第10話 「 聖剣伝説 」(1)
「ドラゴン、見たことある?」
皐月の質問に少年がばつの悪そうな顔をして目をそらした。
「僕は見たことない・・・です」
「最近、何処かに出たって聞いたこととかは?」
「ーーー無い」
ふーん・・・と言った皐月の顔から、急に興味が失われたと感じて少年が喋り始める。
「でも! 旅人とか行商人とかから噂は聞くよ。東の国の村にドラゴンが現れて、村が焼き尽くされて沢山人が亡くなったとか、北の山の上にフロストドラゴンがいるって」
「氷を吐くドラゴン?」
「なんだ知ってるんじゃん」
「んーー・・・」
皐月は
死後の世界があって自分で選べるなら、ファンタジーの世界に行ってみたいと思う。ここは皐月の希望にぴったりの世界だ。
お城のような豪邸に住み、皐月好みの美しい容姿で剣術の腕の立つお嬢様・・・。
希望通り。
だから、ひとつの考えがふいに浮かんだ。
もしかして、この世界・・・私の空想だったりして・・・・・・
私はまだ死んでいなくて、ここは生死の境をさまよいながら自分の見ている空想の世界かもしれない。
そう思ったが、それもまた無理がある気がした。
ごく普通に生活している時に見る夢でさえ、これほど一貫とした流れの夢を見たことがない。
ぶつ切りの場面が支離滅裂に繋がった奇想天外な夢なら何度も見てきた。皐月が今まで見てきた夢はそんな物ばかりだった。
死にそうになりながら見ている夢なら、もっと無茶苦茶でもよさそうなものだ。そして、ゾンビはあり得ないと思った。自分の頭の中ならゾンビより他のモンスターの方が色濃く残っているはず。モンスターと共にゾンビが現れたなら納得いく。
(襲ってくるならやはりゾンビよりドラゴンか、小物でもモンスターや魔物の類がしっくりくるんだよなぁ)
ファンタジーにゾンビは皐月の好みではなかった。
自分の生み出した空想の世界ならきっとゾンビは出てこない。お姫様だとしても魔術師や魔導師の力を持っているくらいでなくては! とも思った。
秀でた勇者に守られるお姫様ではなく、勇者と共に戦い魔法で勇者を支えるお姫様がいい。
剣術に
しかし、このままでは王子様の登場する機会はなさそうだと思った。
魔術は使えそうにないが、少年の話ではこの体の持ち主は運動神経抜群らしい。王子や勇者の出番はなさそうだ。皐月は口をへの字にして外に目をやった。
( 私、王子様が引くくらい強いお姫様だったらどうしよう。 可愛げないな・・・ )
浮かぬ顔のまま少年に尋ねる。
「ねぇ、王子様とか勇者様とかもいる?」
「都に行けば居るはずだけど、ここら辺にはいないですよ」
「君は都には・・・」
皐月の言葉が途切れ、 少年が「どうしたの?」と問いたげに皐月を見上げた。
今頃になって少年の名前を聞いていないことに皐月は気付いた。どうしようかと迷い、気まずそうにこめかみを指で掻いた。
「あの・・・。今更だけど・・・・・・」
言いづらそうに目を泳がせる皐月を、少年は真っ直ぐ見ている。
「君の・・・名前は・・・」
少年は大きい溜息を漏らして口を開いた。
「ーーーカルバン」
そう言って少年カルバンは、少し目を細めて皐月をじとっと見ていた。
「記憶がないんだよね。 ま、しょうがないですね。仲良くしてくれてたって、僕は使用人の子供ですから」
「ごめん、ごめんねッ。カルバン、忘れないよ。もう、絶対」
カルバンの顔の前で蠅の様に手をすり合わせる皐月と、下唇を突き出していじけるカルバン。
そんな2人を、さっきまでベッドの上で寝ていたクリスタが「どうした?」と言う顔で、2人の間に座り見上げていた。
その後なんだかんだとありつつ機嫌取りをして、カルバンに少し早い夕食を促しクリスタにも餌を用意した。
そして、カルバンの顔色を窺いながら食事の合間に幾つか質問を投げかけた。
カルバンによると・・・。
