第15話 「 フラナガンの頼み 」
食事を終え、疲れと安心から眠気に誘われた子供達を寝かしつけ、大人達の会話が再開された。
「こんなに早くから寝ちゃったわ。夜から起き出さなきゃいいんだけど」
アリーシャが笑いながらそう言った。
「きっと朝までぐっすりさ」
「そうだといいわ」
日はだいぶ傾いたものの、空を赤く染めるにはまだ時間があった。
「あの・・・。ゾンビが来た日はパーティーがあったようですね」
「ああ」
「お嬢様のご結婚で沢山の方が招かれていたんですよ」
皐月はそうだろうとは思っていたが、少し切なく思った。皐月自身、結婚相手の顔すら知らない。
それよりも・・・。
「人生最高の幸せの時だったんでしょうね」
自分の事についてそう言うのは少し変な言い回しだが、皐月は「お嬢様」の事を思って切なかった。
きっと豪華で素敵な結婚式だったに違いない。最高の幸せからゾンビの襲撃で最悪の日になってしまったなんて・・・。
「人生最高だったか・・・どうか・・・」
「おい、今更そんなことを」
アリーシャが顔を少し曇らせ、フラナガンがたしなめると言うより諦めたような声で言った。
「お嬢様には両思いの相手がいたんですよ。身分の違いはありましたけど、とても仲良くてね」
「旦那様は身分違いを理由に別れさせたりはしないぞ」
「分かってますよ。お嬢様も納得して結婚を決めたこともちゃんと知ってます」
皐月は喧嘩が始まるかとどぎまぎしていたが、アリーシャが席を立ち会話が一端止まった。
コーヒーに似た香りがしてきて、アリーシャが飲み物を3人分持ってきた。
「もう、結婚してしまったら後戻りは出来ませんね」
夫婦の顔を交互に見ながら、皐月は苦笑いをして飲み物を手にした。
「まだ、ご結婚はなさってはいないと思いますよ」
「え?」
「ゾンビの現れた翌々日が婚礼の日になっていました。あの日は、遠路はるばる来て下さった来賓の方々へ歓迎の宴を催していたはずです」
そうか、と皐月は頷いた。
ひひぃぃーーーん
外から馬の
「誰か来たのかしら」
「館からかもしれん!」
喜び勇んで戸を開けるフラナガンに皐月が慌てた。
「ゾンビは? 周りを確認しないと」
「大丈夫です。聖剣の光は大地を清めると聞いています。ゾンビはもうこの辺りには来ませんよ」
戸口に立ち外を見ていたフラナガンが嬉しそうに笑った。
「ブラウニーだ。ブラウニーが帰ってきたぞ!」
「本当? まぁ、ブラウニーが無事だったなんて! ああ、本当にブラウニーだわ」
フラナガンの後ろから外を覗き込んだアリーシャが嬉しそうに声を弾ませた。
2人が走って行くその先に、濃い茶色の馬が
「我が家の唯一の馬です」
後から付いてきた皐月にフラナガンが説明をする。
馬を労うように、フラナガンもアリーシャも首を撫で横腹を軽く叩き笑顔を交わしていた。
「お菓子の名前だなんて変でしょ? この濃い茶色を見て娘がつけたんですよ」
皐月は笑いながら首を振った。
この世界にもブラウニーがあるんだろうか。名前が似ているだけで別の食べ物だろうか。それとも、皐月に分かりやすいように脳が和訳してくれているのだろうか・・・と、皐月は考えていた。
ブラウニーの体を調べ何事もないと分かると、フラナガンは牛小屋へとブラウニーを引いて行った。牛小屋で生き残った牛や戻ってきた牛達もチェックし、水と飼料を与えた。
だいぶ牛の数が減ったとはいえ、藁を整えたりここ数日出来なかったことを軽くしただけで、外へ出ると夕日が空を焦がし始めていた。
「お嬢様。・・・お願いがあるのですが」
「はい」
フラナガンは夕日を見つめながら願いを口にした。
「妹夫婦が離れた村に住んでいます。妹が無事かどうかが心配でなりません」
目を落とし何も持っていない掌を見つめ、すまなそうに続けた。
「今頼れるのはお嬢様しかいません。ここから館へ向かう途中で右に折れた先にある村なのですが、結構離れているので聖なる光の効果が届いていないのじゃないかと思うと心配で・・・」
