第6話 「 慟哭 」
一睡もしないまま、夜は明けた。
最初に過ごした夜のように悲鳴が聞こえることはなかった。静かすぎる夜の中、この建物の周囲に生きている人間はもういないのかもしれないと皐月は思い始めていた。
クリスタは当たり前に朝食をねだる。
餌入れの底が見え始め、ストックを探したが部屋の何処にもなかった。通常ならば、きっと使用人かもしくは自分で餌を継ぎ足すのだろう。
尻尾を皿に入れカリカリと美味しそうに食べる姿も見慣れ、クリスタも警戒を解いて香箱座りをしている。
相変わらず皐月は空腹を感じなかった。
「クリスタ、餌が無くなりそうだよ。どうしようか」
皐月の問いかけにクリスタはじっと見つめ返す。
「猫を飼ってる人は猫が人の言葉が分かるって言うけど、クリスタは私の言ってること分かる?」
黙ってこちらを見つめるクリスタを見て皐月は苦笑いした。
もし言葉が分かるとしても、皐月にどれだけ気を許しているのだろうか。あまり警戒をしていないように見えるが、撫でさせるほど信用しているかは定かではなかった。
皐月はクリスタに話しかけるのを止めて、日課のようになった窓の外の観察を始めた。
ラビリンスを抜けられずに
どれくらい経っただろう。
太陽は頂点を越えて地平へと帰り支度を始めていた。それだけの時間外を見つめていたが、人の姿はとうとう1人も目にすることは出来なかった。
そして、皐月はあることに気付いた。
「夜より動きが鈍い気がする・・・」
確証はなかった。日が経ち劣化が進んで動きが悪くなっているとも考えられた。
数も減ってきているように思えたが、それもどうなのか。
皐月はもう一度ラビリンスを隅から隅まで観察した後、ルーティーンのように窓を開け下にそっと目を向けた。怖いもの見たさだろうか、強いて見たい訳ではなかったが女性の亡骸を確認せずにはいられなかった。
そっと下を覗き込み、そして、皐月は眉をひそめた。朝そこにあったはずなのに、赤い染みを残したまま亡骸は無くなっていた。
食べ尽くされた・・・と思いたかったが、自分で移動したと思った方が正しいのだろう。ヒクヒクと動く姿を思い出して皐月は身震いして窓を閉めた。
考えまいとしても女の亡骸が頭に浮かんだ。
「自分で移動した?」
手足を失い死んだはずの女の死体が、動物のように四つん這いになって移動していく姿が浮かんだ。まるでホラー映画だ。ブルブルと頭を振って、皐月は我が身を抱きしめた。
皐月は、左足の傷口を思い出していた。パックリと開き生々しいままで血のでない傷口。
自分もいずれは外を徘徊する動く屍になってしまうのか?
鏡に写り込む自分の姿につい目がいってしまう。
初めて見たこの世界での自分の姿が、劣化し
美しい金の髪、白磁のような肌、整った美しい顔、均整のとれたしなやかな体。
神様に感謝し喜びに浸ったあの瞬間が遠い過去のように思えた。全てがセピア色に色あせて劣化していく。
日がだんだんと西に傾くのに合わせて、皐月の心にも闇が染みてくるようだった。
部屋の真ん中で、ぽつんと椅子に座っていた。
クリスタは昼間も寝るばかりで皐月には寄ってこず、静かで閑散とした部屋の中でただ1人。黙ったまま、じっとして、時間だけが流れた。
たまに悲鳴に似た音を耳にする以外、鳥の声もなく風の音もなく、静かだった。
皐月は急に悲しくなって、心が苦しくて胸を押さえ声を殺して泣いた。
しかし、皐月の目からは一滴の涙もこぼれなかった・・・。
頑張って生きてきた。
我が儘も言わず怒りも抑え、ただひたすら病気が治ることを願って頑張った。
地球での人生は終わってしまったけれど、新しい人生を与えられたと喜んだのに・・・。
神様からの
それなのに、この仕打ちはどういうことなんだ!!
( ゾンビ? ゾンビになるの? )
( 腐れてボロボロになって
何のための転生?
( あんなに頑張ったのにゾンビだなんて!! )
ふつふつと怒りがこみ上げてきて、皐月は足に巻いた布をはぎ取り床に叩きつけた。
傷口は治る気配など全くなく、あるがままに口を開けて存在していた。
クリスタが恐ろしいものでも見るように毛を立てて皐月を凝視していた。
「何よ! 何か文句でもあるの!? 餌やってるでしょ! あんたを襲ったことがある!?」
夕日を受け全身を赤く染めた皐月を、クリスタは目の当たりにしていた。
声を荒らげてクリスタに怒鳴り散らして、皐月ははっと我に返った。
クリスタは皐月から遠く離れた場所へと逃げ、尻尾を膨らませてこちらを凝視している。
「ご・・・ごめん。 ごめんねクリスタ、私・・・私・・・・・・」
皐月が近づくとクリスタはシャアと声を立てて
恐怖を写したクリスタの瞳に愕然とし、拒絶する
両手で顔を覆い、皐月は
これほど苦しく悲しく、声をあげて泣いても涙が溢れてこない。
「何で、何でよ。 こんなに悲しいのに! どうして涙が出ないのッ・・・・・・!!」
涙を
ゾンビになったからか?
涙が出ないことが皐月の心を苦しめた。
大粒の涙をこぼして泣けたなら、思い切りそうできたなら、どんなに気持ちがすっきりするだろう。
「泣きたいのに! 何で、なんで泣かせてくれないの!?」
涙も出ないなんて・・・!
「泣かせてよ! 我慢なんて、がまんなんてッ!! もうしたくないのにッ・・・・・・」
したいようにしたい、ただ、それだけなのに
「好きなように生きたいだけのに・・・」
また我慢するだけの人生ならいらない!!
全部、全部、無くなってしまえばいい!
何もかも消えてしまえ!!
「何もかも終わりよ!!」
「 全部消えて無くなれ! 失せろーーーーーッ!!! 」
ありったけの声で叫んだ。
喉が千切れ壊れても構わないと思った。
わあああああーーーーーーッッッ!!!!!
獣のように雄叫びを上げて、力を振り絞って慟哭した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます