第38話 「 死を越えて対峙するふたり 」
村の家々を分断するように中央を走る道を皐月達が走り込んで行く。
ぐぁぁぁーー!
足を踏み込んだ直後、ゾンビの苦悶する声が響いた。2体目だ。
村に入って数10メートル先にゾンビ騎士の姿があり、その足元に2体のゾンビが横たわっていた。断末魔の声に引き寄せられて、建物の中や陰からゾンビ達が集まり始めている。
ゾンビ騎士が頭を巡らせて標的を選んでいるのが分かった。
「止めて!」
声を上げながら走る皐月をシャイアが追い、ふたりの後方を着いてきた者達は本能に引かれて立ち止まった。館でゾンビと戦ったとはいえ、体に染みて伝わった本能が近づくなと引き留める。
ゾンビの少年がゾンビ騎士に近い建物から出てきて近づいて行く。
「行っちゃ駄目!」
追いつけない!
ゾンビ騎士の剣が閃き、皐月の横を黒い陰が走り過ぎた。
「ああっ!」
皐月の上げた声を覆って少年の叫び声が響く。
ぎゃおぉぉ・・・!
少年のゾンビを切り捨てたのはシャイアだった。少年の体から抜ける魂をすり抜けて、シャイアがゾンビ騎士に剣を振るう。
・・・が。
再び目の前から騎士が消え失せた。
「くそっ!」
「シャイア様」
ゾンビ騎士を目標に集まっていたゾンビ達は目標を失い、そのままシャイアと皐月へと近づいて行く。すかさず両者の間にランスロウの騎士達が滑り込んだ。
皐月とシャイアを取り囲んでゾンビ達へ剣を向ける。その姿は正しくランスロウの紋章の様だった。
「止めて、村の人達を切らないで!」
皐月の言葉はグロリアの命令、戦闘態勢の騎士達の表情に迷いが浮かぶ。
(まずいな・・・)
ゾンビ達との距離がまだあるのを見て、懇願する皐月にシャイアが言った。
「騎士の命より村のゾンビが大切か?」
声に責める口調のない二者択一。
騎士だと言えば良し、そうでないなら皐月を連れて全員村の外へ逃げるだけだ。しかし、ここは騎士と言って欲しいところだ、とシャイアは思ったが・・・。
「どちらも大切よ! どちらの命も失いたくない・・・!」
「欲張ると多くを失うぞ」
助けたい。しかし、人の命も奪いたくない。ゾンビより人だと分かっているのに、この期に及んで皐月の心が揺れる。人に戻れる術があるのに・・・と。
決めきれぬ皐月にじれてシャイアが声を発した。
「足をなぎ払え!」
シャイアの凛とした響きに、騎士達が整った動きでゾンビをなぎ払う。後方から近づきつつあったゾンビ達はよたよたと遠ざかって逃げて行った。
人の心の奥底にある願いは、きっと生きること。
命を危険に晒してまで食には走る人はそうそういないだろう。ゾンビ達もまた食より我が身を守ることが、生き続ける事の方が大切に違いない。
足を失い這って逃げるゾンビもあれば、怒りのせいか這い寄ってくるゾンビもいる。それらを避けて陣形を崩さず移動した。
「シャイア様、一旦村の外へ出ましょう」
マリウスが促す。
グロリアの希望が村人の存続ならばゾンビの数を減らせない。その上ゾンビ騎士の数が増えれば村人を避けながら戦うのは難しい。そして、マリウスは取られた騎士の数も気になっていた。
同じ事を考えていたシャイアが、同意しようと口を開きかけたその矢先に、雄叫びが上がった。
ぐぁあああああ!!
こちらを見ろ! と言わんばかりのその声は、村の中央から響き渡った。
集落を突っ切る道の中程の小さな広場に、ゾンビ騎士が立っていた。彼の足元に2体のゾンビが横たわっている。
既に切り捨てられた
2体のゾンビは皐月も前に見た互いを愛し求めるゾンビ達だった。胸や顔の肉がかなり剥ぎ取られ、肋骨や頭蓋骨が見えてきていたが、確かにあのゾンビ達だ。
皐月達一同の注目を十分集めたゾンビ騎士が、おもむろに彼らの首へと剣を突き立てた。
縦に串刺しになった2体の動きが止まり、ゾンビ騎士が刺した剣に力を入れて横倒しにした。ブツリと嫌な音が耳に届く。それと同時に、ふたつの頭が切られて転がった。金太郎飴の様に軽く跳ね上がりころころと道端を転げていく。
その光景は嫌悪感を抱かせるに十分だった。
皐月は吐き気に口を押さえながらゾンビ騎士を睨みつけていたが、どう手を出せばいいか分からなかった。こちらから手を出しても姿を消されてしまうだろう。こちらに先手必勝は無さそうだ。
「どうしたらいいのッ!?」
歯がゆさに苛立つ皐月の横でシャイアは冷静に周囲を観察していた。何処かからこちらを観察しているのだろうと思ったが、それらしい人影は無く日和見鳥すら見えない。
落ち着いた顔をしながらも、シャイアは心で唇を噛んでいた。
(誘い込まれてしまったか?)
