第13話 「 フラナガン農場 」
「カルバン?」
空を見上げていたカルバンが、ふいに皐月を仰ぎ見て抱きついてきた。両親の事を思い出して泣いているのだろうか・・・と、皐月は頭を撫でる。
「良かった。 お嬢様が消えなくて・・・」
顔を押し当てているカルバンがくぐもった声でそう言った。
「心配してくれてたの?」
「当たり前ですよ!」
顔を上げたカルバンの目尻に涙が光っている。
「ありがとう」
皐月が笑顔を向けるとカルバンも明るい顔を向ける。
「お嬢様はゾンビじゃない! そう言うことだよね!?」
「んん~・・・そうかな?」
「きっとそうだよ」
そう思いたかった。しかし、剣を握っている者は除外・・・のような事も考えられて、皐月は諸手をあげて喜べない。なんにしても、聖剣の力の発動が心強く自分が消えなかったことに安堵した。
「さぁ、ファースティーを呼んでみよう。来てくれるといいんだけど」
ロータリーを抜け、更に広く見晴らしの良い場所まで移動してファースティーの名を呼ぶ。大きな声で1度叫んだ。
しばらく待ち、もう1度声をかけるか迷った頃。
「お嬢様、あっち!」
カルバンが先に気づいて指を指す。
短く刈り込まれた緑の草の上を、真っ白な馬が真っ直ぐこちらへと駆けて来るのが見えた。想像以上の美しい姿に見惚れて言葉を失う。
光に怯えているのかゾンビ達は姿を現さず、ファースティーは落ち着いた様子で2人の前で立ち止まった。
皐月はファースティーの鼻梁を撫で首を撫でて、無事に生きていてくれたことに感謝した。
「呼びかけに答えてくれて有り難う」
ファースティーはぶるるっと鼻を鳴らして答える。そして、皐月に甘えて頬を皐月の顔にぐいっとすり付けてきて、危うく倒されそうになった。
「あはは、ファースティー分かったわかったよ」
「お嬢様、どこも怪我はありません」
皐月がファースティーに
「有り難う、カルバン」
「僕、有能な相棒でしょ?」
「助かるわ、素晴らしい」
「にゃぁ~お」
ファースティーの背に飛び乗ってクリスタも誉め言葉をねだる。
「クリスタも良い働きをしてくれたわ。有り難う」
頭を撫でるとクリスタは頭を手に押しつけて目を細める。それを見てファースティーも頭を寄せてきて、皐月はくすくすと笑った。
(ああ、この人は動物にも優しい人だったのね)
皐月は優しい人物の体に生まれ変わったことを嬉しく思った。そして、この人の築き上げた人物像を壊したくないとも思った。
「さぁ、行きましょうか」
鞍の着いていないファースティーに
皐月がこの数日間過ごした場所、その全景を初めて目にする。
濃い赤茶色の屋根瓦と灰白色の石で作られた2階建ての建物は、中央と四つ角に塔を持つ
「お嬢様・・・寂しい?」
カルバンが心配そうな声でそう聞いた。
「いいえ。また、帰ってきましょう」
「うん!」
ファースティーは2人と1匹を背に颯爽と走り出し、高い塀で囲まれた敷地を抜けて様々な景色を後方に流して走って行く。
広い葡萄畑の奥に見えるワイナリーらしき建物を横に見て走り、いくつかの広大な果樹園を越えた。
「お嬢様、あそこがフラナガン農場です!」
皐月はファースティーを走らせながらカルバンの指し示す先に顔を向ける。
「フラナガンさんの所に寄ってもらえませんか?」
ここまでの道中でも時折ゾンビの姿を目にしている。あそこに人がいるなら沢山集まっている可能性がある。
「無事かもしれないでしょ?」
カルバンの切なげな瞳に迷いながら、まだ真っ直ぐ街へと馬を走らせる。
「お願いします! ゾンビになってたら諦めます。お願いだからッ」
迷った。街までの距離は後どれくらいだろう。
皐月は明るいうちに街にたどり着きたいと思っていた。なるべく剣の力を使い、極力ゾンビを切りたくないと思い始めていたのだ。
「お嬢様! お願い!」
懇願するカルバンの声に押され、皐月は右手を引いた。
「有り難うございます!」
カルバンの声が跳ねる。
「あなた、食べ物の残りが少なくなってきたわ」
「う~む・・・」
フラナガンは妻と幼い息子2人に目を向けて唸った。
