第32話 「 皐月と悠斗 ゾンビとドラゴン 」
妖魔を外へと追い出した後、若ドラゴン・悠斗は皐月を映す結晶を見つめていた。グロリアの体に二重写しの映像を見るように透けて見える皐月の姿を。
悠斗が館の娘の体に皐月の姿を見たのは、彼女が入り込んですぐだった。
「貴方は時空ドラゴンなのですよ。ご自分の力を見てみたくないですか? 試しにあの貧相な村の人間を別の場所に瞬間移動させましょう。そうですね、ブラッディー・ローズの沢山咲いている森にでも飛ばしてやりましょう」
妖魔に言われるまま、特に何の疑問も考えることなくやってみる。
苦もなく人をポンポンと飛ばし、彼らがゾンビになっていく姿を見つめた。楽しいとは思わなかったがホラー映画を見るようで心が動いた。
「軍隊を持つドラゴンはいないですよ、騎士を従えたドラゴンはどれだけ格好いいでしょう! ゾンビにすればあっと言う間に貴方の支配下ですよ」
などと妖魔に煽られて、面白半分でやってみた。時間をいじって気付かれずにゾンビにするのはほんの少しのスリルと暇つぶしになった。
花を切ればその花が作り出したゾンビが死ぬと妖魔は言った。
館でパニックホラーを楽しんだら花を切り、館に移り住むのもいいなどと話もしていたが、皐月の姿を見て悠斗の気が変わった。そのまま生かしておいてみたくなった、ただそれだけの理由で。
隣国の小さな村の人々をゾンビとして館に送り込んだ所で計画を変更した。しばらく妖魔はぐずぐず言っていたが従った。村人全員が死ぬのを見るて気が済んだのだろう。
「生かしてやったのに・・・」
結晶に映る皐月の顔を鋭く見つめる。
館の部屋から出ないまま、猫と戯れる皐月の姿に彼女の言葉が思い出す。
「悠斗君は動物飼ってる?」
「犬がいるよ」
「犬かぁ・・・、飼いたいなぁ」
残念そうな表情だった。
「飼えばいいだろ」
「退院できても犬の散歩は・・・無理かも。猫なら飼えるかな」
「ふ~ん。猫でもいいんじゃない。動物好きなの?」
「うん、ほ乳類全般好き!」
そう言った彼女の顔は生き生きしていた。
「意外」
「何が?」
「本の虫かと思ってた」
そんな会話をするまでに、暇そうにしている悠斗へ皐月が何冊か本を貸してきたのだ。それも悠斗の好みではないファンタジー本。
暇に任せて読んではみたが身が入らなかった。サッカーにも人生にも足しになりそうにない・・・と悠斗は思って、作り話の何が面白いのかと皐月のことを少し斜めに見ていた所もあった。
「確かに、本の虫はあってる。でも、出来たら裸足で芝生の上を走り回ってみたいなぁ」
「犬だな」
「ふふふ、そう。生まれ変わったら犬でもいいかも」
「リードで行ける範囲だけで満足?」
「ん~・・・。だったら、出入り自由な家庭の猫がいいな」
他愛もない話を延々して笑った。
そんな時間はどれくらいぶりだったろう。小学校に入って少ししてサッカークラブに入った、その頃まではそんな会話をしていた気がする。
入院して生まれた久々の暇な時間。
これは、今まで頑張ってきた俺への休暇だ。
そう思うことに決めて、急く心を収めた・・・つもりだった。
ゾンビに恐れをなしていた皐月が猫のために部屋から出ようとする。その姿に呆れた。
「猫ごときのために危ない橋渡るんだな」
銀月のためなら俺も・・・。
飼っている犬の事をふと思い出した。
あいつは今どうしてるだろう。
俺のこと覚えてるかな?
淋しそうにしてくれているだろうか?
銀月の姿が跳ねながら隣り合う結晶の上を駆けていく。そして皐月を映す結晶の横で立ち止まる。
少年と楽しく談笑し、農場の夫婦と仲良くなり、ランスロウでシャイアと語り合う皐月の姿をずっと見てきた。
「いつも誰か助けてくれる人間に出くわすんだな、お前はッ」
何故か、言葉にならない怒りのような物が湧いてくる。
悠斗も仲間と一緒だったが、いつもひとりで頑張ってきた気がした。仲間でありライバルで、誰よりも上手く誰よりも秀でる存在でありたいと空いた時間もひとりで練習をしてきた。
助け合っているつもりだった・・・。
しかし、人生ではどうだろう?
