第24話 「 ブラッディー・ローズ 」

 ドラゴンは不死身。

 勇者によって殺されたように見えても、力はいずれ集まりドラゴンは復活する。


 魔導師達が言うには、ドラゴンは自然の力が具現化したエネルギー体の様な物。その考え方を面白いと皐月は思う。


「ドラゴンの力は本当に均等に分かれるのかな。最初に産まれた子に半分、二番目の子に残りから半分って末っ子になると減っていったりはしないものなの?」


 皐月の質問にシャイアは笑顔を向けた。


「それは学者や魔導師達の間でも議論となるところだよ」

「はっきりしないの?」

「ドラゴンの力を計る方法がまだ見つかってない」


 ふ~んと鼻を鳴らして皐月は黙った。


「君が考えたように、親がその時持っている力を半分ずつ子供に分ける・・・という考え方と、親子間で力が均等に割り振られるという考え方のふたつが有力だよ。先の考え方だと長男に聖剣が受け継がれるのは危うく感じる」


「上に女の子が続いて生まれた後にやっと男の子が産まれるって事あるものね。そしたらドラゴンの力が一番少ない長男が聖剣を継ぐことになる」


 シャイアが頷いた。


「ラシュワールでは均等に分けられるという考えを支持している。同じ力を持つなら男の方が戦いに向いているから、代々長男に聖剣が受け継がれているのも理解できるだろ。女性は子供を宿す大切な体だし、身重で戦いに参加させるわけにはいかないからね」


 そう話しながらシャイアはマントの中でごそごそと手を動かす。


「食べる?」


 マントから出てきた彼の手には、ビスケットの様な物が握られていた。皐月は困った顔をして首を振る。


「ありがとう・・・でも、私はお腹空かないから」

「あぁ・・・、すまない」


 小さく肩をすぼめて、シャイアはすまなそうな表情で皐月を見つめる。


「僕だけじゃ食べにくいな」


 苦笑いをしながらそう言ったシャイアが食べ物をマントに戻そうとするのを見て、


「・・・どんなものか、味見をさせてくれる?」


 皐月はそう言った。


 ひと欠受け取って皐月は口に含んでみる。ビスケットどころか砂を噛むような味気ないものだったが、シャイアへ軽く笑顔を向けて、まぁまぁ・・・と言うように小さく頷いてみせる。


「美味しいとまでは言えないけど、小腹を満たすには十分だし日持ちするから重宝するんだ。そろそろ暖かい食べ物が食べたいなぁ。ここに来たら食べられるかと思ったけど・・・こんな状況だしね」


 天井近くの小窓を見上げながらポリポリと食べ、シャイアは言う。


「雨、止みそうにないね。外は真っ暗だし、花探しは明るくなってからにしよう。 ーーー隠すならここかと思ったけど見当違いだったな」


 シャイアはベッドに横になった。


「眠くもならない?」


 皐月は頷く。


「まだそれ程夜は更けてないと思うけど・・・僕は、もう眠いよ。夜通し馬を走らせてきたから・・・・・・」

「本当に、グロリアが心配だったのね」


 シャイアが気恥ずかしそうに笑う。


「振られたのに忘れられず、求められてもいないのに遠くから馳せ参じるなんて・・・。気を引きたいって下心が見え見えで・・・、恥ずかしいよ」


「愛する人の安否を気遣うのは恥ずかしい事じゃないと思うな」

「有り難う」


 天井を見上げたままシャイアはじっとしている。


「本当に・・・・・・ゾンビになってしまったんだね」


 シャイアがぽつりと言った。


「人の一生は短い、黙って待っていればドラゴンはいずれ全ての力を取り戻す。でも、君は寿命から解き放たれた。ドラゴンは完全にはなれない。ラシュワールとしても僕自身もゾンビ姫を歓迎するよ」


