第13話 黒の追手
アスファルトからの照り返しか、それとも同年代の女の子をはじめて下の名前で呼び捨てにした為なのか、柊悟の耳はかなりの熱を帯び始めていた。
そんな中、選挙が近い為か、ここでも街宣車が片側三車線の道路を大きな声を響かせながら通り過ぎる。
「はじめまして。俺は鳥飼柊悟、磯代高校2年。みんな真咲のトモダチなのかな? 」
照れを誤魔化す為に出た自己紹介と質問。
「友達であり、部活仲間です」
「そうなんだ」
リーダー格らしき女性の視線をいなす為、柊悟は引きつり気味の笑顔を向ける。
「流石、真咲センパイですね。お相手の男性、そこそこのイケメンさんじゃないですかぁ」
「瑠璃、今の言葉、人の彼氏の写真見せられた時に『優しそうな人ですね』って適当な着地点の感想を言うのと同じくらい褒めていないわよ」
興味津々と言った背の低い女の子の言葉を諫める黒目の大きな女性。
「えっーそんな事ないですよぉ。褒めてますよ!ねっ、鳥飼センパイ?」
柊悟は瑠璃と呼ばれた少女の関心が自分に向くのを感じ、その視線の圧力に押され思わず曖昧に肯いてしまう。
「はじめまして。あたしは真咲センパイの後輩で泉岳寺女子高等学校1年
やたらに明るいこの子のリボンの色がひとりだけ違うのは萌黄色が1年生の学年カラーだからなのだろう。
「こんにちは。同じく
長身で眼鏡の女性は笑みを讃えている。
「2年、
一番最初に月野を見つけた黒目の大きな女の子の挨拶に柊悟は静かに頷く。間が良いのか悪いのか、どこからかトラックのクラクションが聞こえて来た。その音と共に柊悟は視線を逃し、次の言葉を探す。
「どうも」
だが出た言葉はそれだけ。
「うわー!! これ、サイドカーって言うんですよね。カッコよいですねぇ~。こんなので鳥飼センパイくらいの男性がドライブに誘ってくれたら、あたしでも迷っちゃいます」
「まったく、『夏休みはどうしてもやらなければならない事があるから部活には出れない』なんて意味深な事を言っていたから何事かと思えば、まさかあの真咲が男とはねぇ…… 」
こめかみを押さえつつ、大きくため息をつく櫛木と名乗った女性。大げなリアクションをしているが、それはかなり芝居掛かっており、明らかに悪戯心が見え隠れしている。
「奈穂ちゃん、この方・・・・・ しゅ、柊悟は・・・・・・そ、その危ない所を何度も助けてくれた人で、そ、そう! 恩人と呼べる方で・・・・・・」
色んな事を計算に入れたうえでの返しなのだろう。その証拠に誇張はあるが嘘はない。だが、たどたどしさが返って怪しさを生んでいる。
「きゃー! 名前呼びですかぁ? さっきだって、ポカリを鳥飼センパイのほっぺにピトッってしていたし、真咲センパイもまんざらじゃないみたいな?」
疑問符が何処に向けられているのか良く分からない久保川瑠璃の言葉。
「うん、そんなカンジするよね!」
「ルーリー! 奈穂ちゃん! あれは、そういうモノじゃなくてね‥‥‥ えっと‥‥‥ 」
反撃の姿勢を見せているが、このままでは揶揄い負けるのは明白。だが、柊悟にも妥当な援護射撃の言葉が浮かばない。
「その辺にしておきなさいよ、ふたりとも。‥‥‥ 鳥飼さん、少し真咲をお借りしても良いですか? 」
意外な所からの助け舟。今まで静観していた大池桜子だ。
「どうぞ。行かなきゃならない所があるから、手短だと助かるよ 」
余裕を持って答えたつもりだが、声は裏返り気味。大池桜子は静かに頷くと目線で皆を誘い、商業ビルの脇で何やら雑談をしだした。
喧噪の中、柊悟の周りだけを切り取ったような沈黙が流れた。
遠目で見る真咲は、友人たちと談笑を続けている。
困った顔
怒った顔
驚いた顔
そして、笑った顔。
それらは、まるで上弦から下弦へと移ろう月の様に豊かで儚げで、そして眩しく見えた。
「新宿って、暑いんだな」
少しだけ早くなっている鼓動を意識しながら、柊悟はひとり言を呟き温くなったポカリを一気に喉に流し込む。
額から零れ落ちた汗が一雫、アスファルトの色を変え、刹那に消えてゆく。
「鳥飼センパイ! お待たせしましたぁ~ 真咲センパイをお返ししますぅ」
「だからね、ルーリーその言い方は…… 」
「ハイハイ、反論はそこまで! 鳥飼さんを待たせたんだから、真咲は早く支度する」
聞こえて来た瑠璃、真咲、奈穂の声。真咲は口を尖らせながらも、ヘルメットを被り、側車に腰を降ろした。柊悟もヘルメットを被りつつ、バイクのキーを回す。
轟音一声。
嘶きにも似たアウラの始動音に驚く3人に頭を下げる真咲。柊悟も軽く右手を上げて礼を告げた。
「ありがとう、みんな…… それと……」
「安心しなさい。真咲のお母さまから連絡がってあっても、ここで会った事と鳥飼さんの事は内緒にしておくわ」
言葉を濁す真咲に手をふり、そう返す桜子。
「彩屋のマカロンふたつで手を打つわ」
「あたしは抹茶タルトがいいですぅ」
横に控えていたふたりも手を振りつつ、冗談を飛ばしている。
「ありがとう! 桜子、奈穂ちゃん、ルーリー!」
大きく手を振る真咲を視線の隅で捉えながら、柊悟はゆっくりとアウラ400のアクセルを開け隅田川方面へ続く道へ走り出した。
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午後4時。
東陽町の駅前にあるコンビニの前で、柊悟は改めて目的の場地を確認していた。地図で見る限り、ここからであれば15分もあればつける位置だ。
「柊悟、話しておきたい事があるの」
真咲の熱のある言葉。バイクを停めてから話す
「名前の事なら気にしていない」
視線を合わせ思ったままを返す。
「なぜ?」
「なぜと聞かれても、気にしていないからとしか答えようがない」
「…… ほかにも話しておかなきゃいけない事がいくつもあるの」
意志宿る視線を受け、柊悟は開いていた地図を静かに閉じた。
「私は本当の名前を…… 」
「お嬢様!」
真咲の言葉を塞ぐように聞こえて来た男の声。その響きに宿る何かに柊悟はポケットの中に手を入れバイクのキーの感触を確認する。
「
驚きの声をあげる真咲の視線に先。そこには黒のハイエース。そしてワイシャツに黒のスラックスの男がひとり、肩を怒らせ立っていた。
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