第22話 「 皐月とシャイア 」

「僕の名前はシャイア」


 彼は皐月の目を真っ直ぐ見て名を告げた。


 腕を掴んでいた手を離し、皐月から一歩引いて立つシャイアは落ち着いた紳士に見える。

 彼の表情から嘘はついてはいないだろうと感じ、グロリアに起きた事を本当に悲しんでいる印象を受けた。しかし、信用していいのかはまだ分からず、迷い考えあぐねる。


「グロリアは・・・そこにいるの?」


 皐月を刺激しないようにか、質問をするシャイアの声は穏やかだった。


「・・・いる、はず」

「分からないの?」

「グロリアは・・・、とても悲しくて・・・心の奥に閉じ籠もっている感じ」


(グロリアが一緒じゃなかったら、私この人に斬り殺されるのかな?)


 皐月の心に不安がよぎる。

 シャイアは小さく、なるほど・・・と言って頷いた。


「君は・・・。死体に入り込む妖魔か何かなのかい?」

「私が!?」


 思ってもみない質問に皐月はあんぐりと口を開けたままシャイアを見つめた。

 妖魔か魔物かと疑っていたのはこちらの方だ。それなのに、自分が同じように疑われていたなんて・・・そう思うと皐月は何だか腹が立ち、シャイアを睨みつける。


「違うの?」

「違うわよ、そっちこそ本当は魔物じゃないの?」

「僕が魔物だって?」


 声を立ててシャイアは笑い、馬鹿げてるとでも言うように首を横に振る。


「あそこからここまで飛んで来たでしょ、普通そんな事出来るわけないもの。妙な剣も持ってるし・・・」

「ああ、そうか。そうだね」


 そう言いながらシャイアは笑い頷く。


「お互い相手を妖魔かと疑って相対していたとは、笑える」


 しばらくクスクスとシャイアは笑っていた。


「まぁ・・・、剣については話せば長い話になるからちょっと後回しにさせてもらっていいかな?」

「長い話は後にしても、肯定か否定かは先にしてもらえない?」

「ん~、まぁ・・・ほぼ人間」

「ほぼ? 半獣人みたいに妖魔と人間との中間とか?」


 それはファンタジー系を中心に読みあさっていた皐月にとって単純に思い浮かぶ事。皐月は胡散臭そうに目を細めてシャイアを睨み、シャイアは困り顔を返す。


「妙なことに詳しいんだね。異国風な名前からして・・・君は西の国の人? あちらは長い歴史の中で様々な混血が繰り返されてきたそうだからねぇ・・・」


 少し身を乗り出したシャイアは興味深そうに皐月の目の奥を観察する。


「西にはほんの少ししか行ったことがない。興味深いなぁ」


 距離を取っているとはいえ瞳をじっくり見つめられ、皐月は居心地の悪さに目をそらした。


「呪術とか特別な能力とかで死体に入り込んでるのかい?」


 皐月はどう話しても信じてはもらえないだろうと、少し諦めながら言葉を探す。


「私は・・・目が覚めたらここに居たの」


 そう言って自分の胸に手を置く。


「この国の何処かじゃなく、別の世界で死んで・・・生まれ変わったらグロリアの中に居たの」


 皐月の答えを聞いて、シャイアは壁に背を持たせかけてしばし黙った。何かを考えているように顎に手を置いている。


(信じられるわけないわよね)


 そう心で呟く皐月に、考え事をしていたシャイアが思い出したように指を一本立てる。


「東の国でそんな話を耳にした事がある」

「え?」

「ゾンビとは違って、死人が別人になって生き返るって」

「本当?」


 思わずシャイアに身を乗り出した皐月の表情に、希望という言葉をシャイアは見た。


「聞いた話だけどね」

「そう・・・」


(何を期待してるんだろう・・・)


 明るくなった皐月の表情が陰る。


「確か・・・・・・ニホンと言う国の人が多いって」

「日本・・・!?」

「違ったかな? ジャパーンだったかな?」

「日本よ、日本!」


 何故か気持ちが跳ねた。知っている単語を耳にしただけでこんなに嬉しい気持ちになるとは、皐月は思ってもみなかった。外国で日本語に出会うとこんな感じだろうかと皐月は思う。

