第26話 「 ゾンビに心寄せる 」
皐月は走った。
テラスの手摺りを乗り越えてしまうかと思うほど。もう、どんなに急いでも助けられるはずもないのに。
手摺りから身を乗り出す様に見下ろした皐月は、ぴくりとも動かないヒューイットの父親の姿を見た。彼は地面に張り付くようにして本当の死を迎えていた。仄かな明かりの中、破けた服の端を風になびかせて。
「ゾンビが自殺するとは思わなかったよ」
直ぐ側からシャイアの声がして皐月はびくりと肩を震わせた。
「シャイア・・・!」
「首折れてるね。お見事・・・って言ってあげたらいいのかな」
淡々と話すシャイアの言葉が引っかかる。
「意志を持つゾンビなんて笑える。人間っぽさを残す事で気付かれることを遅らせようとしたのかな」
皐月の表情が見る見る強ばっていく。
「何が笑えるの!?」
「え?」
「ゾンビが意思を持ってて何が可笑しいの!?」
皐月の言葉に困惑するシャイア。
「そう言う意味じゃないよ」
「どういう意味よ!」
「言い方が悪かった、すまない。君もゾンビだったね」
謝りつつ少し突き放したようなシャイアの言葉が皐月の心に刺さる。
強情そうな皐月の表情にシャイアが声を抑えて反論した。
「意地悪な言い方だった・・・。でも、意志があるなら人は襲わないと思う」
「好きで襲ってるんじゃないよ」
ゾンビになった村人達の事が皐月の脳裏に浮かぶ。
「意志がないわけじゃないッ。心を失った訳じゃないよ! ゾンビは・・・彼等は理性を失ってるかもしれないけど! 失ってるかもしれないけどッ・・・!」
「サツキ・・・落ち着いて」
声を荒らげて食ってかかる皐月とは反対に、冷静なシャイアの声が皐月の
「花が好きな人は花の世話をしてたし、本が好きな青年は本を無茶苦茶読んでた! 我が子を愛おしそうに抱きしめてあやし続けてたゾンビだっていたのに!!」
「サツキ、泣かないで」
「泣いてなんかッ・・・」
涙をぼろぼろとこぼしている自分に気付きながら涙を止めることが出来ない。
「彼等は・・・自分を止められないだけだよ・・・。したい事をしているだけ。食べたい、愛したい、心の向くまま花を愛でていたい。どっぷり好きな本を読むだけに時間を費やしたい・・・・・・。心残りをやり尽くしているだけ・・・」
ああ・・・、彼等は私と一緒。
したいことを、やり残したことをしているだけ。
私は生きたかった。
病気に自由を奪われない体が欲しかった。
次の人生でやり残したことを全部やり尽くしたいと、心の何処かで願った。
「サツキ・・・」
シャイアは切なそうに皐月を見つめた。
「分かるよ・・・シャイア。意識がありながら人を噛み殺すのは辛いって思うよね、意識が無いと思った方が気が楽だって。でも・・・」
でも、ゾンビになると人間が美味しい食べ物にしか思えないんだよ・・・と言い掛けて口ごもる。
ヒューイットの香りに惹かれ噛みつこうとした時のこの上もない幸せ、極上の心地よさが心の端をよぎった。
あの時、私は確実にゾンビになっていた。
美味しい焦げ目の付いたチキンの丸焼きを「どうぞ」と差し出された飢えた人のようだった。
あの時、ヒューイットが声をたてなかったら。彼が名前を呼ばなかったら今頃どうだったか・・・。彼の声でグロリアが目覚め、ゾンビに支配された心を引き戻すことが出来た。
そして思い出す。
カルバンを連れて外に出た時、出くわしたゾンビがカルバンの声に反応して一瞬動きを止めた事を。
「でも・・・抵抗する事もあるの。止めてって言ったら一瞬・・・一瞬だけだけど動きを止めるんだよ。私、見たの。精一杯抵抗してた、ほんの一瞬の事だけど・・・・・・本当だよ」
シャイアは肯定も否定も出来ずただ見つめる。
今まで何度もゾンビに出くわしたが声をかけた事は無かった。
「きっかけがあれば、思いとどまるきっかけさえあれば止められるの・・・」
少しずつ喋りのテンポが落ち、張り上げる声が穏やかになって、皐月は黙った。
押し黙ったままの2人の顔を朝日が照らし出していく。最初に会話を再会させたのはシャイアだった。
「君の見た人達は何処にいるの?」
穏やかな声だった。
「ファンダルと言う村よ」
「ああ」
シャイアが目を落とす。
「生き残りは何人?」
黙って首を振る皐月に「そうか」と言って、シャイアの表情が曇る。
「楽しそうにしてた?」
見つめる皐月に「意地悪な意味はないよ」とシャイアが付け足す。
「楽しそう・・・と言うか、ある意味・・・充実しているって言った方が近いのかな」
「充実している、か」
シャイアが苦笑いを浮かべる。
「皮肉なもんだな・・・・・・」
また、2人の間に沈黙が生まれた。
「グロリウスは? 無事かい?」
