第36話 「 洞窟の外へ 」
「嘘だろ!? 何があったんだぁ?」
そろそろ時空ドラゴンの機嫌も直っているかと戻ってきた妖魔が、洞窟の入り口が半壊しているのを見て思わず大声を上げた。
入り口を守るように立つ400強の騎士は、相変わらず
妖魔は何が起きたのかと慌てて中へ飛び込んでいく。
天井の一部が崩壊し玉座の付近にピラミッドを形成していた。
静まりかえった洞窟にガラガラと音が響き、瓦礫の山から手が出て来て時空ドラゴン・悠斗が顔を覗かせる。身体にのし掛かる岩や結晶を自力で押しのけて悠斗は這いだしてきた。
暗闇に満ちた空間に、ひとつだけ明滅している結晶が悠斗の目に留まる。
「お願・・・です。村・・・人々を・・・」
途切れる映像と途切れ途切れの声。
皐月がグロリアスにゾンビ再生の話をしている声が悠斗の耳に届く。
「ゾンビを人に戻す!?」
そんな事で喜ばれると思ってるのかッ!?
どこまでも良い子ちゃんだなッ
苛ついた悠斗が皐月を映す結晶へ石を投げつけると、ひびの入った結晶は光を失い画像は消え失せた。しかし、平な断面の結晶が次々と明かりを灯し映像を復活させていく。
見たい映像も知りたくない事も、時間や場所もバラバラにそれぞれの結晶が映し出す映像群。
悠斗の意志に関わらず、彼の心が向いた場面が結晶の断面に現れては消えていく。彼がまだ自分の力を上手く制御できていない事は明らかだ。
「時空ドラゴン様ぁ、様ぁ、様ぁ、ぁ、ぁーー!」
遠くで発せられた声がこだまを連れて近づいて来る。悠斗は小さく舌打ちしながら立ち上がった。
「何があったんです? うわぁ、酷いことになってますねぇ」
辺りに目を走らせた妖魔が驚いてみせる。その声に面白がっている気配が含まれている事がしゃくに障って、悠斗は手近な岩を妖魔へ投げつけた。が、身軽にかわした妖魔が被害者面で近づいてくる。
「何するんですかぁ、危ないですよぉ」
「ふん、何しに戻ってきた」
何があったか分からないが機嫌が悪い。触らぬ神に祟り無し・・・と、妖魔はドラゴンの逆鱗に触れぬよう話を切り替える。
「隣の国で人騒ぎ起こしてみてはどうですか? 村の人間が突然消えた噂が周辺に広がっている頃でしょうから、皆ビビって慌てふためいて、面白いのが見れると思いますよ」
「いや、行かない」
そう言って悠斗は瓦礫を降りて行く。
人が慌てる姿などで今の気持ちはおさまらない気がした。
「どうしてですかぁ」
先ほどの提案が本気でないことは妖魔の軽い調子で分かる。細身で長身な妖魔が歩いたり飛んだりしながら後を着いてくるのを、悠斗は払い退けながら出口へと歩いて向かった。
(皐月が気にするあの村を襲ってやる! ああ、そうだ。ゾンビの姿でも生かしてやらないッ)
足を早める悠斗の後を、妖魔がヘラヘラと着いて行く。
「外に行くんでしたら、貴方様の力をちょいと使えばいいのでは? ーーーあっ! 嘘だろ? 自分だけかよっ、俺の事も少しは考えろよッ! くそっ!」
悠斗は自分だけ洞窟の外へと瞬間移動し、暗がりにひとり取り残された妖魔が声を上げた。
◇ ◇ ◇ ◇
眠れそうな気がした皐月だったが、静かな夜をまどろみながら過ごした。これほど寝心地のよいベッドなのに眠れない事がもったいない気がしていた。
朝になり、人として当然のように朝食のテーブルに着く。
(こんなに美味しそうなのに・・・)
食事を口にして皐月の心に残念さが漂う。
見た目も香りも絶対美味しいと思える料理なのに、口の中に入れた物には味がなかった。いや、皐月の口が感じることが出来ていない。ゴムか軽石でもかじっているようにザリザリごそごそとして、見た目とのギャップの大きさが、更に皐月を落胆させた。
もう、食べ物を美味しいと思いながら食べることはないのかもしれない・・・と虚しさがよぎる。
形だけ食べ物を口にして朝食を終え、部屋に戻るかどうするかとゆるゆる歩く皐月の足下に、白い柔らかな物がまとわりついてきてどきりとした。
猫だ。
「クリスタ!」
「んみゃごぉ~ん」
すりすりとまとわりつく猫のクリスタを抱き上げて頬ずりをする。
「ああ、クリスタ。いつから居たの?」