ここから北に大きな山脈が壁のようにそそり立っていて、その上にフロストドラゴンが棲んでいる。そして、名を挙げようと時々勇者の卵達がやってくるのだそうだ。
皐月達が居る場所の周囲にはいくつか街がることも分かった。いくつかある中でチェルリの街が1番大きいと聞いた。
フラナガン農場を越えてチェルリの街があり、ずっと南に下ると王都がある事が分かった。
王都は大陸の北側に位置し、北を治める大きな国であることも分かってきた。
お腹が満ちると共にカルバンも笑顔が増え、
王子に興味がありそうな皐月のために、カルバンは王様には3人の王子と1人の姫がいると教えてくれた。
人望厚く優しく国民から慕われている第1王子に、結婚の申し込みが殺到している事。
第2王子が奔放な魔術師でふらふらと国を
第3王子は病弱で陰が薄く、末娘のお姫様は頭の回転が良くお転婆で、結婚相手を全部突っぱねてばかりいると言うこと。
「全部、お母さん達の噂話だけどね」
淀みなく喋り楽しげだったカルバンが、ふいに悲しげな顔になった。
「ねぇ、カルバン。ゾンビは何処から来るの? どうやって生まれるのか・・・って言うのかな」
皐月はカルバンの表情を見て別の話を振った。
「ゾンビ
「そう?」
「草だよ。ん~、草花って言うの?」
「ああ」
頷きながら、ウイルスとかじゃないんだ・・・と思う皐月。
「ゾンビ草が花を咲かせて、花に噛まれた人がゾンビになるの」
「あちこちに咲いてるものなの?」
「普通は森の中の草陰とかにあるって教えてもらいました」
「その草、見たら分かる?」
「分かります」
カルバンが力強く頷く。
「見つけたら大人に知らせるか焼き払いなさいって、絵を見せて教えられるから」
「知ってたら、誰も近づいたり触ったりしないんじゃないの?」
幼い子の何故何故攻撃を受けた人のように、カルバンは呆れを通り越した顔になった。
「暗いところで咲くゾンビ草の花はとっても綺麗なんだって。光り輝いて優しげで可憐で、心地よい音を立てる。その音を聞いたら、みんなふらふら~って誘われるように寄って行っちゃうそうですよ」
皐月は光り輝く花が美しい音色を立てて、人を誘い手懐ける姿を想像した。
虫じゃなく人を媒介にするなんて生き物の生存戦略は凄いと思い、つい口をついて言葉が出てしまった。
「・・・凄いねぇ」
「凄くなんかないよっ! 恐ろしいよ!」
カルバンの尖った声が皐月の心を刺した。
「ごめん」
またしても失言だ。
この世界の人間にとってゾンビはリアルで恐ろしい存在だろう。ましてや両親を、知り合いを殺されたカルバンには凄いなんて発想は無いに違いない。
皐月は数日前にこの世界にやって来た、ゾンビに恐怖を感じていても新参者の彼女より彼らには恐怖が身に染みているに違いなかった。
「ファースティーはどうしているかしらね・・・」
気まずさにしばらく黙っていた皐月の口から言葉が零れ出た。その言葉を耳にして、皐月が背を向けた床の上で、カルバンがパンをかじる手を下ろして俯いていた。
クリスタはいつも通りベッドの上で毛繕いを始め、カルバンも食べ終わり、夕日が部屋を赤く染め始める時間が近づいていた。今日も終わってしまう。大きな進展の無いまま・・・。
打つ手も見つからず、ただじっとしているしかなかった。太陽がオレンジ色に熟れ始める頃、カルバンが口を開いた。
「聖剣は・・・。聖剣の光は死者を天へ導く・・・」
「え?」
カルバンが文字をなぞるように一文を口にした。
「死者は月影に
皐月が目を見張る。
「それって・・・」
「大広間のタペストリに、そんな事が書かれてたと思うんだけど・・・」
カルバンが自信なさそうに言った。
「それ、凄いヒントかも!」
カルバンの両肩を掴んで皐月は満面の笑みを見せた。
輝く光が真っ直ぐ先を照らし、未来を指し示しているように皐月には思えた。
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