第23話 「 ドラゴンの力 」
「花を見つけて切り捨てるのね?」
皐月の問いにシャイアは黙ったまま。
花を見つけたら直ぐに切り捨てる、当然の事だ。しかし、シャイアは迷い悩み行動に移せずにいた。それは、花と共にグロリアが本当の死を迎えるから・・・と言うだけのことではない。
皐月はグロリアが彼女と共にその体の中に居るという。
(花を生かしていたら・・・グロリアともう一度、話が出来るだろうか・・・?)
そのまま花を切らずにいたならば・・・その思いがシャイアを止める。
目の前のグロリアは、彼女であって彼女ではない。グロリアの瞳であってどこか彼女のそれとは違う。
グロリアの心を映す瞳と見交わしたい。
彼女の声音で彼女の言い回しで、彼女と話がしたい。
彼女の優雅な仕草を見て、彼女と踊り彼女の笑顔が見たかった。
自然とグロリアの姿へ目が向かう。
皐月をみていながら漠然と何かを見るようなシャイアの目に、皐月は何を考えているかと不安になった。
「花を切り捨てたら・・・君も死ぬかもしれないよ」
皐月は黙った。
「君が・・・グロリアがゾンビになったのは、ある意味良い事かもしれない」
そう言って、シャイアは部屋へ入っていった。
「まずは花の場所を特定しよう。その上でどうするかを考える」
シャイアは部屋を通り抜け扉をくぐって廊下へ出て行く。皐月は慌ててシャイアの後を追った。
幾つかの部屋を過ぎて突き当たりの部屋へとシャイアは入っていく。必要なものだけが置かれたような簡素な部屋の中、シャイアがタンスの引き出しを物色している。
「何をしてるの?」
どうみてもそんな所に花はない。
「確か、彼は神経質で常用していたはず・・・あった。ほらっ」
何かを見つけたシャイアが小さい物を投げてよこす。慌てて受け取った皐月の手の中に小さいふたつの物が乗っていた。
「耳栓だよ。もし花の立てる音を聞いたら使うといい」
「聞こえてからで間に合うの?」
「さぁ、どうだろう? 多分、大丈夫じゃないかな」
「どんな音か知ってる?」
皐月の質問にシャイアは肩をすくませる。
「無防備に近づくよりはいいだろ?」
納得は行かないものの、無いよりはましかと思い皐月はポケットにしまった。
「ヒューイットの部屋か、親子で住んでいる場所を知ってる?」
シャイアの問いかけに皐月は記憶を探る。
心に空いた悲しみの穴にヒューイットの記憶と共にグロリアは落ちて行った。でも、その時に見た記憶を皐月は自分の体験した事のように覚えていた。
「うん、あそこだと思う」
「グロリアが教えてくれた?」
わずかに期待の表情を向けるシャイアに、皐月は残念そうに首を振った。
「彼女の記憶よ」
周りを見て確認しながら歩を進める皐月の後にシャイアが続く。
「グロリアの記憶を引き出すことが出来るのかい?」
「彼女がヒューイットと話をした時に思い出した事を見たの。彼女の感情ごと・・・あれは、まるで4D・・・ううん、5D映画みたいだった」
「エイガ? それは何?」
聞き慣れない単語にシャイアが質問する。
「撮った映像をスクリーンに映して見る物」
「エイゾウ? スクリーン?」
「ああ~、ごめん。上手く説明できない」
皐月はすぐに白旗を上げてしまった。説明してもその中に出てくる単語を説明することになって、面倒なことになりそうな気がしたのだ。
「落ち着いたら君の世界のことを聞かせてくれないか? サツキ」
「それまで生きていたらね」
「大丈夫、僕が君を守るよ」
甘い声でさらりと出た台詞に、皐月は思わず足を止めシャイアをまじまじと見つめた。
「・・・何?」
「それ本気で言ってるの?」
「何のこと?」
「私を守るって」
「女性を守るのは男の役目さ、だろ?」
そう言ってシャイアは皐月にウインクする。
(うわーっ。何これ、恥ずッ!)
