第20話 「 悲しみの深淵 」
「ヒューイッ!!」
胸から突き出た
ゴフォッ・・・!
血を吐いてヒューイットが崩れ落ちるのをグロリアがすぐさま受け止める。
彼の背後、ほんの1メートル先にゾンビ騎士が立っていた。
騎士を見据えたままのグロリアがヒューイットをそっと横たえる側で、彼女の怒りに包み込まれて皐月の心も燃える。
ゆるりと剣を構えるゾンビ騎士。
敵から目を外さず、グロリアは当たり前に左脇へ右手を伸ばした。・・・が! あるはずの剣に手が触れない。
無い!
ずっと皐月の中に居たグロリアは戦う気配を感じていた。それなのに・・・。
剣を持って無いなんて・・・!
敵を前に驚きグロリアの心臓が跳ねた!
彼女の首をはねようと横から迫るゾンビ騎士の剣!
右!
皐月が叫んで左手を右脇へと伸ばす。それよりグロリアの右手がわずかに早い。
ガキッ!
中腰の彼女へ向かって迫って来た剣を、鞘から抜き切らぬ聖剣が受けて重い音をたてた。
すぐさま後方へ一歩飛び退いて、皐月とグロリアがそれぞれに剣を握る。ふたりの心が合わさって自然に両手持ちとなり、日本刀の様に剣をふるう。
ふたりの力が籠もった剣が白銀の線を描いて2撃、3撃と剣を交え、4撃目が騎士の右腕を捉えて切り上げる!
剣を握ったままの騎士の右腕が空を舞い前庭に落ちて行く。
下方から剣先が地に突き立つ音がざくりと耳に届いた。
その後はあっという間。
左腕を切り両足をなぎ払われた騎士が、うなり声をあげてごとりと床に横たわる。
「ヒューイ・・・、ヒューイ聞こえる?」
動けなくなったゾンビ騎士を捨て置いて、グロリアは急いでヒューイットの側に膝を付き顔をのぞき込む。
グロリアの呼びかけに、わずかに開いたヒューイットの目が宙をさまよい、彼女を捜してゆれる。
「ここよ、ここにいるわ」
彼女を求めて伸びる手を握りしめ、グロリアは顔を近づけ声をかけた。
「グ・・・グロリ・・・ア。 ーーーは・・・花は、花は移し・・・た・・・」
「花を?」
「あの・・・お・・・男がっ・・・・・・、近づ・・・け・・・・・・な・・・」
「・・・・・・! ヒューイッ!!」
ヒューイットの目は見開かれたまま、力を失った彼の手がグロリアの手からするりと床へ落ちた。
グロリアは目にしている事が受け入れられず首を振る。
「嘘・・・嘘よね・・・・・・」
はらはらとこぼれ落ちた涙が彼の頬を濡らす。
強く頭を振ってヒューイットを抱き上げたが、光を失った彼の目はもう彼女を捜すこともなく遠い彼方へ向けられていた。
「ヒューイ・・・! ああ、ヒューイット・・・嘘よ、見えてるでしょ? ねぇ・・・!」
彼の肩を揺らし頬を撫で、腕でくるむように頭を抱き締めてグロリアは涙を流し声を上げる。
側でくず折れる彼女に手を貸すことすら出来ず、皐月はそっと彼女を見守るしか出来ない。
嵐のような激しい悲しみが無数の
病院で友達になった子供達を何人も見送った。
悲しく切ない心の痛み、皐月は人を失う事の辛さを知っている・・・・・・はずだった。
しかし、その時の悲しみとはまた違う悲痛さに、皐月は苦悶し顔を歪める。
子供の頃から織りなす記憶の数々が、ふたりの繋がりを深く強くしていると感じられた。
ヒューイットに繋がる様々な記憶が皐月の前を過ぎて行く。
楽しさ、嬉しさ、喜び、ときめき。彼と共に紡いだ記憶が黒い穴に落ちていくのを皐月は見た。
次から次へと記憶の糸が互いを引いて穴に消えてゆき、グロリアの心に
皐月は恐れをなして、そろそろと後ずさった。
深い悲しみがグロリアの心を引き裂いて、記憶と共に真っ黒な穴へ引きずっていく。
体があるものならその腕を掴んで助け上げたい、でも、差し伸べた皐月の心は
嵐の吹き荒れる大海で沈む船のように、グロリアが暗く重い心の奥にどんどん飲まれていくのを感じながら、皐月は何も出来ずに歯噛みした。
グロリア! グロリア!!
