第31話 「 ドラゴンの棲 」

 皐月とシャイアが4体のゾンビ騎士を倒し、館へと向かっていたその頃。



 山並みの一角にある暗く深い洞窟の中で、荒れ狂う1体のドラゴンがいた。


 大地が山へと変化していく所に、深く深く穿うがたれた洞窟が口を開いている。その深い奥の奥から咆哮ほうこうが轟いていた。

 洞窟の中は青黒い立方体の結晶が大小重なり合い壁面を覆い尽くしていた。それぞれに好きな方向を向いて重なり互いに光を跳ね返しあっている。大きさの異なる面が鈍い光を放つその光景は、不気味と言うよりも荘厳さを感じさせるものがあった。


「くそぉ! 皐月のやつッ!」


 ガシャーーン!


 シャーン シャーン シャーーンンン


 背に黒い翼を持った者が、怒りにまかせて手近な結晶を蹴り上げた音が響き、回りの結晶が微かに鳴動して響きわたった。


「時空ドラゴン様、お静まりください」


 赤黒くコウモリのような薄い皮膜で出来た翼を持つ妖魔が、苛立ちを露わにする若ドラゴンの横でへらへらと笑いながらなだめている。


「まぁまぁ、お掛けになって。貴方様がお怒りになるほどの存在じゃありませんよ、ほっておきましょうよ。へへへへ」


 太鼓持ちがするようにヘコヘコと椅子へ案内すると、若ドラゴンは苛立ちながらも椅子へと腰を下ろした。


 結晶に囲まれた大きな空間の中央に玉座の様に設えた椅子が置かれていた。その椅子を取り囲むように白い蓮の花びらのような物があった。それはドラゴンを育んだ卵の殻の残骸。自らうっすらと発光し、椅子に座る若ドラゴンをほんのりと照らす。


「なんなら、また意地悪をしてやればいいんです。奴らは手も足も出せませんよ」


 口の片方を引き上げて、ひひひと笑う顔は悪さを企てる人間そのもの。


 妖魔は人の悪意から生まれるという。

 恨み辛みを残しこの世にしがみつく霊や、さまようゾンビの根源的欲望が集まり凝縮した姿なのだと。


「今度はどんな事をしましょうかねぇ・・・」


 楽しそうな笑顔を作った妖魔が若ドラゴンに背を向ける。


(いちいち怒りやがって、扱いづらいやつだな。卵を見つけたときには良い物を手に入れたと思ったのにッ)


 妖魔は心の中で毒づいた。


 偶然見つけた洞窟に綺麗に光る結晶を見つけて金になりそうだと思い、奥まで分け入って卵を見つけたのは半年ほど前の事。


 ドラゴンの生まれた時に側にいれば、鳥の雛のように懐いて思い通りに扱えるとほくそ笑んだ。しかし、生まれてみれば人の様な姿の生き物だった。鱗に覆われた黒い翼を持ち、同じく鱗に覆われた尾を付けている以外は人と変わりがないように思えた。卵から出た直後から言葉を使うそれが、普通のドラゴンの生まれ方なのか妖魔には分からなかった。


 ただ、扱いづらいと思いながら入れ知恵をすることは怠らなかった。


 ゴーーール!!

 得点が入りましたぁっ!


 大きな結晶の艶やかな表面が、液晶画面の様に映像を映していた。


(また訳の分からない映像を見ている)


 妖魔の知らない世界の映像を見て、若ドラゴンが一喜一憂するのを妖魔は知っていた。


 グァシャシャン!!


 そっとドラゴンから距離を取る妖魔の横を、音と共に砕かれた黒い結晶が鋭く飛んでいく。


「そ、そんなにお怒りにならないで、体に触りますよ」


 先程蹴った結晶を更に蹴飛ばした若ドラゴンが、怒りに肩を震わせている。


(ゾンビに光りゾンビに光り)


 桑原桑原と雷が落ちないように唱えるように妖魔が心で唱える。

 映像の中で青年達が喜び合い走り回っていた。


「流石、若林! あいつならやってくれると思ってたよぉ!」


 映像に映らぬ何者かが祝福の中央にいた青年へ賞賛の声を漏らす。その声に若ドラゴンがまた吠えた。その声のもたらす振動に耐えかねて天井の若い結晶が砕け落ちる。


 グァシャァーン!


 落ちた先にあった大きめの結晶が砕かれ、映像が途絶えた。


 若ドラゴンの椅子を取り囲むように、大小の結晶がツルリとした表面を向けている。それぞれに様々な映像が浮かび上がっていた。

 ランスロウの建物、館、ブドウ畑、遠い山並み、皐月やシャイア。そして、この世界の人々の知らない異世界の風景、そこに暮らす人々。過去の様々な映像。若ドラゴンの心の向いた場所やその時の映像が、繰り返し結晶の表面に映し出されている。まるで、雑然と置かれたモニタールームの様だった。


 今壊され消えた映像も、別の結晶の表面に再び映っていた。


「あぁ! あの花、さっさと切っておけばよかったッ」

「そうですよねぇ」

「皐月の奴、仲間だと思って見逃してやってたのに、何だあの言い方!」


 ガシャシャン!


