第27話 「 表裏する面影 」
「シャイア、待って。ヒューイットを埋葬する時間をちょうだい」
皐月は慌ててシャイアの後を追って部屋に入る。
シャイアが手をかざしてベッドの横を歩くと、横たわったヒューイットの体が見る間に氷に包まれていく。それは、まるで透明な氷の繭にくるまれていくよう。
「わぁ~・・・」
「僕が死なない限り、彼は永遠に氷の棺の中だよ。安心して」
「凄っ!」
目を丸くする皐月をシャイアが見つめている。
「何?」
少し淋しげに、シャイアは首を振って扉へ歩き始めた。
「どうしたの?」
「・・・いや。ただ・・・」
「ただ?」
「ーーー感謝の言葉とか・・・グロリアから聞けるかと・・・」
やや小さな声でそう言ったシャイアの背が、皐月には淋しそうに感じられた。
「この場所に光の祝福を頼む」
シャイアの言葉に従い、皐月は聖剣を天へかざして光を放った。何処からも魂の光は上がらず、改めてこの場所に動くゾンビはもういないのだと再確認した。
2頭の馬を並べてラシュワールの館へと向かう。
しばらく走った頃、皐月が口を開いた。
「ヒューイットのお父さんが話した事、聞いてた?」
「聞いたよ」
「どの部分から?」
こちらへ顔を向けないシャイアの横顔を見つめる。
「・・・多分、最初から」
「え!? どうしてあそこに私がいるって分かったの? 着けてたの?」
「そんな事しないよ。目が覚めたら君が部屋に居なくて、あそこしか思いつかなかっただけだよ。階段の上から君の声が聞こえて、急いで向かった」
腑に落ちた顔をして皐月が軽く頷く。
「どう思う? 翼のある男の事」
シャイアはしばらく黙っていた。
「多分、妖魔だろう」
「妖魔って・・・こんな小細工みたいな事するの? 花の種渡したり・・・。ゾンビを増やして何がしたいのかな」
「裏で糸を引いている黒幕がいるんじゃないかな」
「黒幕?」
「あの種は普通じゃなさそうだ。品種改良したか魔法で力を変化させたものだと思う。妖魔はずる賢いけどそこまでの力はないし、彼等は手間と時間をかけるより結果を早く知りたがる所があるからね」
ふーん、と鼻を鳴らし皐月は頷く。
「ヒューイットは花を何処に移したんだろうね・・・」
皐月は透明な氷の中で穏やかに横たわる彼の姿を思い出す。
「館の敷地内か近くの場所じゃないかと見当をつけてる」
「どうして?」
「君から聞いた話によるとヒューイットはグロリアを連れ出すために館に居たんだ。父親が傷を付けた人達が弱っていくのも知っていた。きっと隠れて見ていたに違いない。立ち働く人達が気にしていなかったと、そう言ったんだろ?」
「うん、そうだね」
「少し騒ぎになれば良いと思ってたなら、それほど多くの人をゾンビにはしたくなかっただろうし・・・。直ぐに騒ぎが収束するように、良い頃合いで花を切り捨てよう考えていたに違いない。花さえ切れば一網打尽に出来るからね。そう考えると、なるべく近い所に移すと思うんだ。僕ならそうする」
「何故ヒューイットは花を切らなかったのかな。大変な事になってるのに」
シャイアが皐月に一瞥を投げる。
「想定外の事が起こったからだろうね」
「あ、グロリアがゾンビに傷つけられた・・・から」
黙って頷くシャイア。
「館で聖剣の光を放ったけど、大地は清められても花は死なないの?」
「はっきりしないけど・・・。花は、花だからなぁ」
「毒があっても花に罪は無し・・・みたいな事?」
「自然界に存在する物だからねぇ。もしかしたら、まだ僕らが知らないだけで、薬草みたいに使い方次第で何か良い効果を得られるのかもしれない」
「なるほど」
ベッドに誘ったりするチャラい男かと思っていたが、案外しっかり物事を考える人なのだな・・・と、皐月は彼を見直す事にした。
「あのね・・・シャイア」
シャイアがちらりとこちらに目を向ける。
「致命傷の少ないゾンビを集めて、その人達だけでも人に戻せないかな?」
彼は黙ったままだ。
「今、騎士が2人で村を封鎖しているの。そのままあの村をゾンビ村として隔離場所に使えないかな?」
花を愛でるフラナガンの妹や本を読む青年の姿を皐月は思い出す。
「グロリアスの統べる土地だ。その件は僕にではなく、彼にするべきだね」
「貴方の力を借りないわけにはいかない。賛成してくれる? 力を貸してくれる?」
少しファースティーの足を早め、シャイアの顔を見ることが出来るように前に出る。
