第11話 「 聖剣伝説 」(2)
「死者ってゾンビのことだよね」
「た、たぶん・・・」
カルバンの両肩を掴む皐月の手に力が入る。
「天に導くんだから、ちゃんと死を迎えさせてあげれるんだよ。きっと!」
「う、うん」
目をキラキラさせて勢いづく皐月に
「太陽の下・・・だから、きっと夜は駄目ね。昼間の太陽の光が必要なんだわ。曇りの日じゃ駄目かもしれない」
皐月は探偵が推理を披露するように次から次へと考えを口にしていった。分かりやすい簡単な謎解きに皐月はわくわくした。
「死者は月影に
ファンタジーゲームの冒頭の1文を耳にするような、物語の始まりの予感に胸が躍った。
太陽が赤みを帯びていく。
「今日は、もう動けないわね。明日は晴れかな? 晴れたらこっちのもんね」
カルバンに相づちを入れる隙も与えず皐月はまくし立てるように話し、カルバンは皐月に笑顔を向けている。
皐月がタペストリーの文章に心引かれて色々考えている間、聖剣は無造作にテーブルに置かれていたまま。
忘れられていた主役に目を向けて、皐月は聖剣を手にした。
どっしりとした剣は綺麗な彫り込みのされた
「高そうな装飾ですね」
カルバンが横から覗き込んで触りたそうにしている。
「持ってみる?」
「いいのッ!?」
「どうぞ」
目をキラキラさせたカルバンが、自分の服で両手を拭いて二の腕を差し出す。
「重たいから気をつけて」
「うん! ウワッ! 重ッ、いッ!」
持った途端に前傾姿勢になって、体が沈み込みそうになったカルバンがぐっと体に力を入れる。
皐月は声を立てて笑いながら直ぐに手助けに入った。
「これ凄く重いよ! お嬢様よくこれ持てますね!」
確かに重い。
筋肉量が普通の女子に見えるお嬢様が持ち歩くには、不釣り合いな重さだった。
「ちょっと離れてみてくれる?」
皐月の言葉にカルバンが距離をとる。
柄を握る手に力を入れて鞘から剣を引き抜く。案外抵抗もなく刃が顔を覗かせた。
するりと抜いた剣を目の前で天にかざし、刃こぼれがないかと皐月は目を凝らした。暗くなりかけた部屋の中で、鈍い銀色の光を放つ剣は冴える月のようだった。
左手ひとつで持ってみると少し無理を感じて両手で持ってみる。
剣を下げ両手で上へと振り上げると体を持って行かれ重心が崩れてもたついた。横に振ったり回転したり、斜めに振り上げ下ろしてみたりと、一通りの動きを軽くこなす。
(ただ振るだけなら何とか出来るけど、相手を切るとなるとどうだろう・・・)
「うわぁ、お嬢様すごい!」
「もうちょっと練習が必要かなぁ」
「そうですか? 全然戦えそうですよ」
「誉め上手だなぁ」
「そんな事ないですよ、この剣重いけどいつも剣をふるう時のお嬢様と全然変わらないですよ」
「そう?」
カルバンは大きく頷く。
皐月はカルバンの頭をひと撫でして笑顔を向けた。
この剣が光を放ってゾンビを撃退してくれるなら直接対決の数は少ないだろう。それなら何とかいけそうな気がした。
「この剣が太陽の光でゾンビを撃退出来るかどうか、明日確かめてみよう」
「はい!」
「今日はもう動けないし、ここは安全だからゆっくり眠って」
そう言ってカルバンをベッドへと案内した。
「ベッドにどうぞ」
「え? お嬢様のベッドに僕なんか・・・」
「いいのいいの」
カルバンがベッドに上がるのを見て、皐月はベッドから離れ椅子に腰掛けた。
「お嬢様は寝ないの?」
皐月に促されるままベッドに横になったカルバンが、少し困った顔をしてそう言った。
「私は眠くならないの。全然平気だから、ゆっくり眠って」
「・・・そう」
