第34話 「 時空の子 光の守護者 」
「女ったらしに気を許しやがって!!」
響き渡る声が駆け巡り、洞窟が鳴動する。
皐月の馬鹿が!
嬉しそうな顔しやがってッ!!
悠斗の心に時空ドラゴンが呼応して、彼の周りの空間が歪む。
「花を握りつぶしてやる!」
ブワァアァァン・・・・・・!
内蔵を揺さぶる重低音が洞窟内に生まれ、
ふつっ・・・
と、途絶えた。
「何だ?」
館の建物の反対側に人のざわめきを感じてシャイアが駆けだし、皐月もそれを追う。
人が集まり始めていたのは木々で造られたラビリンスの方だった。皐月がこの世界で初めて見た外の世界。その一角、建物から一番離れた場所に異変が起こっていた。
「こ・・・これは・・・!」
立ち尽くす騎士や使用人を掻き分けずともそれは見えた。
虹色の透明な半球体。
息をするように微かに色調を変えて、植え込みの足下に存在している。
「ブラッディー・ローズだ・・・」
その球体の中央にガラスケースに入った花を見つけ、使用人の男が震える声でそう言った。透明なガラスの中、美しく咲いた花に目を奪われてその場の人々が彫像のように立ち尽くす。
ブウォォーーーン
ブウォォォンンン
虹の球が耳に聞こえる微かな音を立てる。
(これは一体何なんだろう? 触れる事が出来るのか?)
そう思うとシャイアはじっとしていられず、人垣を割って球体へと近づいて行った。花と球体に魅了された人々は彼の行動に反応できず立ち尽くす。
彼等の目の前で、虹の球に手を伸ばしたシャイアが弾き飛ばされ宙を舞った。
「シャイア!」
「シャイア様!!」
駆け寄った皐月がシャイアの横に膝を付いて、怪我はないかとあちこち目を配る。
「大丈夫!? 無茶は止めてよ!!」
「あはは、凄い力だ。弾かれちゃったよ。でも、大丈夫」
悠斗は洞窟の中。目の前に差し出した手で、その目に見える球体を握りしめる。暗闇の中に光を放つ画面の数々あるなか、球体の光は力強く魅力的な輝きを放つ。
「さぁ、こっちへ・・・来い!!」
彼の声に反応して、花を包む虹の球が回転を始め、ぐっと縮まった。
「来い!!!」
悠斗が握る手に力を込める。
「あっ!」
皐月の持つ聖剣がするりと鞘から抜けた。いや、皐月の体が勝手に動いていた。金の光を放つ聖剣を握りしめて、シャイアの側に屈んでいた体が立ち上がる。
「何? どうして・・・!」
戸惑いながら皐月は球体を見つめる。
腰を据えた皐月が「いいわ、やるならやってやるわよ」そう言って束を握る手に力を込めた。
許さぬ・・・!
皐月の耳に荘厳な声が響き、同じ声は悠斗の元にも届く。
「誰だ!?」
遠隔の球体を引き寄せようとする悠斗の手に、抵抗する何かの力が伝わって来る。目に見えぬ者に悠斗が叫んだ。
「邪魔をするなッ!」
悠斗の声を抑えて、声が更に轟く。
勝手は許さん!!
悠斗の周りを埋め尽くす様々な結晶が、映像を流すのを止めて白い光を発し始めていた。
「何ぃ!?」
虹の球を見つめる人々の耳に、悠斗の耳に声が轟く。
我が契約に
その言葉と共に数々の結晶から黄金の光がほとばしり出て、悠斗は顔を覆い玉座に倒れ込んだ。
我が契約によって清められた地に他者の介入あらば・・・
この身、人の目に晒すこともいとわぬ。
皐月の手にする聖剣の光が力を帯びていく。声の響きが掌からジンジンと伝わってきた。
(剣がしゃべってる!?)
荘厳な響きに人々が恐れおののき、おおかたの者が腰を抜かしてへたり込む。
「ド、ドラゴン!」
「光の御方だッ」
「光のドラゴン様ぁッ!」
口々に叫び縮こまる。
「く、くそぉ・・・・・・!」
両目を抑え、苦悶する悠斗が手に力を込めて立ち上がろうとあらがう。
己の力の使い道、自然の
時空の子よ
退けッ!!!
一際轟く声が空間を揺さぶり、人々が折り重なって身を寄せ合う。
光の圧が高まり誰からともなく「おぉぉぉっっ!!」とうめき声が湧き上がった。
洞窟は黄金の光に満ち、光の強さに闇が落ちる。
ウォン・・・・・・!!!!
