第28話 「 日和見鳥 」
湖の遠浅になった部分で足を浸け、2頭の馬がゆったりしている。グロリアの馬ファースティーとシャイアの馬カドラルだ。
2頭が尻尾を水面につけて水を飲む姿を眺めながら、本日2度目の休憩を取っていた。
シャイアがビスケット状の携帯食を口にする横で、皐月も草の上に腰を下ろして馬達を眺めていた。
「本当にお腹空かない?」
最初の休憩でもそう聞かれた。
「空かない」
皐月は笑ってみせる。
「シャイアこそ、飽きない? 他のは持っていないの?」
相変わらず同じ物を口に運びながらシャイアが苦笑する。
「案外好きなんだよ、素朴な感じが。 ーーーところで、このまま普通にしてて欲しいんだけど・・・」
何だろうと皐月がシャイアに顔を向ける。
「僕らずっと付けられてるよね。気付いてた?」
「え? うそっ」
周りに目を走らせようとする皐月の頬に手を添えて、探すな・・・とシャイアの目が止める。
「気付いてなかったか・・・。こういう場合、気づかぬ振りをしていた方がいい。相手の出方を見るんだよ」
そう言ったシャイアが皐月を草の上に押し倒して覆い被さってくる。
「なっ!」
「静かに・・・」
シャイアは皐月の肩に手を添えて彼女が起きあがるのを止め、彼女の唇に人差し指を乗せる。そして、言葉を継いだ。
「僕を見る振りをして空を見てごらん」
にっこり笑うシャイアに疑いの目を向けながら、皐月は彼が背を向ける空へ目線をずらす。青空に黒い点が見える。
ゆっくり円を描いて浮かぶそれは、羽ばたかず猛禽類の様に風を掴んでゆっくり旋回していた。
「僕には鳥のように見える。でも、つかず離れずずっと付いて来る」
(いつの間に周りを確認してたんだろう? 背後ならともかく、空まで・・・)
そんな事を考えながら皐月は空に目を凝らす。
じっと集中して見ていると、小さな点がズームアップされて大きくなっていく。不思議な感覚だ。
(ヒューイットを見つけた時みたい)
そう思いながら見つめる。
「鳥よ・・・コウモリみたいな、尖った角のある翼に見える。でも、羽・・・赤い羽毛が生えてるみたい」
不意に髪を撫でられて、皐月の目が空からシャイアの顔にフォーカスを移す。彼の瞳は森を写す静寂な湖のよう。その中でグロリアの瞳が虹色に輝いているのが見えた。
「なんて綺麗な瞳なの?」
「なんて綺麗な瞳なんだろう」
2人の呟きがシンクロする。
囁くようなシャイアの声に包まれて、皐月の目がシャイアの顔を作るパーツをひとつひとつ捉えてゆく。緑がかった透き通った青い瞳が、白い肌に映えて美しい・・・と見惚れてしまう。
皐月の頬に当てたシャイアの手がそっと顎のラインを撫でて、親指で皐月の唇に触れる。
シャイアの瞳が皐月の目から唇へと流れて、我に返った皐月が声を上げようと口を開いた。
その時、別の声が割って入る。
「いちゃついてんじゃねえぞっ!」
「くっくっく・・・」
地面に顔を付けるようにして、声を殺して笑うシャイアの声が皐月の耳をくすぐる。
「シャイア、笑ってる場合じゃないでしょッ」
皐月はシャイアの体を押しのけて声の主を探そうと体を起こしかけた。しかし、肩を震わせて笑うシャイアが覆い被さったままで起きあがれない。こんな体勢で襲われたら・・・と焦る皐月とは反対に、シャイアは落ち着いている。肝が据わっているのかこんなことに場慣れしているのか。
「笑うな!」
甲高い声が腹立たしそうに叫んだ。
「ごめんごめん。背中から刺されるかと思ったらゾクゾクしちゃってね」
シャイアは皐月から体を離し、彼女の横で添い寝をするように体を横たえて、片手を頭に添えてそう言った。
彼の見つめる先に目を向けると、少し離れた高い木の枝の上に先程見た鳥が居た。高い空の上からいつの間に降りてきたのか。
「
穏やかなシャイアの声が皐月を落ち着かせる。
「日和見鳥はドラゴンや妖魔に使役されることが多いけど、飼い慣らせば伝書鳩のように使える。鳥を介して直接返答を聞ける分伝書鳩より重宝だよ。 ーーーただ、常に満腹にしてあげないと餌をくれた別の人に主人を鞍替えしちゃうのが、玉に傷なんだけどねぇ・・・」
「ごちゃごちゃうるさい!」
寝ころんだまま、皐月の耳元でそっと話すシャイアに鳥がじれる。
「顔が見たいか? まだ直接会ってやらない、お楽しみは後だ」
鳥の口から発せられる耳障りな声は若い男のもののようだ。20歳前後くらいだろうか。インコよりも機械的な音質が、見た目が精巧なロボットを見る様な奇妙さを醸し出している。
「キスの邪魔をした上に挨拶らしいあいさつもなく、お楽しみは後・・・だなんて。不作法過ぎやしないか?」
のんきな事を言っているシャイアの声に被って、馬のいななきが聞こえる。
「暇そうだから、挨拶がてら
ゆるりと立ち上がるシャイアの横で皐月が慌てて起きあがる。
「名を名乗る気もないんだね。近頃の若い子は・・・なんて、年寄りみたいな事言いたくはないんだけどなぁ」
彼の見つめる先にゾンビ騎士が4体。7メートル程先に横並びに立っていた。
「こんなに近くに来るまで気付かないなんて・・・」
驚く皐月の目の前で4体のゾンビ騎士が引き抜いた剣を揃え、スラリとこちらへ向ける。
皐月が咄嗟に、聖なる光を放とうと聖剣へ伸ばした手をシャイアが止めた。
「村に影響がある」
耳打ちするシャイアの言葉を待たず4体のゾンビが同時に剣を繰り出す。
「下がってッ」
前へ出るシャイアに後方へ弾かれ、皐月は参戦するか躊躇した。皐月の聖剣が魂を救えるのは光でのみだ。切る事では魂を救えない。
シャシャシャン!!!!
