第30話 初の告白
「『
ミヤケンの発した一語が柊悟の背筋に何かを走らせた。
「何か怪しげな響きで興味を惹く祭りの名だろ? 『赤』って字をふたつ並べ、夜で『
そう言ってミヤケンが取り出したのは一冊のファイル。そこには何かが映ったアナログカメラのフィルムが幾つも収められていた。
「年代物のネガね。いつのもの?」
「昭和初期のものらしい」
「ネガ? 」
何気に会話を進めてゆくミヤケンと由布子に柊悟が言葉を挟む。
「ネガフィルム。被写体の色や明るさが逆さに映っているフィルムの事よ」
「コイツで現像時前にフィルムをチェックして色の補正を掛けたりして印画紙に起こしたモノが写真になるのさ」
さすが現役モデルとカメラマン志望の人間。あっさり質問を返してきた。
柊悟は改めてそのネガフィルムを見つめる。
そこには和服、いや巫女装束の様なモノを纏った数人の女性たちが神社の境内と思われる場所で踊っている姿が映し出されていた。
丹沢山系から吹き降ろして来る風が湖面を揺らして漣をおこし、それを見ていた観光客が感嘆の声を上げる。
「‥‥‥ 『
観光客の喧噪の中、聞こえた真咲の声。
「く‥‥‥んぷ‥‥‥う? 」
「こっちは『夏鳥詠う上弦の月』の型、この足の並びは『紅葉舞う下弦の月』の型…… 」
言葉を鸚鵡返しにした柊悟の横で真咲がフィルムを見ながら小さく呟く。戸惑いの表情を浮かべる皆の前で真咲の言葉は続いた。
「ここに写っているの日本舞踊『
」
――
真咲が習っていると言った日舞の流派の名。
「真咲ちゃん詳しいのね」
「私もかけ出しではあるんですが習っていて…… 神楽の流れをくむ流派とは聞いていたんですけど、神社の境内で踊るなんて知りませんでした」
ネガを見つめながら由布子の問いを独り言のように返す真咲の声は小さく震えているようにも聞こえた。
「まさか嬢ちゃんと接点があるとはな。コレはさっきも言ったように神社の裏祭りだからな。たぶん、人前でやるモンじゃねえんだろうな」
困惑気味の表情のまま頭を掻くミヤケンが言葉を繋ぐ。
「裏祭り言ってたけど、お祭りなら人前で踊るんじゃないの? 」
少し回りを気にしつつ、由布子がもっともな意見を述べる。
「裏祭りってのは、祭りが無事に終わるように祈りを捧げたり、あるいは無事に終わった事を感謝するモノらしいぜ。それに『
「というと、本祭りの前後に行うって事? 」
「そうらしい」
個人所有の社の小さな地鎮祭という事なのだろう。ミヤケンと由布子の会話を聞きつつ、柊悟は真咲を視線の隅に捉える。ペットボトルで水分を口にするその姿は、喉が渇いた為の水分補給のようにも映ったが、柊悟には別の何か焦りの様なモノを静めるための動作に見えてならなかった。
――― 何かが起こる。
それを確信しながら、柊悟はミヤケンに尋ねる。
「ミヤケンさんの向かっている所って、どこなんです?」
「山梨県山中湖村大字384-400番地にいる『
汗を拭いつつミヤケンが答えた住所。それは柊悟の予測通り、七種ふみさんから貰ったメモに記された住所と同じ場所だった。
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道の駅を越え、右に折れると観光バスとすれ違う。これから急坂を上る為、低速にギアを入れ替えたのどろう、エンジンが咽たような音を立てると同時に、排気口からは空気を揺らす透明な一酸化炭素の幕が排出されていた。
山中湖から吹く風が運ぶ少し黴くさいアオコの臭いを吸い込まぬよう、柊悟は小さく息を吐き、前を行くVMAXのウィンカーの指示に従い山沿いの狭い道を登って行く。砂砂利を踏み固めただけのその道はオフロード用のバイクなら嬉々とするような状態。デコボコで油断をするとハンドルを取られそうになる。
