第30話 「 ゾンビ騎士の行方 」
「親子でゾンビとは、ラシュワール一族ではなくゾンビ一族と揶揄されそうだ」
そう言ってグロリアスは困り顔で笑った。
「ゾンビ姫の物語は国民の好きな話です。揶揄などされませんよ」
「そうだと良いんですが」
苦笑するグロリアスに向けられたシャイアの明るい笑顔が、ふいに皐月に向けられる。
「君はただのゾンビ姫じゃないしね」
(何言ってくれてんのよ! 突っ込まれたら何て返す気なの?)
ウインクしながら笑いかけるシャイアに、 皐月は曖昧な笑顔を作って心で毒づく。そんな皐月の表情が面白いらしく、シャイアが楽しそうに彼女を見つめている。
「いつの間にやら仲良くなられたようで・・・何よりです」
皐月とシャイアの様子を、グロリアスは不思議なものを見る様な顔で眺めていた。
「彼女が記憶を無くした事に感謝しています。これまでなら、手を握ったりしたら平手打ち食らってましたからねぇ」
シャイアが声を立てて笑う。
(え? グロリアとシャイアってそんな感じだったの?)
少し驚きながらも、どうりでグロリアはそんな態度をとらないとシャイアが言うわけだ、と腑に落ちる。
(私、シャイアの馴れ馴れしい行動を随分と許しちゃってる。蹴り飛ばしても良かったかも)
皐月が目を細くして横目で睨み、皐月の放つ気配にシャイアが苦笑いしている。
「王族の方に無礼な娘で申し訳ありません」
ひとつ咳払いをしてグロリアスが謝った。
(王族!? そんな事聞いてない!)
皐月は驚きグロリアスとシャイアの顔を目を白黒させながら何往復もさせた。
今までの自分の色々な言動を思い返し、江戸の昔なら切り捨てごめんで殺されかねない事をしていたかもしれないと思うと皐月はぞっとする。
「いえ、気にしないでください。王族としての垣根を取り払ってのお付き合いをお願いしたのは私の方ですし、子供の頃から好き放題遊ばせてもらっています」
「大した事も出来なくて申し訳なく思っております」
「前にも言いましたが、これだけ距離感の近い事が僕には嬉しいんですよ。大人の目を気にせず普通の子供同士の遊びが出来て楽しかった。城の中では皆付き従う大人ばかりで退屈な毎日でしたから。今では大人になり、この通りだいぶ僕を受け入れてくれて」
シャイアが皐月と並んで座る距離を指し示すのを見て、くっつくように座っていることに気付いた皐月が慌てて距離を取って座り直す。
顔を赤らめて慌てる皐月に4人の男達が声を立てて笑った。
「ところで、ランスロウはほとんどもぬけの空だったそうですね」
グロリアスの言葉にその場の空気が切り替わった。それまでの笑顔の会話が嘘のように、緊張感が空気を引き締めていく。
「ご存じでしたか」
終始にこやかだったシャイアの表情もすっと変わり、皐月の見知らぬ人の様な気配をまとう。
「客人と共に立てこもっていた部屋から出て直ぐに伝令を送りましたが、伝令は1人で戻りランスロウの状況を知ったしだいです」
「立てこもるほどゾンビの数が多かったのですか?」
「ゾンビは中から現れました。騎士と手伝いの者達です。多くの方々を一度に守りきれず幾つかの部屋へ籠もりました」
黙って頷くシャイアにグロリアスが目を見張る。
「その事をご存じなのですね?」
じっとグロリアスの目を見つめ、シャイアが深く頷く。
「応援に来たランスロウの者達がゾンビになったのですよね」
グロリアスの背後でハーライルとランスロウが目を合わせていた。
「外の見回りの者達が中の様子に気付く頃を見計らったように、外からもゾンビがなだれ込んできました。彼等はごく普通の人達で、この辺りの者ではありませんでした」
「なるほど」
周到に準備された襲撃であったことが分かる。
「騎士達の生き残りはそれぞれ何人ですか?」
「ラシュワールの騎士が18人。20人派遣されたランスロウの騎士が7人です」
質問を振ったシャイアへ騎士隊長ハーライルが即座に答えた。それにランスロウが付け加える。
「ゾンビになった騎士が9人。みなランスロウの騎士で・・・申し訳ありません」
深々と頭を下げるランスロウにシャイアが声をかける。
「あなたの責任ではありません。頭を上げてください」
「気づけなかった私の責任は重い・・・」
「悔やんだところで彼等は戻ってきません。先の事を考えましょう」
シャイアに促されてランスロウが
「仲間がゾンビになり襲ってくる想定の訓練をしていなかった事が悔やまれます」
ランスロウが歯噛みする。
共に過ごした部下達が剣を交える姿、苦悩しながら戦う姿は胸を
「つい先程まで苦楽を共にしてきた仲間だった者を、躊躇せず切り捨てるのは難しい。ましてや相手は何の迷いもなくストッパーの外れた状態で襲ってきますからね」
