第1話 「 死、そして変化 」

 ねぇ、死んだらその後ってどうなると思う?


 綺麗に消えて無くなるのもさっぱりしてて良い気がするけど・・・。


 少し残念。


 死後の世界があると良いなぁ。


 もちろん、それは素敵な天国前提なんだけど。


 生まれ変わりってあると思う?


 天国に行かずに次の人生スタートって事あるのかな?




 皐月さつきは朦朧とした意識の中でそんな事を考えていた。

 体中の痛みも苦しみも和らいできている様に感じていた。うっすら開いた目に映るのは病室の天井とのぞき込んでくる両親。


「皐月! 皐月! 気が付いた?! ママよ!」


 ああ、うるさい。

 そんなに顔の側で叫ばないでよ。ちゃんと聞こえてるよ・・・


「皐月! 父さんだぞッ、見えるか?!」


 くっきり、はっきりって訳にはいかないけど、ちゃんと見えてる。


「皐月! 頑張って! ああ・・・まだよ、まだ頑張れるでしょ!?」


 母さん、私ずっと頑張ってきたよ・・・・・・


「皐月! お前なら大丈夫だ。うんうん、今までだって何度も乗り越えてきたもんな!」


 父さん、何を根拠にそんな事言ってるの?


「そうね、そうよ。うんうん、もう少し頑張ろう! もうちょっと頑張ったら熱も下がって数値も良くなって、新しい治療が出来るようになるわ! 頑張って!」


 え? また何か新しい事するの?

 私、まだ頑張らなきゃ駄目?

 頑張り続けなきゃ駄目なの?




 意識が戻ったと連絡を受けた医者がやってきたのか、皐月の回りが慌ただしくなってきたのをぼんやり感じていた。



 私、お母さんの笑顔好きだよ。


 お母さんが喜んでくれるから注射も色々な検査も手術も受けた。


 お母さんが悲しそうな表情を隠しながら笑ってるの、見るのが辛いから私いつも笑ってた。


 お母さんが苦しそうな顔するから、いつも頑張って良い子にしてた。


 笑顔で平気な顔して、大丈夫って笑って・・・。


 だけど・・・。




 本当は嫌だった。




 もう嫌だって言いたかった。

 一度くらい言っても良かったかなぁ?


 家に帰りたかった。


 ずっと病院にいるのは嫌だったよ、お母さん。



「皐月ちゃん、聞こえる?」


 聞き馴染んだ担当医の声だ。それに次いで同じように馴染んだ看護師の声も聞こえてくる。

 全部聞こえていた。

 聞こえているけれど、皐月は声を出すことが出来なかった。


「皐月ちゃん、頑張ろうね。大丈夫よ、お母さん側にいるからね・・・! 皐月! 皐月!」


 私、目、開いてるのかな? 真っ暗だ・・・


「駄目!! 皐月ちゃん」

「離れて下さい! チャージ!」


 チャージ・・・。 ああ、見たことある。電気ショックのやつだ。


「もう一回!」


 あれ? 私の心臓、止まってるの?

 止まってるんだ・・・。


「頑張って! 皐月ちゃーん!! 頑張っ・・・て・・・・・・」


 ああ、お母さん。

 もう無理みたいだよ。

 真っ暗だし、体の感触何もないや。


 体がふわふわしてるみたいだよ・・・


 お母さん?


 何も聞こえなくなっちゃったよ・・・。


 お母さん、近くにいる?




 私、死んじゃうのかな・・・?


 ・・・・・・てか、死んじゃったの?


 死んじゃったの!?





 案外、あっけない・・・。


 ごめんね。

 お母さん・・・、ごめん。






 ああ、やり残したこといっぱいだ・・・

 夜遊びとか合コンとか



 そう考えて皐月はクスリと笑った。



 彼氏欲しかった。

 手をつないだり、登下校で無駄にしゃべりながら歩いてデートして、それから・・・キスとか?



 片思いは何回かある。



 看護師のお兄さんや研修医の先生、そして同じ病気で入院してた悠斗ゆうと君。





 皐月は真っ暗な中で考えることを止めて、すこし黙った。

 静かな暗闇は穏やかで、何故かほっと出来た。回りに何かあるかと手を伸ばしてみても、自分の手すら見えない暗闇なのに、恐怖を全く感じられなかった。


 静か・・・だな・・・・・・


 本当に、死んだのかな。


 鉛のように重たかった体が羽の様に軽く感じられた。

 体の何処にも痛みを感じなかったし、空も飛べるような気がするくらいスッキリと気分が良かった。


 もしかして、そろそろ金色の光とか見えてきて天使が現れたりするのかな?


 どうせなら、めちゃくちゃイケメンの天使だといいなぁ。


 現れるのが死神だとしてもイケメン希望します。


 私の好み、神様知ってる?




 生まれ変わりって・・・あるのかな?


 神様、生まれ変わるときには美女にしてくれないかなぁ。


 凄いお金持ちの家に生まれて、病気知らずの健康体で、何も我慢することなくやりたいことをして・・・。






 次の人生は、自由に生きたいなぁ・・・・・・。







 どれくらいそうしていただろうか。

 皐月の目に光が射した。

 体の感覚が戻ってきたようだった。試しに指を動かしてみると動いている様に感じた。



 ああ、残念。 生き返っちゃったみたい。


 また、お母さんに「頑張れ!」って言われるんだろうなぁ・・・。



 心の中でクスリと笑う。



 生き返ったら、頑張らなきゃ。頑張って笑って、頑張って治療を受けて、それから・・・それから・・・。


 皐月は少しずつ体の感覚が戻ってくるのを感じていた。

 体が横たわったままである事が分かり、自分の全身の肌感覚も感じ始めている。


 その時、違和感を感じた。



(・・・・・・!!)


(何?)



 体の感覚が戻ってくるのと入れ替わりに、体中を針で突き刺される鋭い痛みに襲われた。表面だけではなく筋肉、骨、内蔵、あらゆる部分が痛んだ。



(何やってるの!? 痛い! 止めてよ!)



 そうこうするうちに痛みの感覚が更にハッキリしてきて皐月はのたうち回った。


(こんなに動いたらベッドから落ちちゃう)


 頭の隅でそう思った。

 痛みで痺れた指で柔らかい布らしき物を掴み、必死でこらえた。


(ああ! 私の闘病生活の中で最大級の痛みだよ!! 助けて、お母さん!!!)


(先生! 何してるの! 痛いよぉーーッ!)


 皐月はただ我慢して耐えた。そうするしかなかった。





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