「ちょい悪路になるな。しっかりとバーに掴まっていてくれ」
「…… うん」
機嫌の悪さを引きずっている事に加え、何か考え込んでいるような表情を浮かべている真咲の返事は相変わらず。
「まさか、由布子さんだけでなく、ミヤケンさんまで同行する羽目になるとは思わなかったよ。」
「…… 」
「尖がったバイクの筆頭VMAXにロシア製のサイドカーウラル、それに火の玉カラーのZ2が列を作って走ってるモンだから目立ってるんだろうな。さっき通り過ぎた観光バスの連中、ガン見してたな」
場繋ぎの言葉のつもりだった。悪路で巻き上げた砂が小さな埃と音を立て続け、それが汗を誘う。
「どうして本屋で風子さんの事を教えてくれなかったの? 」
真咲がそっぽを向いたまま尋ねてきた。ここ数時間で一番長い真咲の言葉が自身に対する不服だった事に柊悟はなぜか笑みが浮かんでしまった。
「言い出しづらかったし、会話のネタにしたくなかったんだよ」
そう、出来たら顔を合わせるのも避けたかった。真咲が一緒でなければ逃げていただろうとすら思う。
「なぜ?」
久々に自身の頬に真咲に視線が向いた事を感じながら柊悟はひとつため息をつき静かに口を開いた
「…… 俺、去年の10月に由布子さんに告白して、フラれてんだよ」
生まれて初めての告白。
玉砕覚悟だったものの、真剣だった。だからこそフラれた次に顔を合わした時にどういう表情をすれば良いか、どんな会話すれば良いか、それが分からなかった。
「マジ!? どうしてフラれたの? 相手にされなかったとか?」
かなり大きな声で尋ねてくる真咲。驚いたのは分かるが悪路を走っている状態でなければ後ろを走るZ2にまで声が通る様な大きさだ。
「…… あんまり傷口を抉らないでくれよ。それなりに傷ついたんだぜ? ……しっかりと向かいあってくれた上でフラれたんだよ。だからこそ、切り出し辛かったんだよ」
10月の連休最終日、バイクで長瀞まで二人で出かけ告白をした。
―― 『嬉しいわ、ありがとうシュウ。でも、今は付き合うとか考える事は出来ない』
優しく、姉が弟を見つめるようにそう笑った由布子。モデルとして、そしてデザイナーとしても名が通り始めた矢先だ。当然だろうと柊悟はその応えを受け入れた。
真咲の咳払い。
「安心しなさいよ柊悟。実力人気共、国内5本指に入るモデルさんに告白してフラれたなんて、将来絶対自慢話になるわ」
「それで、慰めているつもりか? 性格わるいな 」
少しおどけながら笑う真咲にそう返すことが出来た柊悟は、自分の中で生まれて初めての告白が過去になりつつあることに気が付く。
「それは互い様でしょ……あっ、見えて来たわね」
バイクに響いてくる悪路を嚙む音が軽くなると同時に、視界が開け、目の前に大きな茅葺屋根の建物が姿を現す。広い庭の中央に停まったVMAXと並ぶように柊悟はウラルを停め、機嫌がよくなったのか笑顔を浮かべる真咲と共にヘルメットを取る。
「雰囲気のあるお屋敷よねぇ」
吹き出す汗を拭いつつ、口笛を吹くような仕草を見せた由布子がバイクのエンジンを切ると同時にパタパタと庭を駆けてくる音が聞こえて来た。
「はーい、どなたですかぁ。大伯母、じゃなかった…… 家元は今、けっこー忙しいんで、お帰り頂きたいんですけどォー」
その明らかに面倒くさ気な女性の声は若く、しかも柊悟には聞き覚えがあった。
「アレっ? 鳥飼センパイ? 鳥飼柊悟センパイですよね! 」
他の三人の事には目もくれず、そう駆け寄ってきた女の子。それは
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