 皐月を映していた結晶を若ドラゴンが砕いた。


「好きなようにいたぶればいいんですよ。やっちゃいましょう、痛い目に遭わせちゃいましょう」


 妖魔が悪魔のように囁く。


 暗かった結晶の表面に、皐月が子供達に囲まれて楽しそうに絵本の読み聞かせをしている映像が映る。その横の結晶には、練習終わりに寄り道先を決めている学生の映像が流れていた。


 目をそらしながら耳をそばだてる若ドラゴンが、苛立ちを露わにどすんと椅子へ腰を落とす。


「お姉ちゃん、皐月お姉ちゃん。これ作って!」

「皐月お姉ちゃん、この絵本も読んで」


 楽しそうな子供達の声に混じって看護師の声も聞こえてくる。


「みんな皐月ちゃんの事大好きだね。あ、助かる。ありがとう」


 体調の良い皐月が給仕を手伝っている映像だった。


「若林、お腹空いたな。何処かで食べて帰らないか?」

「いつものお店にする?」

「若林が行くなら俺も行く」

「俺も」


 唐突に映像が途切れた。


(俺のこと忘れやがって!)


 若ドラゴンが椅子の肘掛けをドンと叩く。

 若林を中心に仲間達が集まっている。皆が彼に声をかけ、笑い合い、楽しそうに寄り道している。



 あそこは俺のポジションだったのに!!



 皆が悠斗ゆうとの回りに集まっていた頃を思い出す。その感情に合わせてその時の光景が別の結晶に浮かぶ。ゴールを決めた時、仲間とふざけながらした食事、先頭になり帰る姿。様々な映像がパタパタと若林の映像へとすげ替えられていく。


「くそッ!」


 また肘掛けを叩いた。


 見舞いに来る仲間の姿が切り替わり、1人で病室にいる悠斗の姿が映る。

 励ましの言葉でいっぱいだったスマホの画面が、皆の楽しい日常に切り替わる。時折かけられていた悠斗への言葉も途切れがちになり、主役が変わっていく。


 ポジション争いをしていた若林が後を引き継ぎ、成果を上げていく。


 悠斗の分もがんばるから応援してね・・・から俺も頑張るから悠斗も頑張れよに変わり、俺は結果を出したから悠斗も早く病気を治して戻って来いよへと言葉が移っていった。


(どう頑張ればいいんだ!?)


 病気が分かったのはある日突然だった。すぐに入院だった。


 頑張ればやれる、大丈夫。


 悠斗の言葉は受け入れられず1週間2週間と入院が続き、1ヶ月2ヶ月と時間だけが過ぎて誰も見舞いに来なくなった。

 久しぶりに来てくれたかと思えば若林の話ばかり。悠斗が主役のはずの病室の中で、悠斗の知らない日常の笑い話が展開されていく。同じ場所にいて和の中にいながら悠斗だけ取り残されていた。


 若林の顔が大きく映し出された結晶がグシャッと崩れた。


「誰も来ないの・・・淋しいよね」


 皐月の声が別の結晶から零れ出る。


「皆、キツいって感じるんだよね。悠斗君の友達は結構来てくれてる方だよ。私なんか小さいときから入退院だから、友達らしい友達もいなくて1週間も持たずに誰も来なくなったんだよぉ」


 屈託ない笑顔の皐月が画面に大写しになる。


「知ったか振りやがってッ」


 悠斗にも分かっている。

 きっと長期入院をすると皆が通る道なのだろう。

 皆忙しいんだ。病院はテーマパークじゃない、好き好んで何度も通う物好きは少ない。気にかけていても日常に忙殺されて気付けば1ヶ月経っていることだってある。じっとしている人と毎日動き回る人とでは時間の流れが違う。


 何故、病気に気付くのが遅くなったんだろう。

 どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。

 ただ疲れているだけだと思っていた。あの時病院に行っていたなら・・・。


 時間を戻せるなら戻したい。


 死に至る分岐点に戻って、病気を完治できる未来を選んで・・・。


 いや、戻れるならば病気になる未来を選ばない。


 今あの世界に帰れるならば。



 若ドラゴン悠斗は歯をギリッと食いしばった。



 今戻れたならすぐにでも若林からポジションを奪い返してやる。



 力がみなぎり、何でも出来る気がしていた。


(俺はドラゴンだ! 何だって自由にしてやるさ。皆俺にかしずかせてやる!)


「おい、妖魔! ゾンビ達にあの花を取って来させろ! 俺が引きちぎってやる!」


 突然の大声に妖魔が面食らう。


「無理ですよ、光の影響のある所にゾンビは近寄れません」

「じゃあ、お前が取ってこい」

「光の効果のある所には私だって足を踏み込めませんよぉ」


 眉をハの字にして手を振ってみせる妖魔。


「役立たず! 何か面白い事でも見つけてこい」


 若ドラゴンのその言葉と共に洞窟の中から妖魔の姿が消えた。

 山並みの見える空に放り出されて、妖魔は慌てて翼を打ち振るう。これは妖魔の力ではない、時空ドラゴンに瞬間移動されたのだ。


「何て我が儘なんだ! ドラゴンじゃなかったらとうの昔に殺してやってたのにッ」


 妖魔は山の方を睨みながら翼をバタつかせた。


「まぁ、いいさ。あの大っ嫌いな村の奴らは、皆ゾンビにして館で殺させる事が出来たしな。しばらくはドラゴンのしたいようにさせてやる」


 山の奥深くに居るドラゴンへ向かって舌をべーっと出して妖魔は遠くへ飛んで行った。







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