彼らは牛達の世話をしている時にゾンビの襲撃に合っていた。唐突な襲撃に逃がせた牛の数はわずかだった。屋根の高い牛小屋は3階建て程の高さがあり、ロフト状の場所に干し草を貯蔵してある。万が一の場合に備え常に食料を数日分置いてあった。
ゾンビの姿を子供達が発見し、ギリギリまで牛を逃がして
梯子を上に引き上げるのに手間取り、ゾンビに登られてやむなく梯子は切り離した。
ゾンビの姿が減り始めそろそろ下りたいところだが梯子がなくては降りられない。
「藁を編んでひもを作ってみるのはどうかしら」
「ああ、そうだな」
家族を気にかけながらもフラナガンが今気になっているのは館の事。
いまだに救助の者が誰も来ないという事は、館はゾンビに包囲されているのか。それとも館も無事では済まなかったのか・・・と悪い想像ばかりが浮かぶ。
(あの日は大勢の人が館に集まっていたはずだ。あれだけの数の人がゾンビ化していたら・・・)
そんな事を考えながらロフトから下の様子を見ていたフラナガンは、屋外から刺すように入り込んできた閃光に驚いた。
「あなた! 今のは何?」
「分からん・・・」
急いで窓から外を確かめたが、見える範囲にゾンビが数体倒れているだけ。
「フラナガンさん! いますか!?」
名を呼ぶ声に窓を離れロフトから見下ろす。
「フラナガンさん!」
「カルバン! 無事だったのか!?」
「カルお兄ちゃん!」
両手を振って笑顔を向けるカルバンの姿に子供達も声を弾ませている。
「お嬢様もご無事で・・・」
カルバンの後から牛小屋へ入ってきた皐月を見つけ、笑顔を向けたフラナガンの顔が
「フラナガンさん、大丈夫。お嬢様は大丈夫です」
フラナガンの妻が夫に身を寄せて不安そうに見下ろしていた。
「僕、昨日からずっと一緒にいるんです。ほら、どこも噛まれたりしてません。心配しないで!」
カルバンがゆっくり体を回して見せる。
「・・・この距離では、確認できんな」
「しゃべるゾンビなんて、聞いたことないでしょ?」
「ぐっ・・・」
困惑するフラナガンを見てカルバンが皐月をせっつく。
「お嬢様も何か言ってよッ」
「この距離で見てもゾンビっぽいって分かるの?」
皐月には自分の体と人の体に違いがあるようには見えなかった。どこがそれほど疑わしく見えるのか見当がつかない。
「何でもいいから! とにかく説得して!」
カルバンがじれる。
「フラナガンさん・・・。私はゾンビかもしれません」
「お嬢様ッ!」
皐月の言葉にフラナガン夫婦が互いに見交わす。
「でも、人を食べたいとは思いません。襲いたいとも思いません。私が招かれざる者であるなら、このまま街へ行きます。どうか・・・カルバンを預かってはもらえませんか?」
「お嬢様!!」
カルバンが皐月の袖を握る。
フラナガンがしばらく皐月を見つめながら黙っていた。
「・・・分かった」
「あなた!」
「そこにある梯子をここへかけてくれませんか?」
腕を引く妻を制してフラナガンが皐月にそう言った。
藁の上に放置されたように置かれた長い梯子を、カルバンと2人でロフトへかけフラナガンの許可を得て梯子を登る。
フラナガンの妻は2人の息子を抱きしめて距離を取ってしゃがんでいた。
「一端、梯子をあげてから話を聞かせてもらえますか?」
一応の安心を得られたようだった。
「館はどうなっているのです? 旦那様は?」
皐月はすぐには答えられなかった。
館をくまなく調べたわけではないし、「 旦那様 」の顔さえ皐月には分からなかった。
「ごめんなさい。館を調べる余裕が無くて・・・」
「僕も、ほとんど隠れてたから誰が助かっているのか分からない」
溜息の様な小さなうなり声を漏らしてフラナガンが目を落とした。
皐月が迷いながら口を開く。
「フラナガンさん・・・私、ゾンビに見えますか?」
フラナガン夫婦は目配せをするようにしてしばし黙った。
「・・・恐れながら、お嬢様はご自分の体の変化にお気づきではないのですか?」
彼の背後にいる子供達の目が皐月に恐れを抱いている。それだけでも、自分の姿が人とはどこか違う事を
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