柔らかな毛が懐かしかった。
「お嬢様ー!」
元気な声に顔を向けると廊下の向こうからカルバンが走ってくるところだった。
「カルバン、どうしたの? フラナガンさんの所にいたんじゃないの?」
「お嬢様が戻ってきたって聞いたから、連れてきてもらったんです」
カルバンの後方からフラナガンが歩いてくるのが見えた。
「お嬢様、ご無事で」
「カルバンを有り難うございます」
「いえいえ」
差し出す彼の手を握って笑顔をかわす。
村の事が頭をよぎりフラナガンに向ける皐月の目が曇った。それを見て取ったフラナガンが「いいんですよ」と言うように小さく首を振る。
「お嬢様、着替えないんですか?」
「あぁ、そうね。気付かなかったわ」
カルバンが服の袖をひっぱって眉間にしわを寄せて見上げている。
「私の顔を見たら帰っちゃうの?」
「いいえ、僕ここでまた暮らします」
「え?」
皐月は耳を疑った。ここはゾンビに襲われた所で彼の両親が死んだ場所だ。辛い記憶のあるこの場所で暮らしたいとは思わないだろう・・・と皐月は思っていたのだ。
そんな皐月の考えを感じ取ったカルバンが笑顔を作る。
「僕の生まれ育った場所だし・・・。父さんや母さんのお墓に毎日花を飾れるから」
「カルバンったら・・・」
(なんて優しいんだろう)
「親離れできない子供だなんて言わないでね」
「何言ってるの、子供でいいのよ」
気丈な言葉に皐月の方が泣き出しそうな顔になって、カルバンの顔をくしゃくしゃにいじった。
「お嬢様ッ、やめてくださいよぉ! 手がカッサカサじゃないですか、肌は女の命ですよ」
「あはは、そんな事誰に聞いたの?」
誰からの受け売りなのか、ませた口を利くカルバンに皐月の表情がほころぶ。
「本当だ、肌カサカサ女はいけないな」
「シャイア」
皐月の手を取ってキスをしたシャイアが必要以上に手を撫でている。
「シャイア様、相変わらず女ったらし」
「カルバンたらッ!」
「言ったなぁ~、待て!」
驚いて目を白黒させる皐月を置き去りにしてシャイアとカルバンが鬼ごっこを初め、その場の皆から笑いが起こった。
平和だ。
部屋に籠城しゾンビに取り囲まれた館にいたときに、こんな日が来るとは思わなかった。
敵対視してきているドラゴンも光の力に館へは手を出す事が出来ず、ゾンビ再生計画も進められそうで気がかりが減り皐月は嬉しかった。
「お嬢様、私達も村へご一緒させてもらえませんか?」
シャイアとカルバンの鬼ごっこを見ていた皐月に品の良い青年が声をかけてきた。
「先ほど村へ行くと旦那様に話されているのを耳にしました」
青年の隣に立つ栗色の髪の女性が説明を付け足す。
皐月、グロリアより少し年上らしいその女性は、麗しい女騎士といった出で立ちで格好が良かった。
朝食の時に皐月が改めてグロリアスに声をかけていたのを彼らは聞いたのだ。
2人の目が許可を待つ忠実な犬のように皐月を見つめてきて、皐月は愛想笑いをしながらどうするべきか考える。この2人が何者か皐月には分からなかったからだ。
「ふたりはランスロウの御子息と御息女だよ」
カルバンを羽交い締めにしながらシャイアが助け船を出す。
皐月は「ああ」とひとり納得した。自分がランスロウで考えた家族構成が当たっていたことが少し嬉しかった。
「済みません。記憶のことを聞いていましたのに、昨日の夕食の時に挨拶もせず申し訳ありません」
「いえいえ」
兄マリウスと妹リリスが共に頭を下げ、改めて挨拶し直す。
「君達も来てくれると有り難いよ」
「シャイア様も行かれるのですか?」
「駄目?」
シャイアが皐月を見つめる。忠犬の様な顔をしているのが少し気になって、皐月は剣のある目でシャイアを見返した。
「僕は行くよ。君が気にしている村の現状を見てみたいからね」
フランクなシャイアに対し、ランスロウの息子の紳士的な落ち着きが際だつ。体躯の良い好青年。
(王子様のイメージにぴったりなのはランスロウの息子さんの方ね)
そう思った皐月の心を見透かすようにシャイアが睨んだ。
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