他国でゾンビと交えたことのあるシャイアは、ゾンビとなった人の非情さを身をもって知っていた。皐月もゾンビ騎士の躊躇無い剣さばきを知っている。
仲間がゾンビになった驚きと襲ってくる戸惑い、友の首をはねなくてはいけない苦しさがどれほどのものか。皐月は重苦しい心を溜息にしてそっと吐き出した。
「客人は? 後でリストをもらえますか?」
頷いたグロリアスがハーライルに目配せし、直ぐに彼が部屋を出て行く。
誰がその場にいて、命を落としたのは誰なのか。招かれた者達の多くがラシュワールに関連のある人々のはず。自分と近しい間柄の者が無事であるか、シャイアは気になっていた。
「無事だった客人の方々にはお帰りいただきました。護衛の居ない方や護衛を亡くされた方にラシュワールの騎士を付けて。残りの騎士は周辺へ散ったゾンビの探索及び駆除で出払っています」
「グロリアが聖なる光を放ったそうですからね」
「いえ、その前夜に獣の吠える声がして急にゾンビが消えたようです」
「獣? 妖魔でもいたのかな・・・」
眉間にしわを寄せる男達の中で、皐月が顔を強ばらせる。
(そ・・・それは、私の声だ・・・)
前にカルバンに言われた台詞をまた聞くとは思わず、皐月は顔から火を噴きそうな思いで座っていた。
「グロリアも耳にしただろう?」
「は・・・い」
グロリアスの問いに、詰まりながら皐月は返答をする。
「あれはこの世の者とは思われない叫びでしたね」
(この世の者とは思われない叫び・・・)
独り言にしては大きなランスロウの声が耳に入り、皐月は恥ずかしさに身を縮ませる。
「怖かっただろうね」
そんな事を知らないシャイアが心を寄せて皐月を見つめた。
(うわーっ、こっちを見ないでよ)
シャイアの優しい眼差しから逃れたくて、両手で顔を覆う皐月の腕をシャイアがそっと撫でる。
皐月の目尻がぴくぴくと痙攣していた。あれは自分だなどとは絶対言えない・・・と、皐月は心に
「王へは、伝令を?」
「はい」
グロリアスが返答するのと同時にハーライルが部屋へ戻って来て元の場所に立った。
「ランスロウで誰から情報を得たのですか?」
皐月はグロリアスの質問にどきりとしてシャイアの顔を見た。ヒューイット親子のした事について、グロリアならきっと庇おうとするだろう。でも、皐月には旨くこの場をやり過ごす言葉が見つからない。
グロリアスの質問にシャイアの目がわずかに後方へそれる。
「妙な男にランスロウの庭師がゾンビにされましてね」
シャイアが質問から少し反れる答えを返し、どうするのかと皐月は彼を見つめた。
「フレイルが? それともヒューイットですか?」
ランスロウがヒューイット親子の名を口にしながら、その目から彼等の動向を思い出していることが分かる。
「フレイルです。妙な男は、翼を持つ妖魔らしい」
「妖魔!?」
3人の男の声が同時に復唱する。
「妖魔と決まったわけではありませんが、今はその線が濃厚かと思っています。裏に黒幕が居る可能性も否定できませんが」
「ですが、シャイア様。フレイルがゾンビになったとの報告は受けていません」
ランスロウの言葉にシャイアが頷く。
「刺されても直ぐにはゾンビにならない特殊な花のようなのです。フレイルは無意識にか操られてか、数日間人として生活していた。その間に複数人に傷を付けて回っていたらしい」
「それは誰から聞いたのですか?」
「本人です」
「本人から!?」
グロリアスを含め後方の2人も身を乗り出す。
「ええ」
「ゾンビが話すとは・・・。いえ、ラシュワールだけかと」
「特殊な花のせいでしょう」
「彼は何処に?」
「自殺しました」
ゾンビが自殺を・・・? 絶句する彼等が次の質問を見つけられず黙り込む。
「こちらへ来る途中、日和見鳥を介してその妙な男と話をしましたよ」
「何と!?」
年輩の3人が色めき立った。
「大人数で襲ってくる気でいるようです」
シャイアの言葉にグロリアスの後方にいる2人が弾かれるように口を開いた。
「まさかっ! ランスロウの騎士の多くがその男の手に!?」
グロリアスは彼らとは逆に表情の読めぬ顔つきでじっと一点を見つめている。
「こちらで剣を交えたゾンビ騎士は全て倒せましたか?」
「4人は消えました。外から来たゾンビと入れ替わるように」
静かに返答するグロリアスの声が、部屋に重みを加える。
「ランスロウには血の跡が少なく、ゾンビもほとんどいなかった。考えたくはありませんが、多くの騎士が敵の手の内にある可能性が高そうだ」
シャイアが静かにそう言った。
「全ての騎士がゾンビになってはいないとしても・・・」
グロリアスの言葉にランスロウが添える。
「400人強・・・」
部屋の空気が更に重さを増していった・・・。
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