第11話 異の気配

 立川へ向かう県道と交差する道を越えると、前を行くVMAXがウインカーを出し、右手にあるコンビニに入る旨を知らせて来た。


 夏の日差しに焼かれたアスファルトから立ち上る熱気が、ウィンカーのオレンジを滲んだ色にし、軽い眩暈を誘っているように感じる。あれから何度も振り返った後方には、自分たちを尾けてくる車輛は見当たらない。

 安心のため息をもらしたものの、ほんの数十分前まで、カーチェイスまがいの事を繰り広げた柊悟の鼓動は今だに早く、口の中は暑さも手伝ってカラカラに乾いでいた。


 貨物トラックを2台ほどやり過ごし、対向車線を跨ぐと柊悟は矢鱈と大きなコンビニの駐車場にバイクを停めた。隣には自分たちの窮地を救ってくれたVMAX。ゆっくりとエンジンを切り、ため息と共に柊悟はヘルメットを脱いだ。


 途端吹きだしてきた汗。


「よう! やっぱ兄ちゃんたちかぁ。 怪我はねえみたいだな」

 ヘルメットを肩に担ぐようにして、そう尋ねて来たのは、朝コンビニで自分たちに話しかけてくれたライダー。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」

 バイクから降りた柊悟は深く頭を下げた。


「気にすんなって、絶景ポイントで写真撮ってたら、ウラルサイドカーが横滑りさせながらオレの前を走り抜けていってな ”何事だ” って思ったら、白のカローラだろ? “こりゃ、やべぇって” と思って、VMAX相棒と共に追いかけたって訳さ」

 おそらく、月野がヘビに絡まれた当たりの交差点で写真撮影をしていたのだろう。幸運と言う他ない。


「ヘビを取って頂きありがとうございます」

 いつの間にか隣に立っていた月野も深く頭を下げている。


「そういや、オレって、ヘビ摑んだんだっけ? うわー、やべっ! この手袋グローブ大丈夫かな? ビンボーだから予備持ってねえんだよぉ」

 慌ててグローブの匂いを嗅ぐ男の大きなリアクションに柊悟は思わず笑みをもらす。


「本当にありがとうございます。自分は鳥飼柊悟、高2です」

「月野真咲です。同じく高2です。本当に助かりました」

 自己紹介する月野の言葉で初めて、彼女の年齢を知る柊悟。


「あー…… そう言うのヤメヤメ! 困った時はお互い様じゃねーか。それによ、そんな頭下げられる様な事してねーって。 オレは花宮兼一。24才。ミヤケンでいいぞ。 職業はカメラマン…… でも収入得てねえし、職業とは呼べねえな…… 」

 花宮兼一と名乗ったやたらに体格の良い男はそこまで話すと何故か考えこみ始めた。


「…… となるとカメラマン見習い? いや、そもそも誰にも師事してねえし、それも違うな…… つまりはカメラマンになりたい男になるのか? うーん、それだと、なんか、夢見がちな若者みたいでカッコ悪ィな…… まぁ、いいや! とにかくバイクとカメラが好きな男・ミヤケンって事で! ヨロシクな 」

 自己紹介はこれで終わりとばかりにニコリと笑うミヤケン。何とも大味な自己紹介だったが、気持ちよく笑うその姿に、修悟は目の前の人物の人柄を見た気がした。


「しかしよぉ、アイツら何なんだ? 執拗に兄ちゃんたちを追っていたように見えたけどよ、人を追いかけるしちゃあ、どノーマルな車だったし」

 ミヤケンの言葉は疑問と言うより、感想といった感じで特に他意は感じなかった。


「ミヤケンさん、実は自分たちも何故、追いかけられているか良く分かっていないんです」

 咄嗟に出た柊悟の嘘。

 叔父・音治郎宅まで追いかけ襲撃してきた連中だ。既にまともで無いのは分かっている。そして、そいつらの狙いが月野の持つ二つの木箱とその中身である事も。


「…… ‼」

 柊悟はそこで、直ぐに行わなければならない、ある事に気が付く。ある事とは、自分たちを逃がすためにあの連中とやりあったであろう、音治郎たちの安否の確認だ。


「すぐ連絡しないと! 」

「おじい様たち? 」

「ああ」

 月野の問いかけに答えつつ、柊悟はリュックからスマホを取り出す。


「スマホは無理かもしれないぜ?」

 スマホを操作し始めた柊悟に対し、ミヤケンが妙な言葉を口にする。

「それってどういう意味ですか? 」

 言葉を返したのは柊悟ではなく月野だった。


「なんだ、兄ちゃんたち知らねえのか? ちっと前から電波障害とかで、携帯が繋がりにくくなってんだよ。オレのスマホも殆ど繋がらねーぜ。メールやナビまでもダメみてーだ」