引き留めようと名を叫ぶ。しかし、皐月の声は彼女に届かない。
グロリアの張り裂ける悲しみだけが皐月の元にとどまり、皐月は涙をぽろぽろこぼすばかりだった。
愛する者を失った悲しみが、忘れがちな両親の気持ちへと皐月を引き寄せる。
父さんも・・・母さんも、こんな風に悲しんだの?
こぼす涙が皐月の物へと変わっていく。
私が死んで、こんなに大きな悲しみを感じたの?
今も悲しんだまま?
こんなに苦しいなんて・・・!
ごめんね・・・・・・。
ごめんなさい、父さん、母さん・・・。
痛みと苦しみから解放され転生して喜んだ皐月。自分が死んで親がどうしているかなど深く考えたこともなく、両親の気持ちは置き去りにしたままだった。後悔と懺悔の気持ちに涙が止まらない。
しかし、そんな皐月に感傷の時間を与えず、目の端に光る物が近付く。
暗い部屋から現れた2人目のゾンビ騎士。その姿が、ベランダで時折閃く稲光に黒く浮かびあがる。
ヒューイットの亡骸を守るように背にして、皐月はゾンビを見上げた。
グロリアの気配は無く、涙を拭って皐月が剣を握り対峙する。
皐月はグロリアに習って先のゾンビと同じく四肢を切り落とし転がるだけのゾンビに変え、その後を付いてきた女ゾンビも同じようにしとめる。
恰幅の良いエプロンをした女ゾンビは甲高い声で唸り、駄々をこねて嫌々をする子供のように横たわっていた。
四肢を切り離され、身動きのとれない3体のゾンビが床に転がっているのを皐月はじっと見下ろしていた。
しばらくして、頭と胴体の繋がった3体と彼らの四肢を邪魔にならない場所へ移動させ、皐月はヒューイットを引きずるように部屋へ引き入れてベッドへ横たえた。
ヒューイットに布団を掛けて髪を整えそっと彼の目を閉じさせて、グロリアが浮上してくるのをしばし待ってみる。しかし、彼女の気配は感じられない。
気配を消したままのグロリアにため息を付いて、皐月はベッドサイドから立ち上がる。
彼女の感情と記憶の欠片が皐月の心に今も残り、鈍く重く痛みを与えている。それなのに、この世界で目覚めた時同様に、彼女の気配が消えてしまった。
グロリア・・・。
彼女の反応は全くなく、胸の奥をえぐられる痛みだけが彼女の余韻を留めてそこにある。
静かに佇む皐月にゾンビは気付くことが出来ないのか、時間だけが静かに流れていった。
どれだけ経ったのか、皐月は雨音と闇が支配する部屋の中で立ち尽くしたままヒューイットを見つめていた。これから何をすべきなのか、何も浮かばない。
そんな彼女の姿を、ベランダから差し込む光が唐突に照らし出した。
稲光ではない、光り続ける灯り。
ベランダへ足を向けると、前庭中央に建つ高い塔に目が止まった。灯台のようなその先端から
(誰か・・・灯りをつけた者が?)
眩しさに目を細めていた皐月は、光を背にして塔に立つ者に気付く。黒く浮かぶシルエットは男のようだ。
こちらを見ている・・・そう感じて、皐月は目を離すことが出来なかった。
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