第16話 「 ゾンビと偽善者 」
死体の移動に多少時間がかかったが、フラナガンが朝食を済ませると早速出かける用意を始めた。
裸馬状態だったファースティーに鞍をかける。
あれだけの死体を目にして食が進まぬフラナガンが、それでも食べ物を口に持っていく姿に皐月は気丈さを感じた。
辛そうにしながら食べる姿に声をかけられず、心で応援しながら皐月は自分の闘病生活を思い出していた。
心配そうにフラナガンの背を優しく撫で、黙って側に居るアリーシャの姿に母の面影がかぶった。
母もベッドサイドに居てくれた。
母は頑張れとか後一口、もう少し・・・と皐月を励ました。
頑張って食べた。
吐き気の波をやり過ごしながら何とか食べていた。
アリーシャの様に、穏やかに根気強く見守ってくれる人だったら・・・。
辛かった・・・。
でも・・・。
お母さんも、辛かったんだろうな・・・。
付いて行くと駄々をこねるカルバンをアリーシャに頼み、フラナガンと2人館への一本道を馬を走らせた。
軽く流すように走らせながら皐月は空の様子を気にしていた。
空は曇っている。
試しに聖剣を
「妹さんの住むという村はどんな所ですか?」
「この先の分かれ道を右に行った先は一本道で、ずっと真っ直ぐ行くと道を挟むように20軒ほど集まっているのですぐ分かりますよ。自給自足に近い村で、みんなのんきにやっています」
穏やかに人々が暮らす村にゾンビと戦える人間はいなさそうだ。そう思って皐月はフラナガンをちらりと見た。フラナガンも少し重い表情をしていた。
「農場で倒れていた死体の中に騎士の様な人もいましたね」
フラナガンが黙って頷く。
「あの腕章、どこかで見たような・・・」
「ラシュワール家の紋章に似ていますが、あれはランスロウ家の紋章です」
「ランスロウ家」
分かれ道はもう、そう遠くはない。
記憶のない皐月に出来るだけ手短に伝えられるようにとフラナガンは頭を巡らせた。
「妹の居る村を過ぎて真っ直ぐ行けばランスロウの館に辿り着きます。昔、2番目の王子が城を出るときに護衛を5人連れて行きました。そのリーダーの家系で、今もラシュワール家に忠誠を誓い騎士の育成を行っています」
皐月が頷く。
「盾と剣をバックに青いバラを中央にして左にドラゴン、右にグリフォンが立っているのがラシュワール家の紋章。青いバラを中央にドラゴンとグリフォンが立ち、それをぐるりと茨で取り囲んで外へ鋭く棘を突き立てているのがランスロウの紋章です」
遠くに分かれ道が見えてきていた。
館とフラナガン農場の真ん中とはいえない場所だったが、数分光が射したのを逃さず皐月は聖剣を天へ
これで帰り道も何の心配もないだろう。
フラナガンが頼もしそうに皐月を見ていた。
「貴方は色々な事を知っているんですね」
皐月も尊敬の念を込めてフラナガンに目を向けた。
「私は小さい時に父を亡くしまして、先の旦那様に気にかけてもらいました。今の旦那様には弟のように接してもらって、色々教えてもらいました。ここらの人間の中では一番の物知りだと自負しています」
胸を張るフラナガンと笑顔を交わし、
「無事なら必ず連れて戻ります」
そう言って、皐月はV字の分かれ道を右へと馬を走らせた。
「お嬢様・・・! 貴方の思い人はランスロウ家の庭師の息子です!」
分かれ道で離れ行く間際にフラナガンがそう叫んだ。
ずいぶんと馬を走らせ太陽が頭上を過ぎた頃、皐月はようやくファースティーの足を止めた。
川を見つけ、しばしファースティーに休憩を取らせたかった。
後どれくらい走らせれば村に着くのか皐月には見当がつかなかったし、着いたところでゾンビの驚異があっては安心して休むこともままならないだろうと考えていたからだ。
体を冷やしすぎない頃合いを見計らってファースティーに声をかけ、皐月はまた村へと走らせた。
時折ゾンビと遭遇したが、馬に追いつける者などなく後方に置き去りにして走った。程なくして建物が集まる場所が見えてきて、あれがそうかと早足で近づき程良いところで下りてファースティーを放した。
用心しながら道を歩く。
人の気配のない静かな村に皐月は嫌な気配を感じた。そうであって欲しくないとは思っていたが、建物の間からゆらりと現れたゾンビに落胆した。
空は相変わらず曇っている。
襲ってくるなと心で願ったが、ゾンビには届かなかった。
ぐわぁぁぁーーーっ!