会話の糸を紡ぐように尋ねたシャイアに、皐月は困った顔を返す。
「君の・・・グロリアのお父さん」
「ああ」
皐月は首を傾げる。
「分からないんだね」
「私は、彼女のお父さんの顔を知らないの。彼女はヒューイットの事で混乱していて・・・」
「そうか」
また会話が途切れた。
シャイアが太陽に背を向けて手摺りに背を持たせかける。皐月は彼の横で太陽が明るくしていく空を見ていた。同じ場所にいながら違う景色を見て佇む。
「僕が、今持っているのはラシュワールに伝わるドラゴンの力だけじゃないんだ」
シャイアの横顔に顔を向け、皐月は話の続きを待つ。
皐月に目を向けたシャイアも太陽に体を向き直し、皐月と共に明るい空に目を向けた。
「訳あって、東の国でドラゴンを討伐して来た」
口を半開きにして見つめる皐月を見て、シャイアがくすりと笑う。
「勇者様に見えないだろ?」
「ああ・・・その、なんて言うか・・・」
「いいよ、無理しないで」
腰に下げてあった剣を手に取って、皐月にも見えるようにしながらシャイアは剣を眺める。
シャイアの剣もラシュワールの剣に負けず劣らず良い細工の施された剣だった。目立ちすぎない程度に、配置よく宝石が散りばめられている。
「この剣はラシュワールの聖剣ではないけれど、新たなる聖剣となった。これで我が国の聖剣は4振りとなったという訳だ」
「貴方も勇者として王様になるの?」
シャイアが笑顔を見せる。
「勇者だからと言って誰でも王様になるわけじゃないんだよ」
「そうなの?」
「それに、僕は王様って柄じゃない」
皐月が苦笑いし、シャイアも同じように笑う。
「聖剣を使うとどの聖剣でも魂を救えるものなの?」
「どうかな・・・」
シャイアは首を傾げる。
「勇者ラシュワールが倒したドラゴンは光のドラゴンと言って、清浄と解放の力を持っている。だからラシュワールの聖剣は光を持って大地を清め、ゾンビに囚われ天に昇れない魂を解放するんだよ」
黙って皐月が頷く。
「僕が倒したのは冥界と天界の間で生まれると言われている、ヘルドラゴン」
「ヘルドラゴン」
シャイアは手摺りに置いた皐月の右手を手に取って、手首の甲に付いた細い傷を親指でそっと撫でて見せる。彼の親指が通過した後には傷跡は跡形もなく消えていた。
皐月は不思議な光景に驚き瞬きを忘れて見つめる。
「死と再生の力を持っていて、ゾンビに正当な死を与え再生のために魂を天へ送る力。 ーーーそれは、在るべき状態へ戻す事をも意味している。だから、ゾンビを人として生き返らせることが出来るんだ」
皐月の瞳が大きく見開かれる。
「ゾンビを人へ!?」
(あの村の人達を人に戻せる!)
皐月の瞳の奥に光が灯るのを見て、シャイアが首を振る。
「いやいや、待ってくれ。それはちょっと・・・」
「まだ何も言ってないでしょ」
「村人を全員人に戻せと言いたいんだろ?」
「話が早いわ!」
皐月は自分の右手を握るシャイアの手を握り返し、両手で包んで見つめ返す。
「冗談じゃない」
「そう、冗談じゃないわ。皆喜ぶと思う」
シャイアは降参しましたと言うように両手を上げて後ずさっていく。
「何で逃げるの?」
「いやぁ・・・」
「折角身につけた力でしょ? 使わなくてどうするの?」
「村人全員なんて無理だよ」
「休み休みしたらいいんじゃない?」
シャイアは右手を頭に添えて頭が痛そうな顔をしている。
「1人再生させたら、次は2・3ヶ月は力は使えない。それにね、生き返らせることが出来るってだけで、同時に怪我も治ってしまうわけじゃないんだ」
「そんなに間隔を空けないといけないの?」
皐月は探るように聞く。
「嘘じゃないよ。僕はドラゴンの力を授かったけれど、ドラゴンじゃないんだ。同じ様には行かない」
しぶとくシャイアを見つめる皐月。
「大怪我でも治すことは出来るよ。でも、生き返らせた上に大怪我を治すだけの余力はないんだ。折角生き返らせても怪我のせいで死んでしまったら意味がないだろ?」
「ゾンビの内に怪我を治してから生き返らせたら?」
シャイアが苦い顔をする。
「ちょっとした切り傷くらいならゾンビでも治せるってさっき分かった。君の体でね」
考え込む皐月をシャイアは見つめる。
「前にやってみて大怪我のゾンビは無理だと分かってる。生きた体じゃないと力を活かせない。人の怪我を治すだけならジャンジャン使えるよ。でも、生き返らせるのは桁違いに力を使うんだ。何と言っても、黄泉の世界から世の
黙ったままの皐月に背を向けて、シャイアが部屋へ戻りながら言った。
「まずは館へ行こう。グロリアスの事が気になる」
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