第39話 「 移ろう心の影 」

 初めて悠斗を見たのは約1年ほど前だった。


 健康そうに焼けた肌とスポーツが好きなのだろうと分かる体つき。皐月にはとても遠い真逆の存在に感じる男子だった。教室からグランドを見下ろす女子高生の様に、病室の前からナースステーションに立つ悠斗を見ていたのを覚えている。


 外来ナースからの引継が終わり病室へ案内される彼が近づいてくると、皐月は慌てて病室に入りドアの後ろに隠れた。


「別に隠れる必要なんてないのに・・・」


 咄嗟に隠れた自分の行動に、彼のことを気にしている・・・と自覚させられて皐月は気恥ずかしさが増した。

 プレイルームで女の子達の相手をしている時に、男の子達が我先にと入って来て皐月に報告してきたのは悠斗のことだった。


「皐月お姉ちゃん! 聞いて聞いて!」

「何々?」

「男の子の部屋に新しくお兄ちゃんが来たんだよ!」


 皐月は軽くふーん・・・と流しながら、少し期待をしていた。


(この子達が間に入って会わせてくれたら、いい感じに話し始められるかな?)


 会社ならお局様と言われそうなくらい皐月は入院している。新しい患者は外の世界の情報を持ってきてくれて、自分の守備範囲にいる皐月はたいてい臆せず自分から話しかけていた。年が近ければなおのこと、学校の事や今話題になっている事などいろんな事が聞きたかった。


 しかし、今回はなんだか少し違う。


 仲の良かった同年代の女子が次々と退院していって、つるむ仲間がいなかった。男子と1体1というのは、多分初めてだ。


「あっ、来た来た」


 跳ねる幼稚園児達に囲まれた皐月が顔を上げると、小さい男の子に手を引かれナースをお供に彼がやって来るところだった。


「悠斗君、彼女は皐月ちゃんよ。同じ高校2年生。皐月ちゃん、少しの間だけどよろしくね」

「よろしく」


 少し気恥ずかしそうに挨拶する皐月に、悠斗は頭を軽く下げるだけの挨拶にとどまった。挨拶だけはしっかりと・・・と、少年サッカーをしていた頃から教え込まれていた悠斗にしては珍しかった。


 悠斗は小さな子供達に囲まれた皐月を見て「白雪姫みたいだ」と思った。長い黒髪が肌の白さを際だたせていて、子供達が小人の様に思えたのだ。

 髪を染めて元気にはしゃぐ女子を多く見てきた悠斗にとって、皐月のような女子は初めてで自然と緊張していた。


「ちびちゃん達もよろしくね。でも、あまりはしゃぎすぎない様に気をつけてあげて」


 そう言ってナースはプレイルームから出て行った。


 子供の頃から病院のお世話になっている皐月は今も小児病棟に入院している。だが、悠斗は内科病棟が空くまでの間だけここにいるということだった。


 つまらなさそうに疲れた顔をしている悠斗が気になって、皐月は彼が病棟を移った後も何食わぬ顔で売店で顔を合わしたりしていた。軽い会釈から挨拶をするようになり、空いた時間の暇つぶしに色々な話をするようになっていった。


 悠斗から聞く友達の話は楽しかった。色々な男子の話は面白く悠斗の交友関係の広さに憧れを感じ、ベッドの回りに仲間達が集まって悠斗を中心にわいわいと話をしているのも羨ましく思った。




「悠斗君? 悠斗君なの?」


 異国で知り合いに出会った驚きと喜びと、そして、変貌ぶりに驚く。これは本当に悠斗だろうか。あの明るく眩しい笑顔はどうしたのだろう。何故、そんなに意地悪そうな気配で話しかけるのか。次々と疑問が湧いてくる。


