第17話 「 ゾンビ達の村 」

 皐月は屋内を一通り調べて生存者がいないことを確認すると、屋根の上に戻って村のゾンビ達を観察していた。


 幼稚園に通うくらいの年齢の子供ゾンビがじゃれ合っている姿を見た。時に追いかけっこし砂遊びをして、母親らしきゾンビを見ては走り寄る無邪気な姿に少し和んだ。


 子を人形のようにぞんざいに扱う母ゾンビもいれば、 赤子を抱いてあやす母ゾンビもいる。


 母がゾンビになるまでに時間がかかったのか、 母に抱かれた無傷の赤子が腐り始めていた。



 あちこちの家から酒を探してきては道端で飲んでいる男のゾンビ。

 殴り合い取っ組み合いをし続ける男達のゾンビ。

 ただ彷徨うろつき回り、動く物に飛びかかったりしているゾンビ。


 子供が側を走ろうが気にも止めず、道端で半裸になって愛し合っている者達もいた。

 乱れた男女のゾンビが互いを求め、互いの体をむさぼり食っている。あちこちに歯形をつけて肉片を撒き散らしている姿に、皐月は胸くその悪さを覚えた。


「好き放題だなッ・・・」


 たがの外れた無秩序な自由から皐月は目をそらした。

 誰も見咎みとがめる者はなく、他者の目を気にする者もいない。


 皐月は他のゾンビはどうしているかと屋根の上を移動していった。



 ふと見下ろすと、建物と建物の間に咲き誇る花が目に入った。中庭の様に作られたスペースに、石囲いをして少し大きめの半円形の花壇が作られていた。


 建物の壁につるバラを這わせ、壁に近い所から順に背の低い草花が植えられいた。手が行き届いた花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、合唱するように風に揺れている。そこだけ華やかで皐月は目を奪われた。


 皐月は周りを確認してから地面へ降り立ち、花壇に近づいた。


「なんて綺麗なんだろう」


 花を摘むつもりはなかった。

 皐月の手が花に触れるか触れぬうちに、家の中から女ゾンビが飛び出してきた。


 ぐわぁぁ!!


 もの凄い形相で雄叫びをあげる女ゾンビに皐月ははっとした!


 跳び退いた皐月の手が剣の柄にかかった・・・が、しかし、一瞬迷ったのが良かった。


 女ゾンビは花壇から離れた皐月を追っては来ず、家の中へぎくしゃくと帰って行った。ゾンビを手に掛けずに済んだことに皐月はほっと息を吐く。


 皐月は再び出て来た女ゾンビの顔を見て息を飲んだ。

 先ほどとは違った穏やかな顔に見覚えがあった。


 フラナガンの妹だ、この距離で見間違いはしない。


 立ち尽くす皐月を気に止めず、ゾンビとなったフラナガンの妹はジョウロを手に水をかける。腰をやられたのか足か・・・。壊れかかったロボットのようにぎこちなく動きながら、それでも優しく丁寧に水を与えていた。


(鼻歌・・?)


 歌う声を聞いた気がした。

 皐月は屋根の上に登ってフラナガンの妹の姿をしばらく眺めていた。


 他のゾンビ達も好き放題に時を過ごしている。


 酒飲みゾンビは飲み歩き、子供ゾンビは飽きることなく遊び回る。乱れた男女のゾンビはいまだ互いを求め合っていて皐月は呆れた。




 フラナガンの妹は椅子にかけ、花壇をいつまでも眺めていた。

 彼女の周りには、穏やかな午後の風景があった。


 風に乗って、彼女の鼻歌が微かに皐月の元へ届く。

 とぎれとぎれにおぼつかなく、時折止まっては最初に戻ってまた鼻歌を紡いでいた。


「草花が好きで、小さな花壇を花で埋めるのを楽しむようなごく普通の主婦です」


 フラナガンの言葉が耳元を過ぎていった。


「名前を聞くのを忘れた・・・」


 名を知っていたら、ゾンビになる前に出会えていたなら・・・彼女の名を呼んで話をしてみたい。きっと大人しげな声で控えめに花の話を聞かせてくれただろう。


 今となってはもう遅い事が切なく思われた・・・。






 襲う対象のいないゾンビだけの村。

 本能に任せたように、 他人の目を気にせず思い思いに好きな事を楽しんでいる。


 そこには、ある種の秩序めいたものがあるように皐月には感じられた。


「これはこれで、ある意味天国かもしれない・・・」


 わずかな羨ましさを感じた。

 他人に気兼ねせず、人の目を気にせず、心の欲するままに自由を謳歌しているような小さな世界に。




 でも・・・。


 と、皐月は思った。

 自由は自分勝手じゃない。本能のままに生きるのは、もう人ではない。


 ゾンビの体の中で、人の魂はどうしているのだろう。


 眠ったように閉ざしているのならまだいい。

 体の自由を奪われて、本能に任せ人を食らい酒池肉林に興じている自分を見続けているなら、それはきっと辛いだろう。

 


