第9話 「 ゾンビと聖剣とドラゴンと 」
背を向けている少年へ、皐月は声をかけた。
「ごめんね、辛いこと聞いちゃって・・・」
両親がゾンビに襲われているのを目撃していたなら、どれほど辛いことだったか・・・と皐月は唇を掻む。
「ーーーいいです」
そう言った後、少年は口を真一文字にしてこちらに向き直った。
ぎゅっと拳を作り、顔を上げて、皐月をまっすぐ見つめる。
「もし、ゾンビになってたら・・・。一撃で殺してね」
苦しまないように、人を沢山殺してしまわないようにと、そう言っている様だった。
皐月は少年の頭をそっと撫でた。
「食事・・・、食べる物はどうしてるの?」
皐月の言葉を耳にして、クリスタが思い出したように机から飛び降り目当ての場所へと向かった。そして、大きな声で皐月に声をかける。
「クリスタのご飯はそこにあるのね?」
元気に鳴いて答える。
「お嬢様もお腹空いてる?」
皐月は残念そうな顔をして首を振った。
「私は全然、ちっともお腹空かないの。あなたはお腹空いてない? 食べる物あるの?」
少年はシンクの下の扉を開けて指し示した。そこには袋がいくつか置かれていた。パッケージからシリアルの様な物が入っていると思われた。
「沢山あった食べ物は全部調理されてて、食材はほとんど残ってないんです」
大勢の客が来ていたはずだ。客に提供する食材でいっぱいだっただろう。家人用の食材は翌日分だけ取り置いて、翌日にでも食材を搬入して貰う事になっていたに違いない。
「隙を見て調理台の上に残った料理をいくつか冷蔵庫に入れたんです。でも、それも後少し。テーブルの上の料理は腐れてるかゾンビの食べ残しばっかりでもう食べられません」
「ゾンビって生肉以外も食べるの?」
「食べる奴もいる」
少年は苦笑いして呆れた顔をした。
「美味しそうな料理とか果物とか、動物も食べるけど死んだ人は襲わない」
( 映画で料理を食べているゾンビなんて見たことないな )
この世界でのゾンビの特性なのだろうかと思った。死体を襲わないのはやがて仲間になるからだろうと皐月は考えた。
「とりあえず、食べられる物をかき集めてこの場所を離れよう」
厨房には食堂へ続く渡り廊下以外に、直接外へ出られる勝手口が2カ所もあった。
立ち去ったゾンビがまた戻って来ることも考えられる、ここに長居するのは危ない気がした。
クリスタの餌と食料になる物を袋に詰めて部屋に戻る。
「お嬢様、聖剣を持った方がいいんじゃないですか?」
「セイケン?」
「ドラゴンを討伐したっていう伝説の剣!」
少年に手を引かれるまま、聖剣が飾られているという舞踏会用の大広間へと立ち寄った。
少年の言う聖剣の場所は直ぐに分かった。
部屋の正面、奥の大きな壁にふたつの剣がクロスした状態で掛けられていた。その剣より上に重厚に織られた厚手の布が掛かっていた。
中央に剣を掲げた騎士。剣から光が放たれ、まさに竜の討伐の瞬間を描いているようだった。
「お借りしますよ」
一言声をかけて皐月は剣を手にした。
ずしりと重い剣を手に用心深く部屋へ向かい、部屋の中を隅々まで確認してバリケードを作った。
「お嬢様が聖剣を手にしたら鬼に金棒ですね」
満面の笑顔の少年を見て、皐月も笑った。
(それって、私が鬼って事? ま、いっか)
皐月は見慣れたラビリンスを見下ろして、軽く眉間にしわを寄せた。ゾンビが2体遠くで動いているのが見えた。
「わぁ、お嬢様の言う通り。ゾンビが戻って来たみたいですね」
少年は皐月の側で、一生懸命背を伸ばして外を覗いていた。子供らしい好奇心を覗かせた表情から、安全な場所に来て余裕が出てきたように見えた。
「食べ物も残り少ないし、ここに長くは居られないわ。どこか安全な所を探さないと・・・」
時間が経てばもっとゾンビの数が増えるかも知れない。しかし、少年を連れて歩きで逃げるのは危険な気がした。
「ここから一番近いのは、フラナガンさんの農場だよ」
「ねぇ、ゾンビが何処から来たか知ってる?」
少年は