「こんな所で出くわすとは奇遇だな」


 翼を持ち尻尾が生えていても、悠斗の姿は悠斗のまま。

 小麦色の肌と片側を短く刈り込んで前髪を右に流した髪型も変わらず、やんちゃそうな顔も変わらないのに、意地の悪い表情が加わって見知らぬ気配に皐月は戸惑う。


「結局お前も死んだんだ。で、ここに来たんだな。腐れ縁ってやつだな」

「本当に悠斗君?」


 皐月の知っている悠斗はこんな擦れた物言いをする人ではなかった。


「相変わらず警戒心が無いって言うか、人に取り入るのが上手いっていうのか・・・」


 快活で前向きで友達思いの悠斗。みんなの中心で頼られていて、明るく仲間を励ましていた悠斗と今の印象の違いに違和感を感じる。


「よくもまぁ、次から次へと手助けしてくれる人間を見つけるもんだ」


 棘のある言葉が皐月に刺さる。


「サツキの知り合いなのか? この世界での事も含めて色々と知っていそうだな」


 シャイアが皐月に耳打ちした。


「病院で入院していた友達よ」

「ビョウイン・・・。友達なんだね」


 知らぬ単語の意味が気になりつつそれを流し、シャイアが悠斗に訪ねた。


「友達が何でこんな事を?」


 真っ直ぐ見つめるシャイアに悠斗が噛みつく。


「友達!? 友達なんかじゃない」

「悠斗君!」

「お前が勝手にそう思ってるだけだ!」


 悠斗の表情から怒りを感じる。しかし、何故怒っているのか皐月には分からなかった。ただ、友達じゃないと鋭く言われた事が刺さって痛かった・・・。


「色々な事話したよね、私たち仲良くしてたじゃない」

「話をしたらお友達? 馬鹿じゃね?」


 下方からゾンビのあげる悲鳴が聞こえて、悠斗の顔と地上とを交互に見ながら皐月は言った。


「悠斗君が指示してるの? だったら、こんな事止めさせて」

「止めさせない。話をしたくらいで友達だと思うなッ」


 話している間にも更にゾンビの断末魔の声が響く。切られるままのゾンビとゾンビ騎士の間に入って、ランスロウの騎士達が奮闘していた。


「私にとっては友達だよ、悠斗君! 他の友達が死んで私が泣いてた時に慰めてくれたじゃない」

「だから?」


「だ、だからって・・・友達だからそうしてくれたんだよね? 仲間だから・・・」

「仲間!? 青くさッ。仲間なんているもんかッ!」


 悠斗の投げ捨てる言葉に皐月の中で違和感が増していく。


「私のことを友達と思ってなくても・・・、仲間と思っていなくても・・・いい」


 皐月は拳を握り、泣きそうになるのを堪えてそう言った。悠斗は皐月から目をそらして「ふん」と鼻を鳴らした。


「悠斗君にとって入院中の子が仲間や友達じゃなくても、入院ばかりだった私には病棟の子が友達で仲間だった。だから、私にとっては悠斗君も仲間なんだよ」


「仲間も友達も全部幻想だ!!」


 叫んだ悠斗の瞳孔が猫のような細い縦のラインになるのを見て皐月は一歩退いた。人ではない気配が漂い始めてシャイアも少し顔を強ばらせて悠斗の動向を見ている。 


「悠斗君どうしてそんな事言うの!? 幻想だなんて馬鹿げてる、サッカーの仲間は現実でしょ」


「こっちが仲間だと思ってても相手がそう思ってるとは限らないって言ってんだよ! お前と俺みたいに!」


 悠斗の尻尾がヒュンと音を立てて屋根瓦を叩き割った。


 ガラガラと砕けた瓦が滑り落ち地面で砕ける音がする。シャイアは皐月から手を離さず下に目をやって、誰も巻き添えになっていないことを確認した。


「何言ってるの? 悠斗君、沢山友達がいたじゃない」

「あんなの皆嘘っぱちだ! 皆上っ面ばかり良い奴で、みんな自分の事しか考えてない!」


 悠斗の心の中に、洞窟で結晶が見せた様々な場面がよみがえる。


「そんな事無いよ。皆お見舞いに来てくれてたでしょ」

「お人好しの世間知らず!」


 徐々に目がつり上がっていく悠斗の表情に皐月は絶句する。「世間知らず」図星を突かれて言葉が出なかった。


「俺が病気になってポジション奪って喜んでた奴を知ってる!」

「そんな事ないよ! 早く戻って来てって、早く病気治してって言ってくれてたじゃない」

「嘘に決まってるだろ!」


 ブウォン!


 音と共に何もない空間に映像が浮かび上がる。それは薄く丸い鏡のように、ユニフォームを着た学生達を映していた。彼らは楽しそうにプレーをしている。


「とにかく、一旦ゾンビ騎士達をどこかにやってくれないか?」

「うるさい!」


 シャイアの提案ににべもない。


「ここで何がしたいんだ? ゾンビを殺して楽しんでるだけ?」


「ああ、そうだ。別に構わないだろ、ゾンビなんて誰にも歓迎されないウイルスか癌細胞みたいなもんだ。駆除して何か問題でもあるかッ!?」


 何も言えず皐月は黙っていた。


「ゾンビなんて全部駆逐してやる! こんな村なんて消してやるさ!」

「止めて!」


 ウォン!


 音がした途端、皐月の数歩前の屋根に穴が空いた。

 いや、違う。消え失せたのだ。


 ウォン! ウォン!


 後退した皐月を追うように屋根に次々と穴が穿たれていく。


「マズいな」


 皐月の手を取って後ろへ逃げながら呟くシャイアは、悠斗をこれ以上怒らせないようにしたかった。


「ゾンビは人に戻せるのよ!」

「サツキ落ち着いて」

「この人達を殺すのは止めて!」


 シャイアが皐月を体ごと自分へ向かせる。


「あいつを刺激するな」

「だって、酷すぎるじゃない! 彼らが悠斗君に何をしたって言うの!?」


 身をよじって悠斗に顔を向け、皐月が抗議する。


「何の権利があってこんな事するの!? 彼らはしたい事をしてるだけだよ! 生まれ直したんだから、悠斗君は悠斗君がしたいことをしたらいいでしょ!」


 悠斗の目がかっと見開かれ瞳孔が真っ赤に燃えるのが分かった。


「したいようにしてやるさ!!」


 ドゴッ!!


 近くの建物が巨大な物に押し潰されるようにひしゃげ、唐突に消えた。


「サツキ、彼が時空ドラゴンだって事忘れてないか?」


 バゴッ!


 家がもう一つ消えた。

 真っ赤に燃える目で皐月とシャイアを見据えて、悠斗がゆっくり屋根の上を近づいてくる。冷や汗をかきながらシャイアは悠斗の後方の空に目を移した。


 明るくも空は雲に覆われ、光の加護を得られそうにはなかった・・・。


 





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