両手を熊のように高々と掲げて男のゾンビが走って来る。
切りたくなかった。
(太陽さえあれば天へ導けるのに)
皐月はゾンビをかわし、足を払って地面へとダイブさせる。
シュン!
皐月の背後から銀の閃光が走った!
身を
「くっ!」
辛うじてかわした皐月の右手首をかすめて剣が過ぎていった。
刃先に振れた皐月の手首の背に、細く赤いラインが走った。
・・・・!!
痛みなど気にならなかった。ただ・・・、
(私の体に傷を付けたな!!)
皐月は既に失せた血が逆流する様な怒りを覚えた。
大切な体を!
傷つければ治らぬこの体に!
傷を付けられた!!!
全身が燃え上がるようだった。
咄嗟に剣を引き抜いていた。
剣を手に追撃してくる騎士姿のゾンビに、皐月も躍り掛かる!
振り上げた皐月の剣をかわし、ゾンビが剣を振るう!
後ろに下がり間合いを取りながら皐月は叫んだ!
「ゾンビのくせにッ!!」
2撃3撃と剣を合わせ、その間に再度襲ってきた男のゾンビをなぎ払う!
ギィィン!
鋭い金属音を響かせてゾンビ騎士の剣が折れ飛んでいった。
皐月は
ゾンビ騎士は
怒りが収まるとともに皐月は自分の感情と行動に心が冷えた。
私、笑ってる・・・
倒れたゾンビを見下ろして笑っている自分に、ぞっとした。
(大切な体とは言え、傷を付けられただけでこんな事をしてしまうなんて・・・!)
皐月は顔を覆い唇を噛んだ。
剣を使うゾンビに「ゾンビのくせに」と吐き捨てる傲慢さが恥ずかしく情けなかった。
(私は名を挙げようとラシュワールの血族に剣を向けるやつらと大して変わらない・・・。彼らを責められるほどの人間じゃない)
聖剣の光で魂を天へ導きたい、そう思っていた。だから切りたくないと思ったはず、それなのに・・・。
(私は・・・偽善者だ・・・)
所詮、付け焼き刃の善人。
人に助けられ守られて生きてきた人生だった。
互いに励まし合ったことはあっても、身を削って誰かの助けになったことなど無かった。
頭では良い事を考えていても、身に染みるほど深く他者を大切には思っていない証拠だ。
自分を責めて立ち尽くす皐月の前に、無邪気に「ぎゃぎゃ」と声を立てて幼児のゾンビが家の中から現れた。血の臭いに誘われたか動き回る気配にか、幼児のゾンビがよちよちとこちらへ向かって走って来るのが見えた。
左側頭部に大きな傷を負った幼子は、無邪気な笑顔で歩き「 抱き上げて 」と言わんばかりに両手を差し出しやって来る。真っ直ぐ皐月を目指して・・・。
こんな無垢な者までゾンビにされてしまうなんて・・・
切なくて皐月は顔を歪めた。
目をそらしその手の触れる前に木の塀に足をかけて登って、屋根へと駆け上がった。
ムグァ・・・
ウギャム
せがむように両手をあげて、空をつかもうとする幼いゾンビ。
言葉にならないゾンビの唸りも、幼子の声は愛らしく聞こえて悲しみがこみ上げた。
自分がゾンビになったことも気づかぬ、あどけない幼子。大人達もゾンビに変わってしまったことに気づいているのだろうか。
魂はゾンビの体の中に捕らわれたままでそこにある。
太陽は隠れたまま、今日はもう雲の影から顔を見せる気配がなかった。
再び道へ下りて剣を振るう気にもなれず、皐月は屋根の上から遠くを見つめ長い間じっとしていた。
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