 ミヤケンの言葉に驚きつつも、柊悟は音治郎の名前をタップする。


 スマホからはプツプツと無機質な電子音が長々と響く。


 一旦、ホームボタンを押し、再度、通話を試みる。みんな無事であって欲しい。 その想いが気持ちを焦らせ、背中の汗を呼ぶ。




『…… ーゴ! 無事で…… か!』

 何の予兆もなく、唐突につながった電話。声は不鮮明だが、電話の向こうにいるのは明らかに音治郎だ。


「コッチは大丈夫! じいちゃんたちこそ無事? あの連中は? 」

『ヨ……ッタ! たつき……ーリーも無事ね。……の連中は……ューゴたちが…… なく……とすぐに逃げ……た』

 3人が無事である事を知り、柊悟は胸を撫で下ろす。月野も同じ気持ちだったのか大きく息をついていた。


『……れよりシューゴ! あの連中は……うだ。ローリーは知っての通り、かなり腕力がある。そのローリーのパンチをまともに受けて平然と…… って来るなんて…… られない。ローリーからシューゴに……たい……ある……しィ』

 途切れ途切れではあったが、内容的には襲ってきた連中についての感想を語っているのは理解できた。おそらくローリの丸太の様な太い腕で殴られても、直ぐに立ち上がって来たと言っているのだろう。


『……ゴ。聞こ……すか? ーリ……す。また、あの連中と出あ……ったら……げなさい』

 電波の状態が安定しない為か、声はなおも聞き取りずらくなって来た。それでも落ち着いた声から電話口にいるのはローリーである事は理解できた。そして、『あの連中と出会ったらとにかく逃げろ』と教えてくれているの事も。


「ありがとうローリー! 翼さんにも宜しくと伝えて!」

『……悟、あ…… 中は、…… 』 

 柊悟の言葉が届いたかは分からない。そして返してきた言葉も殆ど聞き取ることが出来なかった。

 電話口からはジリジリとしたノイズが聞こえて来る。おそらくもうすぐ、電話は切れてしまうだろう。


「色々ありがとう! みんなも気を付けて!」

 柊悟は大きな声でそう告げる。


『ク——————…… がぃ――――――』

 電話口からの声はもはや誰なのか判別が難しい程、ノイズが強くなってきていた。


「えっ? 良く聞こえないよ」

『 —————— ——————い 』

 最後に聞こえた妙に鮮明なローリーの声。


「えっ⁉ それってどういう意味? 」

 背筋に鳥肌が走る様なその言葉に柊悟は思わず、大きな声を上げる。

 その大きさに驚いたのか隣にいた月野が肩を震わせた。


『 …… …… …… …… …… 』

 

 電話口からは、声も不愉快な電子音も聞こえて来る事は無くなり、代りとばかりにスマホのホーム画面には『圏外』の文字が表示されていた。


「おじいさんや翼さん、ローリーさんたちは大丈夫だったの? 」

「ああ。通信状態が悪くてよく聞き取れなかったけど、三人とも無事だから安心しろだってさ」

 心配そうに尋ねてきた月野に柊悟はそう答えた。


「よかった」

 心底安心した様に大きく息をつく月野真咲。


「何か知らねえけど、問題ねえなら良かったじゃねえか」

「はい」

 ミヤケンの言葉に柊悟は静かに頷きつつ、額に流れる汗を手の甲で拭った。


「しかし暑いな、コンビニの中にイートインもあるみたいだし、少し涼もうぜ!」

「助けて頂いたお礼にジュースでも奢らせてください」

 空を恨めしそうに睨むミヤケンの誘いに月野真咲が意外な言葉を返す。


「マジで? 年下に奢ってもらうなんて、気が引けるんだけど、貧乏だし、甘えちゃおうかなぁ」

 ミヤケンは少しバツが悪そうに苦笑いを浮かている。


「年下年上関係ないですよ。お礼はお礼です。これくらいの事はさせて下さい」

 月野は遠慮が無いように見えて、お礼や振る舞いなどには、かなり拘りがあるように思える。


「そう? じゃあゴチになちゃおーと 」

 そう素直に返すミヤケンの存在を柊悟はありがたく感じはじめていた。


「私、ミヤケンさんにアイスも奢っちゃいます!」

「マジで!」

「はい!」

 並ぶようにコンビニに入っていく二人の背中を見ながら柊悟は、最後に電話から聞こえた声を思い出し、背中に嫌な汗をかいていた。


 電話口から聞こえた最後の言葉。


『 彼らは “人” ではないかもしれない 』


 ローリーは間違いなく、そう言っていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る