せめぎ合う力がピークに達した時。
唐突に球体は消え、人々の耳の奥を無音が支配した。
結晶からほとばしり出る黄金の光が洞窟を飲み込み、悠斗は成す統べなく玉座に身を横たえていた。光のドラゴンの発する声に体が痺れ、強い光が闇を濃くしていく。
「くそぉ・・・、光の奴・・・」
呻く悠斗の中、時空ドラゴンは黙っていた。
その場を支配していた光のドラゴンの力が去って、皐月はへなへなと座り込んだ。
「大丈夫かい?」
「う・・・うん。手が、痺れてるだけ」
シャイアの手を借りて立ち上がる皐月の周りで、まだうずくまったり呆然とする人々がいた。
皐月の聖剣を拾い上げたシャイアが鞘に戻してあげる。
「時空ドラゴンか・・・。奴は図らずも、光の加護が薄れていることを僕らに教えてくれる形になったな。時空ドラゴンに感謝だ」
「契約が活きてることもね」
皐月の言葉に頷いて、シャイアが花の近くへと向かった。
「花を探す手間も省いてくれて助かったよ。でも、君とお喋りしながら探す時間が減ったのは残念かなぁ」
後ろ向きのシャイアがどんな表情でそう言っているのか皐月には分からなかった。
花に手を伸ばしかけてシャイアの手が止まる。微かに花の音が聞こえるような気がした。
「サツキ、耳栓持ってたよね」
皐月から受け取って装着し、シャイアは花の入ったガラスケースを手に立ち上がる。
「ヒューイットに感謝しなくちゃな」
「そうね。もしアクシデントがあっても聖剣の光でここが清められるって、ヒューイットは信じてたのね」
「ん? 何だって?」
「・・・あ」
皐月は両手の塞がったシャイアの為に耳栓を取ってあげようと手を伸ばしたが、止めた。
花はグロリアスの権限で館の地下に保管されることとなった。
いつ処理するか・・・しばし保留ということになったのは、グロリアとして皐月が願いを口にしたことと、ゾンビとなったラシュワールの存続で意見が割れたことの2点からだった。
「お願いがあります」
グロリアスの執務室に持ち込まれ、テーブルの上で美しく咲き誇る花から距離を取って皆が見つめている。花を持ち込んだ2人とグロリアス、ハーライルとランスロウだ。
微かに漏れ聞こえているだろう花の音は、グロリアスと皐月にだけ聞こえていなかった。他の者は花から距離を取ることでその魅力に捕らわれないようにしていた。
シャイアの得た力について話し、皐月はゾンビ村の構想を聞いてもらうことが出来た。
「その選別はどうするつもりでいるのか聞きたい」
「シャイア・・・様の体に障らないように、深手を負っていないゾンビを優先にします。怪我が軽い者なら生き返った後に治す事が出来るそうです」
皐月が目を向けると、シャイアが少し難しい顔をしながらも頷いてくれた。
グロリアスは渋い顔を崩さない。
「彼等の意志をどうやって聞き取るつもりなんだ?」
「聞き取るって・・・」
ゾンビに聞き取りをすることなど皐月は考えていなかった。人に戻れるなら戻りたいだろうと思っていた。
「子を失った母親は自分だけ人に戻ったことを喜ぶだろうか? 傷の浅い老人は? 老人だから傷が浅くても除外?」
皐月はグロリアスの言葉に詰まった。
「命の選別をするようなものだぞ」
その言葉は責めるものではなく、懸念が色濃く滲んでいる。
一見無秩序に見える彼等に人の心が残っている。ゾンビを人に戻せる方法があり人に戻れるならきっと喜ぶに違いない・・・皐月にはその思いしかなかった。
治る方法があるならば頑張ってみよう。
助かる方法があるなら、希望が1%でもあるなら何でもやってみよう。
それは、皐月の母の口癖のような言葉だった。
諦めないで頑張れ!
生きていればきっと未来が開ける。
生き続けることが皐月の人生の目的のようだった。目の前に助かる方法があるのにそれを行わないという発想が皐月には無かった。
(命の選別・・・)
「怪我の軽い子供なら、それも良かろう。彼等には未来がある。母親も救えるならそれも喜ばしい。シャイア様の負担の少ないよう行えるなら・・・、力を貸してくださるのなら悪くない話では・・・ある」
椅子に深く腰掛けたグロリアスは、顎を撫でながら言葉を探す。
「お前が言うように彼等に心が、意志があるならば」
そう言ったグロリアスの目線がわずかに落ちる。
「人に戻りたいと思うだろうか・・・?」
人を襲った記憶がその人を苦しめはしないか。グロリアスは彼等が生き返ったその後を思い、踏み出すことを躊躇していた。
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