「私行きます」
「申し訳ありません。そうしてもらえたら有り難い」
皐月は強く頭を振った。
「私に出来ることなら何でもします」
フラナガンは首にかけたペンダントを開き、皐月に手渡した。
「それが、私の妹です。草花が好きで、小さな花壇を花で埋めるのを楽しむようなごく普通の主婦です。ゾンビになっているなら仕方ないのですが、もしも生きているなら・・・無事なら助けてあげて欲しい。 ーーーもちろん、見つからなければ深追いはせず帰ってきて下さい」
ペンダントの中に大人しそうでいて笑顔の可愛い女性の絵が入っていた。
皐月はフラナガンにそっと返し頷いて見せた。
「分かりました。今は無事であることを祈りましょう」
顔を上げたフラナガンの目が赤かった。
「お嬢様、聖剣は館でも使われたのですか? 聖なる光を発しましたか?」
唐突に思える質問に「はい」と短く返事をした。
「それは良かった、ゾンビ達に出くわすことはないでしょう。途中まで私もご一緒します。館には私が行ってお嬢様のご無事を伝えましょう」
「光の効果が届く範囲はそれ程広くなかった。まだゾンビがいると思います」
フラナガンは皐月に笑って見せた。
「ゾンビの心配は無いでしょう、館はもう安心です」
「でも!」
「旦那様から聞いた話なので確かだと信じています」
「光の効果が有るのは直径200メートル程でした。館に着くまでに遭遇しないとは思えません」
皐月が食い下がる。
「直接ゾンビに効果があるのは小さい範囲に思えますが、光が見える範囲は土地が清められてゾンビ達がいなくなります。旦那様も正確な数字は知らないそうですが、だいたい数キロくらいとおっしゃっていました」
ファースティーの背に乗って走ってきた風景と、ここで光を放った情景を思い返したが、皐月には距離感がよく掴めなかった。
「あの日招かれた方々の中には護衛を連れた方も何人もおられたはず。館に常駐する騎士も20人はいたはずなので、私は多くの人が助かったんじゃないかと考えています。進んで戦うより守りを固めて大勢の方を救う事にしたんじゃないかと・・・」
皐月には分からなかった。
それも考えられると思いながら、それ程の護衛や騎士が居てあの血の量に疑問を感じないわけにはいかなかった。本当に大丈夫だろうか・・・と。
「今頃、きっと立てこもっていた部屋から出てきているのではないでしょうか」
あの場所に居た人達の生存については、皐月がどんなに考えてもはっきりとした答えは見つかりそうになかった。だから、フラナガンの明るい展望に皐月は乗ってみることにした。しかし・・・、行動に移すには今日はもう遅い。
これまで同様、眠気のこない皐月はずっと外を眺めていた。
空が白み始めると外へ出て、改めて周囲を見て回った。死体となった人々が10数体横たわっていた。皐月はこのまま放置して行く事に気が
子供達が目にしたらどんな気持ちになるだろう・・・。
せめて出かける前に目に付きにくい場所へ移動させたいと思った。
「結構、倒れていますね」
後ろから声をかけてきたのはフラナガンだった。
「穴を掘って埋めてあげるには時間が足りませんが、子供達の目に付きにくい所へ移動させたいですね」
皐月がそう言うとフラナガンも頷いた。
「手伝ってもらえますか?」
「もちろんです。それよりも、お嬢様の手を汚してしまうのが申し訳なく思います」
皐月は笑った。
「ゾンビを何体も切りました。既に血に汚れた体です」
「とんでもない! 尊い戦いです。彼らもゾンビのままで生き続けることは望んでいないでしょう」
フラナガンの言葉に、皐月は少し救われる思いがした。
しかし、フラナガンは知らないのかもしれない。
聖なる光を使ったときと剣で切った時の違いについて・・・。
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