甘い言葉の連続とウインクに、皐月は微かに身震いした。頭の隅に「女ったらし」と言う単語が浮かんだのをブルブルと頭を振って飛ばす。
再び歩き出しながら皐月は話を変えた。
「グロリアがゾンビになって良かったって、どういう意味?」
「良かった・・・じゃなくて、結果的にと言う意味で良い事かもと・・・」
「はいはい、細かいことはいいからっ」
皐月のぞんざいな口振りにシャイアが露骨に嫌な顔をする。
「・・・ごめんなさい」
少し小さい声で皐月が謝る。シャイアは「よろしい」と言って直ぐに機嫌を直し笑顔になった。
「魂寄せって・・・何ですか?」
皐月は気になっていた別の質問を振る。
「それが、先ほどの言葉とかかってくる」
シャイアの思わせぶりな言い方に、急く思いをぐっと
「話はやや長くなるけど・・・夜は長いし、邪魔者はいなさそうだからいいか」
皐月は口を真一文字にして聞いている。
どうやらシャイアは話し好きのようだ・・・と
「ドラゴンを殺した勇者は永遠の命と共に、ドラゴンの力、エネルギーを体に宿す」
「突然ドラゴンと勇者の話になるのね」
「そう、話が長くなりそうだって分かるだろう?」
シャイアがクスリと笑った。
使用人達の部屋は地下にあり、話をしている間に地下への扉の前に着いていた。シャイアは話を止めて扉を開け先に降りて行く。
真っ直ぐ延びた廊下の左右に扉があった。
皐月が指し示した扉を開けてシャイアが中を窺う。その後ろから皐月も顔を覗かせたが、中には誰もいなかった。
「誰もいないね」
ベッドがふたつとそれぞれのタンスが置かれた質素な部屋。父と息子、使用人であるふたりが暮らすには程良い広さなのかもしれない・・・と皐月は思う。
半地下になった部屋は、壁の上部に明かり取りの窓があった。きっと昼間なら明るい光がさすのだろう。こざっぱりと片付けられた部屋から、穏やかな日常を感じられた。
暗い部屋の中でシャイアは彼らのベッドの下を確認し、タンスの中も調べていった。
「どこから花を持ってきたんだろうな」
タンスの中からくぐもったシャイアの声が聞こえる。
「男が種を渡したって言ってた」
「男? どんな男?」
シャイアが振り返り、皐月は黙って首を振る。
「・・・! シャイア、手!」
振り返ったシャイアの手が燃えている。いや、手が発光しているのに皐月は驚いて指を指す。
「これ? 僕の特技」
そう言ってシャイアが手を振ると大きく炎が上がり、また手を振ると小さく、更に手を振ると線香花火のような光に変わっていく。
「僕は炎と水の魔法が使えるんだ。凄いだろう? 熱い炎も熱のない炎も扱えるよ」
目を丸くする皐月を楽しそうに見つめる。
「男の事を聞いても知らなさそうだね。さて、ドラゴンと勇者の話に戻ろうか」
そう言いながらシャイアは目に留まった机の引き出しの中も調べていた。何も収穫がなかったらしく、シャイアはベッドに腰をかけ皐月にも向かいのベッドにかけるように促した。
「ドラゴンは討伐されても死なない」
「死なないの?」
シャイアは頷く。
「火を吐くドラゴン、氷の息を吐くドラゴン、光を放ち豊穣をもたらすドラゴン・・・様々なドラゴンがいるけれど、どれも自然が具現化したエネルギー体の様な物・・・だと魔導師達は言う」
皐月が話を飲み込めているかとシャイアは話を区切ったが、その心配はなさそうだと判断して先に進める。
「殺されたドラゴンの力は、一時的に勇者の体に移る。勇者に子供が2人生まれれば力が分け与えられて3分の1ずつ持つことになる。子供の数が多ければその数だけ均等に分けられる。 ーーーそうやって世代を追う毎に1人が持つドラゴンの力は小さくなる」
「それがラシュワールの力ね」
飲み込みが良い皐月に笑顔を向けてシャイアが頷く。
「ドラゴンの血を受けた勇者は永遠の命を持つ。子や孫、その血を受けた子供達が死ぬ度に、ドラゴンの力は勇者へ戻って行き、全てが勇者に戻ったとき勇者は竜人と呼ばれる最高のドラゴンになる・・・と言う伝説がある」
「勇者が死んでしまったらどうなるの?」
皐月の質問にシャイアはにやりと笑う。
「ドラゴンが頑丈な鱗に覆われてるって知ってる?」
「知ってる」
「ドラゴンには心臓の近くにも鱗がある。心臓を守る為の鱗は、ドラゴン再生の為の卵の殻だそうだよ」
皐月は初めて聞く物語に胸が躍った。
「勇者が死ぬと鱗はドラゴンの生まれた地へ飛んでいき、卵になってドラゴンの力を集め続け育っていく。集まった力が大きくなると殻を破ってドラゴンが生まれ、成獣へと育ち、やがて全ての力を取り戻すために勇者の子孫を喰おうと探してやってくる!」
シャイアは獣が襲いかかるような仕草で、皐月に「ガオォ~!」と声を上げて笑った。
「もぉ!」
ひとしきり笑ったシャイアが話を継ぐ。
「魂寄せとはラシュワールの者同士が結婚する事だよ。子供に託すドラゴンの力は増え、親が死んでもドラゴンへ返す力が減る。 ーーーただの時間稼ぎだけどね・・・・・・」
少し間を空けてシャイアが付け足す。
「勇者が死んでかなりの年数が経つ。もしかしたら・・・、そろそろやってくる頃かもしれないよ」
シャイアは
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