 そんな事を重う皐月の目に、ひとりの青年の姿が映った。


 テラスに置かれた椅子に体を預け、一心不乱に本を読んでいた。それこそむさぼるように読んでいた。

 椅子の周りに幾つもの本が捨てられたように置かれ、山を作り始めていた。


 何を読んでいるのかと皐月が近づくと、フラナガンの妹のように唸り皐月は追い払われた。


「君は本を読むのが好きなんだね」


 彼が気にしない距離に立って皐月がそっと言うと、彼は小さく唸った。


 ぐるる・・・


 猫が喉を鳴らすように、小さく唸る声が「そうだよ」と言っているようだった。


 皐月は人を見ると襲ってくるゾンビを避けて、再び屋根の上から彼らを見ていた。




 空は相変わらず曇ったままで、皐月の心を晴らしてはくれなかった。





 ◇  ◇  ◇


 フラナガンは皐月が村に着くより先に館に着いていた。

 ここまでの道中ゾンビに合うことはなく、館の高い塀をくぐって広大な庭を走っている間も一体も目にすることはなかた。


 玄関前の広いロータリーまで真っ直ぐに馬を走らせる。


 閉じた玄関の両サイドに騎士姿の人が立っていた。

 普段、誰でも自由に出入り出来る館の扉が閉まっていることに、フラナガンは違和感を覚えた。しかし、ブラウニーは大人しく落ち着いていた。


 そっとブラウニーの背を下りて階段を慎重に登っていく。


「あっ」

「おぉ、フラナガンじゃないか!」


 見知った騎士だった。


「無事だったのか、良かった」

「貴方様も」

「旦那様も喜ぶ。さぁ、入りなさい」


 互いに笑顔で肩を叩き合って、フラナガンは扉をくぐった。


 まだ所々に血の跡が残った廊下を、下女が一生懸命拭いていた。

 フラナガンは沈痛な面持ちで奥へと足を進め、館の主人が普段執務を行っている部屋へと向かったが、下働きの者の姿が少ないことが気になった。


「マーシュ! ああ、無事だったか!」


 フラナガンが部屋に入るとラシュワールが諸手をあげて喜んでくれた。


「アリーシャは? 子供達は? 一緒か?」


 立ち上がったラシュワールは騎士の助けを借りて、机の向こうからフラナガンの元へ歩いてきた。


「だ・・・旦那様ッ」

「私としたことが、しくじったよ」


 そう言ってラシュワールは笑った。

 右足、膝の付け根から先が無くなっていた。そして、曇り空のせいで少し暗さのある部屋の中、ラシュワールの体がラメを塗ったように光っていた。


「大丈夫、襲ったりしないよ」

「知っています!」


 ムキになるフラナガンにラシュワールはまた笑った。


「ゾンビの毒が回らないうちにと切断したんだが・・・。切らなかった方が良かったと残念に思っているところだよ」


 年齢の割にスリムでダンディーなラシュワールが、そう言って友に少年のような表情を向けた。


「旦那様、お嬢様は・・・ご無事です」

「マーシュの所へ行ってたのか! 聖剣を持ってか?」


「はい。館と農場と、その間くらいでも聖なる光の加護を授けて下さいました」


 フラナガンの気まずそうな顔にラシュワールがしばし黙る。


「あの子も・・・。私と同じに?」


 声を出せず、フラナガンは黙って頷いた。


「ゾンビ姫再び・・・だな」

「冗談を言っている場合では・・・」


 ラシュワールは苦笑いをし、フラナガンは困った顔をした。


「なってしまったものは仕方ない。幸い我らラシュワールはゾンビらしいゾンビにはならないようだ」


 明るい声でおどけたようにラシュワールは言った。

 その場にいた騎士もフラナガンも、笑って良いものかと困った顔で見交わした。


「魂を寄せようと思って婚礼を決めて、あの子も納得してくれたが・・・。上手く行かないものだな」


「魂を寄せる?」

「まぁ・・・、気にするな」


 何かを言い掛けて胸にしまったラシュワールを、フラナガンは心配した。


「ハリス?」


「・・・そう呼ばれるのは久しぶりだ。嬉しいなぁ」


 グロリウス・ハリスト・ラシュワールは、フラナガンを抱き締めて一筋の涙を流した。






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