 シャイアの言葉を噛みしめて皐月は俯く。


「ゾンビになったって事は、死んだって事とは違うのかな」

「僕は魂の9割くらいは天に昇っても、1割はまだ体に残っていると思っている。聖剣を使うと魂が抜けるだろ・・・聖なる光は試した?」


 頷く皐月。


「館とフラナガン農場で」


 シャイアも頷く。


「それなら見たよね。完全に天にあがっていないなら、残った魂と共にドラゴンの力も留まっていると僕は思ってる」


 仰向けだったシャイアが体を皐月に向けて彼女を見つめた。


「女性と2人で部屋にいるのに、ベッドで男がひとりだなんて淋しいな。・・・一緒にどう?」


 片方の手でベッドを軽く叩いて誘うシャイアに、皐月が目を細めて冷ややかな視線を送る。


「分かったよ、ひとりで寝るよ。 ーーー襲わないでね」


 そう言ってシャイアは皐月に背を向ける。狭いベッドの上、寝返りひとつで壁にぶつかりそうだ。


「安心して、あなたは不味そうだもの」


 背を向けたままシャイアはくすくすと笑う。


「結構、良い食べ物で出来てるはずなんだけどなぁ・・・・・・」


 皐月もくすりと笑う。


「食べたいと思ったのはたった1人だけよ・・・。ヒューイットただ1人・・・」


 珍しくシャイアからの返答が途絶え、皐月が寝たかと思う頃に小さく声がした。


「愛情の薄さに感謝すべきか・・・嘆くべきか・・・・・・」


 顔をつけそうな程壁に近い位置で横になっているシャイアが、しばらくして突然身を起こし壁を見つめたまま座った。


「襲わないから心配しないでよ」

「違う」


 皐月の声かけに短く答え、シャイアは壁に掛けてある服をひとつふたつとベッドへ下ろし始める。


「何をしてるの?」


 直ぐに彼の動きは止まり、何かを見つけたようだった。


「・・・土だ」

「え?」


 皐月がベッドに上がってシャイアの覗き込む先に同じように目を向ける。

 壁には穴が穿うがたれ、わずかなスペースに土が入れられていた。その中心に穴が空いている。


「やはり・・・、ここで花を育ててたんじゃないか? でも、花はどこだ?」

「ヒューイットは、花を移したって言ってた・・・」

「何処に?」

「あの男が・・・種を渡した男が手を出せない所」

「手を出せない所って?」

「最後まで言い切らずに死んでしまったから、何処かまでは・・・」


 シャイアの目がくうを見つめる。


「あの男って・・・誰なんだ? 手を出せない所って?」


 独り言のように呟く。


(ブラッディー・ローズの種を持っているなんて、普通じゃない。そんな男が手を出せない所とはいったい何処なんだ?)


 シャイアと皐月が出会ってから最長の静かな時間が流れていく。

 暗さに慣れた目で見るシャイアの横顔は、皐月の目に美しく映った。


(お喋りなんじゃなくて、私を警戒させないようにあえて話をしてたのかな?)


 皐月は黙ってシャイアを見つめていた。


「ヒューイットは他に何か言ってなかったかい?」

「他にって・・・。お父さんが花に刺されて、日を追う毎に具合が悪くなってきたとか・・・」

「変な話だ」

「そう? ふらついているお父さんに肩をかした騎士や・・・あと何人か、お父さんと関わった人が小さい怪我をしたみたいな話をしていたような・・・・・・」


 シャイアが首を振る。


「ブラッディー・ローズに刺されたらあっという間に死んでしまう、そして直ぐにゾンビに変わってしまうんだ。刺されてからゾンビになるまで時間がかかるなんて聞いたことがない」


 皐月も怪訝けげんな顔をする。


「ヒューイットはそう言ってた。館に手伝いに行った人達がだんだん体調が悪くなって、ベッドを借りたり部屋の隅の床で休んだりしてたって、確かそう言ってたと思う」


(特殊な花なのか? 改良された花の種? その男はいったい何処からそんな種を持ってきたんだ?)


 ゾンビはどの国でも脅威のひとつだ。

 ブラッディー・ローズは深い森があれば何処の国にでも自生する。しかし、何処の国でも刺されれば即座に死にゾンビに変わると言われている。ゾンビに変化するのに時間がかかるという噂や伝承を、シャイアは今まで聞いたことがなかった。


(不可解だ・・・)


 シャイアは花とゾンビについて考え、皐月はヒューイットが他に何か言わなかったかと思い返し、互いに黙ったまま時間が流れていった。




 




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