目の端の結晶が病室に1人で居る悠斗を映す。
その横で皐月の姿が映る。農夫のために村へ行き、お嬢様を思い恋人の居る場所へと馬を走らせる。流されるように動く皐月。
「誰かのために行動して・・・、バカな奴。自分のしたい事何もしてないじゃないか」
シャイアの隣で付かず離れず行動を共にし、ときどき彼の横顔を覗き見ているその表情に苛立ちを覚えた。
「胡散臭そうな奴を信じてんのかよ。バカかっ」
館の中、不安そうにしながらシャイアを信じて側にいる姿を眉間にしわを寄せながら眺める。
「私、退院できたらしたいこといっぱいあるんだ」
遠い小さな結晶の上で、皐月が悠斗に笑顔を向ける。
「好きなように生きたいだけなのに・・・」
グロリアの中で悲しみに苦悩する皐月の声が別の結晶から漏れ出る。
「もたもたして、したい事をしないでいるなら・・・俺が終わらせてやるよ!」
若ドラゴンの瞳の奥がキラリと光った。
◇ ◇ ◇ ◇
「ゾンビ騎士400人強、500人弱? どちらにしても、多分もう館を襲っては来ないんじゃないかな。グロリアが聖なる光も放っているしね」
シャイアの明るい声が重い空気をほどき、グロリアスが頷く。
「その数ならこの館など手中に収めるのは容易いこと。やるならゾンビの現れた当日か遅くても翌日には占領していることでしょうからね」
グロリアスが考えを口にし、他の者の意見も同様らしく皆が頷いた。ただ、騎士を奪われた事実は重く、ハーライルとランスロウは苦い顔のままだった。
「今回の件は実験だと思いますか? 妙な男は日和見鳥で何か要求のような事は言ってきましたか?」
ハーライルが後方から質問を投げかけ、向かい合わせに椅子にかけたシャイアとグロリアスが目を合わせる。
「その男から特に要求は無かった。聞き出そうとしてみたんだけど、ちょと熱くなってしまった人がいて」
そう言ってシャイアが皐月をチラ見して、皐月は俯いた。
「ごめんなさい。言い方が酷くて、つい・・・」
皐月の様子にシャイアがくすりと笑う。
「無理もないですが。その男は他者の命を軽んじてる様な物言いで・・・、どこか捨て鉢な印象を受けました。幼いと言うか・・・血気盛んな若者の、エネルギーの向け所に苦慮しているような」
シャイアはしばし男の事を考えていたが、すぐにもうひとつの質問に思考を切り替える。
「実験と言うのは・・・どうだろうね。 ーーー変わった花を見つけて試してみたくなった。命を尊ばぬ妖魔が面白がって実行してみたと言うのも、ひとつの見方かもしれない」
渋い顔でシャイアは言い、続ける。
「館をゾンビだらけにするまではじっくり行っていたのに、その後は捨て置かれている。あの男から受けた印象からすると、特殊な種がどう広まっていくのかを知りたかっただけと言う線も有りかと思います」
黙ったままのグロリアスに目を配り、彼が口を開かないのを見てシャイアが更に続ける。
「王都狙いで小規模の実験をしたのではないかとハーライルは心配しているのでしょう? それも考えられると思います。しかし、近衛兵だけでも1000は越える。軍が導入されるのに多少かかったとしても、王都で戦うならゾンビもかなりの数必要となるだろうから、同じやり方をするならもっと時間をかけたいところだよね」
立ち上がったシャイアが窓辺へ近づき外に目を向ける。
「王都でも・・・ゾンビは逃げずに動き回れるものなのか、知りたいもんだな・・・」
その場にいる者がそれぞれに思考を巡らす。
「王都を襲うなら今回の様にそれなりに下調べはするでしょう。僕らに干渉している場合じゃない。でも、日和見鳥で偵察し声までかけてきた。随分と暇な奴だ」
それまで黙っていた皐月の口が考えを漏らした。
「私達がどれくらい情報を持っているか知りたかったから?」
「彼はほとんど質問せずに、誰かさんと喧嘩して逃げて行ってしまった」
皐月が気まずい顔をする。
「我々にとっても実りのない会話だった。それに・・・」
シャイアは言い掛けて止めた。
皐月を知っている様子のその男は、彼女に興味があって話がしたかったのかもしれない。そう思ったが、不確かな事は軽々しく言うものではないな・・・と口を閉じた。
「王の身近に付ける存在を選んでゾンビにして、直接王の命を狙っているとか?」
男達が静かに考えを巡らしている間に、皐月がおずおずと二つ目の質問をした。
「そういうこともあるかもしれない。それが出来れば少人数でもいけるだろうね。 ーーー城を掌握したとして、その後、彼はどうしたいのか・・・」
シャイアは庭を眺めたまま。
「城にいる者達を血祭りにして遊ぶ様な残忍な事はして欲しくないな」
死んだ奴のことなんかどうだっていいんだ
日和見鳥の甲高い声が放った言葉が皐月の心を引っ掻いた。
「騎士の事を雑魚と呼んで僕らと戦わせて・・・、大切な戦力とは思ってなさそうだった」
雑魚と言う言葉にランスロウが歯を食いしばる気配を皐月は感じた。
彼にとって騎士達は大切な部下であり仲間だろう。彼等に対する無礼な言動を考えて、ランスロウが怒りを覚えるのは当然だと皐月は思った。
「今度会うときには豪勢な闘いをさせてやる・・・か」
「そんな事を言っていたのですか?」
眉間にしわを寄せて聞き返すランスロウにシャイアが黙って頷く。
「自分は後ろに隠れていて、卑怯な奴」
シャイアの呟きに呼応するように言葉を口にする皐月を、若ドラゴンは見ていた。
「自分だって館の娘の中に隠れているくせにッ」
なじるその声は皐月には届かない。
「良い子面しやがって!!」
咆哮が洞窟全体を揺さぶり結晶がざわつく。
「妙な風が出て来たのかな?」
窓辺に
若ドラゴンの咆哮が空気を振るわせて窓ガラスが微かに音を立てるのを、シャイアはそれと知らず聞いた。
「今分かっているだけの情報を全て王都に伝えようと思います」
立ち上がるグロリアスの側にすかさずハーライルが添い肩を貸した。
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