渋い顔をしながら黙っているシャイア。
「ねぇ、お願い」
(彼が他界していたら自動的にグロリアが当主だ。そうなれば、彼女の願いは直ぐに叶うだろう)
そんな事を考えてシャイアは黙っている。
「お願いよ、シャイア」
今までに何度も見たグロリアのお願いの表情に、シャイアの心が揺れた。
(彼女はグロリアじゃない・・・)
そう思いながら、断り切れぬ自分がいる。
(また、頼みを聞いたなら、あの笑顔を見れるだろうか・・・)
懇願する皐月に大きな溜息をついたシャイアが「分かった!」と、怒ったように短く言った。
「有り難う! シャイア」
華やかな彼女の笑顔にシャイアの表情も緩む。
「その顔で頼み事をしないで欲しいな・・・」
微かに染まる頬を隠すようにそっぽを向くシャイア。
「え? 何? 聞こえなかった」
ぼそりと口にした彼の言葉を耳にしながら、皐月は知らぬふりで聞き返す。
「何でもない」
目を合わさず口を真一文字にして、真っ直ぐ前を向くシャイアが可愛くて皐月はくすりと笑った。
「優しいのね。有り難う!」
明るい声につい惹かれてシャイアの目が皐月に向かう。
満面の笑顔でもう一度お礼を言う皐月からシャイアは目が離せない。喜びと切なさの混ざった表情の後に、シャイアは柔らかな笑顔を皐月に返した。
一瞬、全ての事が夢だったのではないかとシャイアは思った。彼女は皐月ではなくグロリアなのではないか・・・と。
皐月は、シャイアが好きな人の頼みを断れない人なのだな・・・と思い、グロリアのお願いをあれこれと聞いて上げるシャイアを想像して微かに嫉妬を覚えた。
片思いはしたことがある、でも、甘えたりするような恋人未満の関係は経験したことがない。
(グロリアは贅沢だなぁ・・・。彼氏が居て自分のことを愛してくれる上に優しく願いを聞いてくれる人もいるなんて)
馬を横につけて足並みを合わせて走り続ける。
時折、盗み見るようにシャイアの横顔を見ていてふと気付く。
何処かで見たような気がしていた顔立ち。それはテレビで見たストームというアイドルグループのMJと言う人に似ているのだ。少し中性的で少年っぽさが隠れていて、シャイアの顔立ちはシャイニーズ系アイドルの爽やかハンサム青年の系統だと思った。
(シャイアがシャイーニーズアイドル・・・、まんまな感じで受ける)
皐月は含み笑いを浮かべる。
天然パーマなのか、栗色の猫っ毛の毛先がくりんと巻いているシャイア。皐月はパーマもしたことがなかった。自分の髪をアイロンで巻くことすらしていないことに思い至り、少しくらいお洒落をすれば良かったと後悔の年が浮かぶ。
(キツすぎない自然なウェーブのショートヘア、羨ましい)
全身黒ずくめだと思っていたシャイアの姿は、明るいところで見ると濃紺でまとめていることに気付く。彼の身につけている服は洗練されたデザインでさり気ない品を感じさせる。やはり、ある程度高い家柄の出かもしれないと皐月は思う。
(そう言えば、グロリアのお父さんの名前を呼び捨てにしてた。ラシュワール同士ならそう言うものなのかな? ラシュワール一族は末端でも高い家柄として存在しているのかな?)
館へと走り続けるファースティーとは違い、乗っているだけの皐月は暇に任せて頭を巡らす。
「そんなに見ないでくれないか?」
「え?」
気付かず見つめ続けていた皐月の視線に耐えかねて、シャイアがとうとうそう言った。
「人の目に晒されることに慣れてはいるけど、こんなに間近で見つめられ続けるのは流石に居心地が悪い」
そんなに長い間シャイアの顔を見ていたのだろうかと、皐月は目を白黒させた。
「い・・・いいじゃない。グロリアに見つめられてるって思えば。幸せでしょ?」
シャイアが呆れた顔をする。
「グロリアはそんなはしたない事はしない。それに、グロリアならもっと品のある乗り方をするよ」
「何よ・・・!」
皐月が頬を紅潮させる。
「グロリアは愛らしい人だけど、子供っぽくはない」
「私が子供っぽいって言うの!?」
「ほら、すぐ怒る」
「怒ってないわ」
「怒ってる」
「怒ってないってばッ」
シャイアが眉を上げて「ふ~ん」と言うように流し目で皐月を見ている。
「もぉ!」
その後は、ずっと黙ったまま馬を駆る2人だった。
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