つい皐月の気持ちにほだされて、少年の魂を救うために走り出てしまった事がシャイアは気になった。
ここは村のほぼ中央。
手持ちの騎士が400強ならば、村を囲んで配置しても余ることだろう。しかし、本気で殺しに掛かるならばそんな手の込んだ事をしなくても、背後に騎士を出現させれば済むに違いない。
(何をしたいんだ?)
「何をしたいんでしょう」
思考を共有するようにシャイアの考えを口にするマリウスに、シャイアが笑顔を返しそれに答える。
「即座に殺したいわけではなさそうだ。 ーーー王との交渉の駒にされるのは・・・嫌だな」
マリウスが同感だと言うように頷いてみせる。時空ドラゴンならば、わざわざ包囲しなくても牢屋に飛ばすことなど簡単に違いない。そうしようとさえ思えば・・・。
退くか出方を待つか・・・とわずかに思案する。
「・・・!」
唐突に現れた! ゾンビ騎士が6体。
ランスロウの騎士達が剣を握り直す音が響いた。
空中に姿を現した彼らは、ランスロウの騎士達の輪より更に大きく取り囲こみ、ストンと地面へ着地する。吊ったワイヤーを同時に切ったような動き、その同調がランスロウの騎士達に威圧感を与えた。
次の瞬間、ランスロウの騎士達の姿がかき消え、マリウスとリリスも消えていた。ゾンビ騎士の輪の中に立つのは皐月とシャイアの二人だけ。
「全く厄介な!」
皐月は剣を引き抜き、シャイアは毒づきながら彼女の腰に腕を回した。
そして跳躍!
ふたりの体がふわりと浮かんで空へ舞い上がっていく。
「シャイア! 何、これ!?」
村の中で一番高い建物の屋根の上へ着地する。
「ドラゴンを倒すともれなくもらえる浮遊の力さ。子供の頃から不思議だった。あの図体が翼だけで飛ぶなんて、地上への影響が少ないのが変だってね」
ゾンビ騎士達は後を追ってこない。
皐月が地上を見下ろすと1体プラス6体がバラバラに動き始めているのが分かった。出くわすゾンビを次々に切っていく。手当たり次第だ。
「酷い!」
目先に心を奪われている皐月の横で、シャイアは別の者を探していた。
「良かった、マリウス達は大丈夫だ」
素早く目を走らせていたシャイアは、村の外から走り込んでくる仲間の姿を見つけて頬を緩めた。
(殺す気はないのか。村のゾンビにご執心? 何故・・・?)
シャイアが思考を巡らせてる間、皐月はゾンビ騎士達の動きを見ていた。そして、1体のゾンビ騎士の向かう方向を見て血相を変え、屋根づたいに走り出した。
「サツキ!」
皐月の心はフラナガンの妹と読書をする青年の事でいっぱいだった。
殺されてしまう! その先へ行かないで!
ゾンビ騎士の向かう先にまだ彼らはいるか、何処かへ行ってくれていればと思いながら追う皐月。彼女を追ってシャイアも屋根の上を走り、飛び移って行く。
建物のわずかな隙間からフラナガンの妹の姿が目に入った。椅子にかけて花を愛でている、穏やかな表情で。
「逃げて! 騎士に殺されてしまうわ!」
声が届かないのか聞く耳を持たないのか・・・。皐月の呼びかけに何の反応もなく鼻歌を歌っている。
「逃げて!」
(どうして名前を聞いておかなかったの!?)
自分を責めずにいられない。もう彼女の直ぐ側までゾンビ騎士が迫っている。
「止めろ!」
地面へ飛び降りようと屋根を蹴る寸前にシャイアに腕を引かれた。
「殺されちゃう!」
羽交い締めにされてなお、もがく皐月の眼下でフラナガンの妹はざくりと切られた。首の左から右脇へたすき掛けに切られ、背もたれと共に頭が地面へ落ちた。
「ああああっ!」
皐月は顔を半分覆って涙をしながら顔を見ていた。地面に横たわる彼女は、穏やかな表情のまま空を見上げていた。草花の好きな普通の主婦・・・。ゾンビになっても花を愛でていた彼女の最後が辛かった。
せめて花畑で弔えたならと皐月は思う。
「わざわざ観戦に来てくれるなんて、運命的だな。 皐月」
離れた屋根の上から皐月に話しかけてくるのは聞いたことのある声。
声のする先に見知った顔を見て、皐月は呆然とした。懐かしさと切なさと、そして皐月の心を混乱が駆け巡る。
「
鱗で覆われた翼を背に人の姿のままの悠斗が立っていた。見間違えるはずもない同じ顔のままで・・・。
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