「そのフラナガンさんの農場の方から来てたら、農場も危ないわ」
「そぉか・・・」
真面目な顔で少年は眉間にしわを寄せる。
「乗り物があれば行動範囲が広くなっていいんだけどなぁ」
皐月の言葉を聞いてしばらく考えていた少年の顔に光が射した。
「ファースティーが生きてるかも!」
「ふぁーすてぃー・・・?」
「お嬢様の馬です!」
ああ、と頷き
(自分の馬も持ってるのね)
と単純に納得した。
「頷いてるけど、覚えてないんでしょ?」
少年の突っ込みに皐月は頭を掻く。
「ファースティーの足の速いことと言ったら、もぉ、ビューーンって!」
そう言いながら部屋を駆け回る。
「お嬢様が乗ると人馬一体って感じで、沢山の賞も貰ったんだよ。剣術も普通の男なんて相手にならないんだから」
剣を振るう仕草を真似ながら、誇らしそうに早口でまくし立てる少年は、楽しそうに見えた。
「ファースティーは何処にいるの?」
一瞬、きょとんとした少年がしゅんとなって動きを止めた。
「今はどこにいるか・・・わからない」
皐月は「そうか」とだけ言って目を外に向けた。
「僕、ゾンビが来てるって聞いてすぐにファースティーを馬小屋から放したんだ。生きてたら、呼べば来てくれるよ。いつも近くにいてお嬢様が呼んだら駆けてくるんだ」
少年が希望に満ちた顔を皐月に向ける。
「う~~ん、それは・・・」
賭だな・・・と皐月は思った。
外に出る事も大声を上げる事もリスクは大きい。そして、馬が生きているか分からず、来るまでにどれくらいの時間がかかるのかも分からない。声を聞いたゾンビに囲まれるのが早いか馬が来るのが早いか・・・。
馬に乗れたとして、ゾンビに馬が食いつかれたらどうなるか。
幾つもの不安の種が芽吹き始める。
皐月の表情に少年は黙ってしまい、床にぺたりと座っていた。
「ここに呼んだら、ファースティーがゾンビに囲まれて襲われるかもしれないわ」
皐月の言葉に少年の顔に明るさが戻った。
自分の考えがただ却下されたのではなく、皐月がファースティーを心配している事が嬉しかった。
「にんにくを身につけてると逃げて行くって聞いたことがあります! 沢山ばらまいて待ってたらどうかな」
また少年が活気づく。
(にんにくって・・・。ここではそれ有効なの? 私の知ってる世界では別のモンスター用だけど)
皐月が苦笑いするのを、少年は頬を膨らませて見ていた。
「にんにくが効くとして、もし効果が弱かった時の為に他にも撃退方法があると嬉しいんだけど・・・。他にに何か知らない?」
少年は腕を組んで考える。
「クロスした物とか・・・」
少年は腕を十字に交差させて皐月に見せる。絞り出した答えに皐月は笑うしかなかった。
(ここではゾンビは吸血鬼扱いなのか?)
「子供だからってッ・・・!」
「ごめんごめん、そういうんじゃないんだよぉ」
慌ててなだめる。
「後ひとつ、もうひとつ何かないかな? ほら、念には念をって言うでしょ?」
「聞いたこと無い!」
(
皐月は苦笑し少年はむくれた。
「ねぇ、猫って尻尾からご飯食べるものなの?」
だいぶ経って、皐月から口を開いた。
「そうだよ」
少し
「尻尾で噛みついてきたりする?」
「しない」
「攻撃は口と爪?」
「そう」
「ほかの動物もみな尻尾で食べるの?」
皐月の他愛もない質問責めに、少年があからさまな溜息を漏らした。
「草食動物とか小さい動物は尻尾で食べる。強い生き物は口で食べる。猛禽類とか猫科の大きい奴とか・・・あとは、ドラゴンとか」
「ドラゴン?」
ピントきていない皐月に少年は呆れ顔だ。
「本当に・・・いるの?」
「もちろんです! あちこちに伝説もあるし、ドラゴンの体の一部から作った
この世界では本当に実在するのだろうか・・・ドラゴンが!
(ゾンビの居るホラー世界に来たと思ったら、ファンタジー世界だったの? 素敵かも・・・)
皐月は少し楽しい気分になった。
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