真っ直ぐ伸びて来る4本の刃をシャイアが左へと横に払う。
力を受け流した右端のゾンビがコンパクトに回転して横なぎに剣を繰り出して来た!
ジャギィーン!
刃の研ぎ合う音が響く。
右払いして空いたシャイアの左に向けられた3つの剣筋を皐月が払い、2体が皐月へと向きを変える。
その間にシャイアが一体をしとめ魂が抜けていく。
倒れる騎士の音を背後にシャイアが2体目に剣先を向ける。
グゥワァァッッ!!
倒れたゾンビに一瞬目を向けたゾンビ騎士が、唸り声をあげて下段から斜めに剣を振り上げ間合いを詰めてきた!
シャイアが銀光を身軽に避けて背後に回り上段から振り下ろすのを間一髪で騎士が跳ね返す。
直ぐに2撃3撃と繰り出され、シャイアは後退りしながら全て打ち返していく。
皐月は2体を相手に苦戦していた。
ただのゾンビとは違い騎士ゾンビが同時に2体となると、一撃で・・・とはいかなかった。剣を交えながら致命傷を与えず相対するのは少々難しかった。それでも1体の腕を切り落とし、もう1体の利き腕を切り落とす事は出来ていた。
ギィィーーーンッ!!
金属の折れる音が鋭く響き、皐月の顔の直ぐ側を白銀が通り抜けていった。
グウォォッッ・・・・・・!
断末魔の後にドサリと重たい物が地面に落ちた音が耳に届く。次いで布と肉の切れる音がして皐月の前のゾンビ騎士2体が真っ二つに切断されて地面へと転がった。
ふたつの魂が踊りを踊るように跳ねながら空へと上っていくのを皐月は目で追った。
「ごめんよ、危なかったね」
シャイアが皐月の腕をそっと撫でる。
「大丈夫・・・」
亡骸を見下ろす皐月の横でシャイアも彼等に目を落とす。
「ちっ、あっという間だな」
甲高い声が舌打ちをする。
「今度合うときには豪勢な戦いをさせてやるよ。殺しがいがあるぞ、楽しみに待ってろよ」
そう言って赤い翼の鳥はギャハギャハと嫌な笑い声をたてる。その姿を皐月が睨みつけた。
「ゾンビにした騎士は後何人いるの!?」
「沢山さ」
「沢山ってどれくらいなの!?」
皐月の質問に鳥の声が微かに苛立つ。
「沢山は沢山だ! いちいち数えるもんかッ、後でお前が数えればいい」
「人の命をなんだと思ってるのッ!」
「うるさいッ、死んだ奴の事なんてどうだっていいんだ!!」
「どうだって良いなんて事ないッ」
声を荒らげる皐月をシャイアが押し留める。
「ゾンビになる前は生きてた! あなたのせいで死んだのよ! あなたが殺したんでしょ!?」
「うるさい!」
「人殺し!!」
「黙ってろッ!」
「何の理由があってこんな事するの?」
「うるさいッ」
「人の命をなんだと思ってるのッ!!」
甲高い声に怒りがこもる。
「黙れッ!!」
「黙らないわ!」
「落ち着いて」
制するシャイアの声が優しすぎて皐月の耳に届かない。
「大切な命をこんな風に扱うなんて許せないッ! ゾンビになったって、まだ命の火が残ってるのよッ!!」
「他人の命なんかどうでもいい!!」
「何ですって!?」
皐月が一歩踏み込み、シャイアが抱きすくめる。
「皆まだまだ生きたいと思っているのに・・・!」
皐月の言葉に被せるように鳥が叫ぶ。
「あんな姿で生き続けて良い事なんてあるもんかッ!!」
その言葉に息を飲み、皐月がぐっと歯を食いしばる。
確かに、ゾンビのまま存在するより安楽に天国で過ごす方がいいだろう。でも・・・と皐月の心がもがく。
「あんたが・・・、あんたがゾンビにしたんじゃない!」
悔しさに涙が溢れる。
わずかでもそこに魂があるなら、その命を面白半分に
「相手にするな」
シャイアの声は聞こえている、分かっているが許せない。皐月はギリッと歯を鳴らす。
「生きたい気持ちを握りつぶすような事は許せないッ!」
「ゾンビのくせに生きる事に固執しやがって!」
「生きる事に固執して何が悪いの!?」
「黙れ! ーーー 皐月ッ!!」
はっとした。
皐月もシャイアも固まって鳥を見つめる。
「こいつ、サツキの事を知ってる・・・!」
シャイアが独り言のようにそう呟いた。
立ち尽くす2人を置き去りに、赤い翼の鳥が飛び立って高い空へと消えて行く。
辺りが静まりかえる。
シャイアに抱きしめられるままに皐月も彼に腕を回す。不安に波立った胸のざわつきが収まらず、しばらくそうしていた。戻ってきた馬達に頬を撫でられて、ようやく館へと気持ちを向けることが出来た。
彼等の立ち去った後には、ランンスロウの紋章を腕に付けた騎士達の
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