カルバンは少し迷いながらゆっくりと横になった。そのままベッドの上から皐月を見ていた。
「お嬢様。明日は、どうするんですか? 起きたら直ぐに外へ行くんですか?」
珍しくカルバンが質問をしてきた。
皐月は目を落としてしばし考えて「どうしようか・・・」と言った。
「ゾンビ達が戻ってきてるし、朝までにどれだけ増えているかで変わると思う。後、曇りや雨だと動けないわね。タペストリーの文章を詳しく確認してみたいな。その時間がとれるといいけど・・・」
皐月はそっと剣の鞘を撫でた。
「太陽にかざすだけでいいのかな? 呪文が必要だったり、剣を持つ者が勇者じゃなきゃ駄目だったりしないかな?」
皐月の言葉は静かな部屋の中に吸われ、カルバンから返事は返ってこなかった。目を向けると、カルバンは既に微かな寝息を立てていた。
「おやすみ、カルバン」
暗い部屋の中から月を眺める。
人の悲鳴も聞こえずゾンビ達のいざこざもなく、静かな夜だった。
夜の間、皐月は時々隣のバスルームへと足を向けた。聖剣をもう少し楽に扱えるように体を慣らしておきたかったからだ。そうしていながらも気になることがちらついた。
聖剣は太陽にかざせばそれだけで力を発揮してくれるだろうか。
剣の光を浴びてゾンビ達が砂の様になってサラサラと消えていく姿を皐月は想像した。カルバンの言ったにんにくと十字架に影響されている・・・と、皐月は自分で笑った。
私も消えるのかな・・・・・・。
ゾンビ化途中か既にゾンビになっているのか自分でも分からない。喋るイレギュラーゾンビも聖剣の光に当たると消えるとしたら・・・。そう考えて、皐月は少し心配になった。自分が消えることよりカルバンの事が気になっていた。
自分が消えてしまったら、カルバンはその後どうなるのか。
聖剣の光は全てのゾンビを消し去るなら良し。
しかし、光の届く範囲だけなら?
陰に隠れているゾンビはどうだろう?
光の放たれたその後の事を次々と思う。
それよりも何よりも、本当にこの剣が光を放つのか、そこが1番気になる所だった。
暗かった空が太陽の日を受けて明るくなっていくのを、皐月はじっと見つめた。
聖剣に体慣らしをしながら皐月は時々外を眺めていた。少しずつ舞い戻って来るゾンビ達を観察していた。活発に動いていたゾンビ達は、太陽が世界に明るさをもたらすのと同時に動きが緩くなっていくのが分かった。
死者は月影に
昨日カルバンが口にした1文を思い出す。
昼間は動きが鈍いと感じたのは皐月の思い過ごしではなかったのだと、そう確信した。
朝日が昇り、十分に明るくなってもカルバンはまだ目を覚まさなかった。
ゾンビが現れて守ってくれる人を失い、熟睡も出来ずにいたに違いない。疲れているのだろうと思い、彼を起こさずに寝かせていた。これから先は長い、ゆっくりと睡眠を取れるのはいつになることか。
ただ、生きているかだけを確かめて皐月は椅子に掛け直した。
カルバンより先にクリスタが目を覚まし、大声で朝食をねだり始めて皐月は慌てた。
「シーーッ。クリスタ静かにして、カルバンが起きちゃうでしょ」
「うんみゃあ~~お」
「し~~っ」
「ごあぁぁん」
「分かったからっ!」
「・・・クリスタ?」
案の定、カルバンが目を覚ました。皐月は苦笑いしながらクリスタに「めっ!」と言った。
「おはよう、カルバン」
「おはようございます、お嬢様」
目をゴシゴシ擦りながらカルバンが大あくびをするのを、愛らしいと思いながら皐月は見ていた。
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