に地図を購入するために本屋のレジに向かっていると、真咲がファッション雑誌を手に取り眺めはじめた。
「しかも今月号
柊悟はその名前にドキリとする。
目を輝かせつつ、ページを捲りはじめた真咲。
「レジは、ソコなんだけど」
遠慮半分と妙な罪悪感から柊悟はすぐ後ろを静かに指差す。
「もう少しだけだから、良いでしょ? うわーやっぱ可愛いなぁ、風子さん。これだけキュートで、しかも自分で洋服までデザインして、作ったりしちゃうんだよ。憧れちゃうなぁ」
「へー 」
取敢えずの合いの手。
「謎の多い所もミステリアスで良いんだよねぇ。年齢や本名も非公開だし‥‥‥あっ、こっちページの新作ワンピ、すごくカワイイっ! 」
16歳と言う年齢から考えれば、ある意味ファッションに興味を持つのは当たり前なのかもしれないが、洋服を見てはしゃぐ真咲が柊悟には、意外且つ、新鮮に思えた。
「ホラっ、柊悟、このサマーセーターなんて凄く素敵だと思わない? 風子さん、肌も綺麗だなぁ」
真咲が指さすページには八頭身はある女性が白いサマーセーター着て、微笑む大きな写真。
「そろそろ、行こうぜ。レジも混んでるし」
曖昧な視線を雑誌に落とすと柊悟は真咲を急かした。
「…… 柊悟、何か焦ってない、どうしたの? 」
「いや、別に焦っちゃいないよ」
「ならいいけど…… 」
雑誌を棚に戻し、共にレジに並ぶ真咲を視界の隅で見つめる。
濡羽色をした髪は、雫を帯びたように艶やか。髪と同じ色をした眉も素直な稜線を描いている。鳶色の大きな瞳と癖のない鼻梁がそれらに嫌味の無い幼さを纏わせ、真咲を年相応に見せている。あらためて見ても、かなりの美少女だ。
その証拠に、このショツピングモールに来てからも、何人もの男性が真咲に煩わしい視線を落としてくる事に柊悟は少し苛立ちを覚えていた。今も会計をしてくれている男性がチラチラと真咲に視線を送ってきている。
「
会計終了後、不意に真横から、覚えのある番号で柊悟を呼ぶ声がした。何となく、嫌な感じがし、敢えて聞こえていないフリをする。
「なぁ、お前、磯代高の左ウイングだろ? えーっと名前は確か‥‥‥
妙に会話の距離感が近いジャージ姿の声の主が、柊悟の正面に立つ。その顔には覚えがあった。
「
控え目な真咲の援護射撃。
「あっ、そうそう!
正式に言えば、とりがいではなく、とりかいで濁らないのだが、ここでそれを修正する事に柊悟は意味を見出せなかった。
「鳥飼君のとこ、今日は部活休みか? 」
「‥‥‥ ええ、まぁ」
真咲の視線を気にしつつの嘘。
「
記憶上、相手が年上と言う事もあり、柊悟は敬語で返す。隣にいる真咲にはあまり聞かれたくない内容になる事は確信していた。
「おーっ! 覚えてくれてた? 」
「去年の県大会で当たりましたから」
「何が、当たりましたからだよ!
悪意の無いその物言いに、声を掛けたのは特に他意の無かった事を、いわば見かけたから声を掛けただけである事を痛感し、柊悟は自身の間の悪さを心の中で舌打ちする。
「結果的に負けたのは
その年、神奈川を制した日海大付属は全国でもベスト4まで勝ち進んでいた。柊悟の記憶に間違いが無ければ、チームの軸でもあった深野は、その年、その年代の日本代表候補にも選ばれていたハズだった。
「何言ってんだ、あの試合はウチが辛くもPKで勝っ‥‥‥ あっ! いや、すまねぇ‥‥‥ 」
「いえ、自分が外したのは事実ですし‥‥‥ 」
今でも夢にさえ見る出来事。サッカー部に行かなくなった遠因。
「ま、まぁ、何だ、今年も順当に勝ち進めばどっかで当たるだろ? そん時にはPKなんかじゃなくて白黒はっきりつけようぜ! んじゃ、デート中のとこ、すまねえな」
バツが悪そうに頭を掻きながら、足早にその場を去ってゆく深野。その姿はあっという間に人波の中に消えていってしまった。
「柊悟って、結構有名なサッカー選手なんだね 」
抑えめの声での真咲の質問。おそらく察しの良い真咲なら、先程の会話で何らかを察したハズだ。
「俺なんかより深野さんの方が凄いよ。U-17の日本代表候補にまでなった人だから」
自嘲でも何でもなく、事実を淡々と柊悟は語る。
「だとしても、そんな人が褒めてたんだから、やっぱりスゴイんだよ…… また、はじめなよ、サッカー」
「…… 部活には戻れないんだ。行こう、昼過ぎには海老名に着いていたい」
『それ以上は聞かないでくれ』そんな意味を含んだ言葉を残し、駐車場に向かう柊悟の頭の中には、あの試合の翌日に浴びた友人たちからの罵声の言葉『裏切り者』との声がいつまでも響き続けていた。
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