第4話 「 よく似た異世界 」
ダダダン! ドンドンドン!! ダン!
グァゴォッ!!
打ち鳴らされる扉のノブがガチャガチャと奇妙に動いた。
( 人じゃない! 化け物だ!! )
ヴヴォーーグワァ!!
皐月(さつき)はきゅっと目を閉じて耳を押さえ、縮こまって耐えた。
窓の下にいた男達が悲鳴を聞きつけてやって来たのかもしれない・・・と、皐月は唇を噛んだ。
どうすればいいのか。
一言も声を立てられず、扉を見つめる。あのバリケードが壊されたら逃げ場はない。浴室に逃げ込んだところで直ぐに押し入られてしまうだろう。
ドン!
それが最後だった。
諦めたのか、立ち去ったと見せかけて扉の向こうで待ちかまえているのか。しばらく待っても扉の外からは音がしなくなり、皐月は小さく息を吐いた。
扉の外からの
耳を塞いでいた両手を離し、そっと聞き耳をたてる。しばらくそうしていたが再び扉が叩かれることはなかった。
外からの恐怖が薄まると、皐月はベッドから家具の下へと逃げ込んだ何かが気になり始めた。
高さ15センチ程の隙間に入り込んだそれは、そこに入り込めるほどのサイズだろう。それなら、自分でも何とか戦えるかもしれないと思い、武器になる物はないかと辺りに目を走らせた。
暖炉に目が止まる。
何かが隠れた家具から離れた場所に暖炉があった。その脇に立て掛けられた灰かき棒に気付いて、静かに近づき手に取った。
運動らしきことは一切したことはない。しとめる自信は無かったが武器を持っていると思うだけで少し強気になれた。
灰かき棒を竹刀のように両手で持って、例のやつが隠れている家具へと近づいた。
「出てきなさいよ。そこに居るって知ってるのよ!」
外に届かないよう声を落とし、びくびくしながらも鋭く家具の下へ
「出てきなさい!」
( 飛びかかってきたらどうしよう )
チラリと不安がよぎり、灰かき棒を握る手に力が入る。
家具の隙間から何かの動く気配がして白い綿毛が見えた瞬間、皐月は屁っ放り腰で振りかぶった。
「にゃあ」
愛らしい声が耳に届いて皐月は動きを止めた。隙間から顔を出したのは猫だった。
毛足の長い真っ白な毛を持つ金目の猫。豪華な部屋にお似合いの高価そうな猫が、小首を傾げてこちらを見つめている。
猫の姿を見てほっとした皐月を、猫は
「はぁ・・・、猫かぁ~・・・」
皐月は笑顔になってフニャフニャとしゃがみ込んだ。
「 ごめんね、猫ちゃんも驚いたんだね~ 」
猫はこちらを観察するようにじっと見つめている。
「おいで、怖いことしないよ」
この体の持ち主が飼っていた猫だろうと思った。
皐月の発する声に猫は数歩近づいて立ち止まった。皐月を見つめる猫の目から困惑している様が見て取れた。
「どうしたの? 大丈夫だよ」
猫はじっと見つめている。
(中身が違うって、猫には分かるのかなぁ?)
皐月は苦笑いして猫を見つめ返す。
猫はしばらく皐月と見つめ合った後、優雅に歩き出して窓に近い家具の前に座り込んだ。ちらりと皐月に目をやって、おもむろに立ち上がる。
見ていると、どうやらひとつの引き出しに興味があるらしく、時折「あそこ、あそこ」というように手を伸ばしてこちらに目を向ける。
「何か欲しい物があるの?」
皐月が近づくと猫はさっと身を
猫が指し示していただろう引き出しを開けて、皐月は猫の絵の描かれた缶に目を留めた。
「これが欲しいの?」
振り返って猫に缶を振ってみせる。中からジャラジャラと音がして皐月はピンときた。
猫が舌なめずりして一歩近づく。
「お腹空いてるのかな?」
蓋を開けると想像通り猫の餌が入っていた。入れ物はないかと足下を探してみたが見あたらず、引き出しの中に皿を見つけて餌を入れ床に置く。
猫はすぐさま口を付けたそうにしていたが、足踏みして
皐月が離れるのを見て、猫はさっと近づき口を付ける・・・と思ったが、違った。猫は皿を背にして皐月のいる方へ体を向け、こちらをじっと見つめていた。
「食べないの?」
皐月が声をかけると、猫の背後からカリカリと音がする。不思議に思ってゆっくりと猫の背後が見える位置に移動してみると猫の尻尾が皿の中で揺れていた。
観察している間もカリカリと小気味よい音を立てているが、猫はこちらに顔を向けて皐月を見つめたまま。尻尾は皿の中で少しずつ動き、餌はどんどん減っていく。尻尾の移動した後には餌は一粒も残っていなかった。
「まさか・・・尻尾で食べてる? 嘘でしょ?」
目を丸くし見つめる皐月の前で、餌はとうとう無くなってしまった。
「すごい食べっぷり・・・って言うか、これ、本当なの?」
狐につままれた様な面持ちで皐月は部屋をぐるりと見渡した。
何処かにカメラが仕込まれているのではないかと思ったのだ。そろそろネタばらしのプラカードを持った人が入ってきて、どっきり大成功! なんて賑やかに言われるのじゃないかと見守った。しかし、そんな事は起こらなかった。
皿に手をかけて、二度ほど撫でるようにしている猫の姿に皐月は苦笑いした。
「お代わり?」
皐月が近づくと先ほどと同じように猫は離れ、彼女が皿から距離を取るとまた尻尾を入れて食べ始めた。興味深くその姿を見つめていた皐月の前で皿は空になり、尻尾の先から「げふっ」と音がして皐月は思わず笑った。
「よっぽどお腹が空いていたのね」
食べ方意外はいたって普通の猫らしく、尾を丁寧に舐めて顔を洗い手を舐めてベッドへと歩いて行った。
「変だけど、食べながら周りを監視できて安全な食べ方よね」
猫はいつもそうしていると言わんばかりに、ベッドの上で丸くなり直ぐに寝息を立て始めた。
「猫ちゃん」
声をかけたが身動きせず、そのかわりに返事をするように尻尾を揺らした。
「あなたの名前は、何て言うんだろうね・・・」
しばらく黙って見ていたが変わった猫は喋ることはなかった。
皐月はベッドで猫が丸まって寝ている姿を離れて見ていた。
どれほどの間そうしていただろうか。日が傾き始め部屋が次第に暗くなり始めて、皐月は窓に目を向けた。今まで見てきた夕暮れと何も変わらない様に見えたが、違うところがある事に気付いた。
空に浮かぶ月がふたつ。
寄り添うように並んで地上を見下ろしていた。
兎の姿がない替わりに、ネプチューンの持つ槍の先の様に、先が三つに分かれた
「分かりやすい異世界の特徴・・・」
皐月は苦笑いした。
子供の頃から本を読むのは好きだった。
病院暮らしが長くても我慢できたのは、本を読む楽しみがあったからだ。特にファンタジーは好きでよく読んだ。だから、皐月は自分の目にしている景色をすんなり受け入れた。生まれ変わった事も抵抗なく納得したのはそのためだった。
「神様も案外想像力のセンス無いのかもね」
そう言って皐月はクスリと笑った。
皐月はしばらく月を眺めていた。
今までの世界とよく似ているけれど、ここは違う世界なのだ。別の世界ならば、同じように見えて何か違うこともあるだろう。
何がどう違うのか・・・。
今はまだ分からないが、ここが地球とよく似た異世界である事だけは皐月にも分かった。
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