 日を受けたように明るい皐月の表情に驚くシャイアを置いて、皐月はつい次から次へと質問を繰り出していく。


「東の国には私みたいな人が沢山居るの? 会ってみたい! 何処にいるの? 元の世界に戻れた人はいる?」

「落ち着いて、そんなに沢山の事一度に聞かれても・・・」

「あ・・・ごめんなさい」


 飛びつきそうな勢いの皐月にシャイアが目を丸くする。


「レディーはもう少し落ち着いて物事に対処しないといけないよ」

「急に抱きついてきた男の言う台詞?」

「あの時は、とりあえず動きを止めたかった。いくら僕でもゾンビに妙な下心は持たないよ」

「首に噛みつかれるとか考えなかったの?」


 シャイアが苦笑いする。


「一か八かって所かな」

「案外、出たとこ勝負な人なのね」


 シャイアはこめかみに指を当てて困り顔で皐月を見つめる。


「噛みついてこないだろうと思ったし・・・。 ーーーグロリアに噛まれるなら、それはそれで嬉しい・・・とも思った」

「愛情が強いと、人って変態になるのね」


 シャイアは声を立てて笑った。


「君は面白いね、サツキ」






 しばらくして、皐月が質問を口にする。


「私がグロリアじゃないって、いつ分かったの? 左利きだから?」


 シャイアは微かに笑って首を傾げてみせる。


「そこじゃない」

「利き手じゃなかったら何?」


 軽く目を外してシャイアは答える。


「利き手を怪我していたら別の手で剣を持つこともあるだろ?」


 それはそうだと皐月は頷く。


「ーーー話した時の感じ・・・かな」


 よく知っている間柄ならそういうこともあるだろう。


「ゾンビになっていて・・・、正直なところ驚いたよ」


 目を落としてシャイアがそう言った。


「近付いてみたらゾンビだった・・・。愛する人がゾンビになってたら、ショックよね」

「うん、それは確かにショックだった・・・けど。それより驚いたのは」

「ゾンビが喋ったから?」


 シャイアはそれを聞いて笑いながら首を振る。


「違うよ」


 答えが見つからず皐月はシャイアを見つめ返した。


「・・・光り輝く君が美しすぎて、ゾンビに見惚れちゃった自分にさ」


「はあ?」


 呆れる皐月を見てシャイアは面白そうに笑った。

 何処まで本気で何処から冗談なんだろう・・・と思い、皐月はこれが「食えぬ奴」って言われる人間だろうかとシャイアを窺う。


 そんな皐月に、シャイアは真顔に戻って言葉を継いだ。 


「嘘・・・・・・。グロリアに警戒されていることがショックだった」


「一目見てゾンビ姫を思い出したよ。 ーーーゾンビだからいつもと気配が違うのか・・・、ヒューイットを失った悲しみのせいで普段とは違うのか・・・色々と考えてみた」


 シャイアは慎重にこちらを観察していたに違いないと皐月は思う。


「僕のグロリアへの思いを語っても反応は無いし・・・、剣の事を聞くことすらしなかった。どう対応したらいいのか迷っているようにも見えたし、明らかに知り合いに対する言動じゃない」


 それは皐月も認めるところだ。


「グロリアに嫌われてる訳じゃなさそうでホッとしたよ」


 シャイアの笑いに誘われて皐月も笑う。


「僕を妖魔かと疑っていたなら、あれも納得できる」


 口の端で笑う。


「いつから見てたの?」

「グロリアが手摺りを背にヒューイットと言い合っていた頃辺りから」

「ああ・・・」


 歓喜から驚きと疑惑、そして不安も混ざった感情が思い出されて、皐月は眉間にしわを寄せる。


「何を言い合ってたんだい?」

「何をって・・・」


 皐月は何をどう話せばいいのか迷い、頭の中を整理する。


「あなたはこの建物を調べてたのよね」


 シャイアが頷く。


「ここは妙だよ。数体のゾンビが居るだけでもぬけの空だった。騎士だけでも500人以上は居たはずなのに、綺麗サッパリだ」


 シャイアは手で払う様な仕草をした。

 ほとんどの騎士がゾンビになって何処かへ行ったのだろうか。


「館の婚礼で多くの人が来るからといって、騎士を総出で呼ぶはずがない」


 皐月は息も絶え絶えに話したヒューイットの言葉を思い返し繋いでいく。


「ヒューイットは知ってたと言ってた」

「・・・何を?」

「少し騒ぎになればいいと思ったって」

「ゾンビの事か?」


 シャイアの眉が跳ねる。


「騒ぎの間にグロリアを連れ出そうとしてた・・・」


 皐月はヒューイットの事を思い返すと胸がうずいた。それが自分の思いかグロリアの心に触れているせいかは分からない。


 グロリア・・・聞こえる?


 呼びかけに返す声はない。


「父親がブラッディー・ローズを育てていることを知っていたって」

「そんな馬鹿な事ッ!」


 シャイアの血相が変わる。


「そう言ったのよッ! グロリアも信じられなくて驚いてた」

「育てたらどうなるかぐらい子供だって知ってる事だぞッ」


 噛みつくようなシャイアの物言いに皐月は驚き目を見張る。


「本物の花を見たいって、見たらすぐに切るって父親がそう言ったって! ヒューイットはそう言ってたッ」

「その結果がこれか!?」

「私に言われたって・・・!」


 しばらくの沈黙が過ぎ、落ち着いた声でシャイアが問いかける。


「・・・花は、何処にあるか聞いたか?」


 皐月は頭を振った。


「その前に死んでしまったの・・・・・・」



 





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