第42話 「 死、そして契約 」
足元から響く声がシャイアの体を震わせる。
地上のゾンビ騎士達の雄叫びが悠斗とシャイアの間に立つ騎士達へと伝播して、騎士達はシャイアからくるりと向きを変え悠斗へ剣を向けた。
「形勢逆転だな」
悔しそうに歯を噛みしめる悠斗にシャイアが笑顔を向ける。
敵となった騎士を悠斗が手放した途端、ゾンビ騎士が浮力を失って落ちる。それをシャイアが我が身に授かったドラゴンの力で空に留めた。
「おっと、仲間を大切にしろよ。大事な部下をすぐに見捨てるもんじゃないッ」
鋭くそう言ったシャイアが悠斗との間にいるゾンビ騎士達の頭上を飛び越える。
シャイアの姿は二重三重と配置したゾンビ騎士の影になり、悠斗は彼の動きを捉えるのに数秒の遅れをとった。シャイアを目で追う間に頭上を取られ悠斗はぞっとする。
剣を避けて悠斗が下方に退く!
シャイアは上空のゾンビ騎士を巧みに使い、聖剣から逃れる悠斗を下へ下へと逃がしていった。
「くそぉ!」
悠斗は策にはまっていると気づきながら逃れる隙間を見いだせず焦る。つい包囲するゾンビ騎士の向こうに仲間の姿を探して唇を噛んだ。仲間などいない、パスするボールも無い。
(空間を飛び越えよう! 時空ドラゴンの力を行使だ!)
そう思ったが集中しながら敵をかわすことは今の悠斗にはまだ難しかった。
(・・・・・・くっ!!)
集中しようとする度に繰り出されるシャイアの剣を避けきれず傷が増えていく。人の姿の体にも傷が付き、翼や尻尾の鱗が変色して剥がれ落ち始めていた。
(何処かに逃げ場は!? 一瞬でいい、集中する時間があれば!)
もう地上まであとわずか。下では更に大人数のゾンビ騎士が待っている。そして皐月の持つ聖剣。
「くっそぉ! ゾンビなんてーーっ!!」
地に足を着けた瞬間襲ってきたゾンビ騎士を翼で蹴散らし、尾で弾き飛ばす。空から襲い来るシャイアを避けながら、悠斗は皐月の姿を探した。
ゾンビ騎士の作る垣根の隙間から皐月の顔がちらりと見えた。
(皐月!)
ふと皐月の投げかけた質問が悠斗の脳裏に浮かぶ。
「悠斗君。何故この世界に生まれ変わったか考えた事ある!?」
生まれ変わった意味・・・?
「悠斗君が時空ドラゴンになったのも意味があると思う!」
もしも生まれ変わることに意味があるのなら・・・。
(俺は、俺は・・・)
悲しく思える出来事全部を無かったことにしたかった。病気になる前に、がむしゃらに走れたあの頃に戻りたかった。
(俺が死ぬ間際に願った事は・・・時間を巻き戻す事!!)
ゾンビ騎士を蹴散らしシャイアの剣をかい潜り、悠斗の表情が変わっていく。
「悠斗君!」
騎士の垣根を割って皐月が悠斗の前に躍り出た。
「皐月・・・」
抜けるように色白で儚げだった皐月は何処にいったのだろう。
悠斗には二重写しに皐月の姿とグロリアの体が見えていた。
巧みに剣を振るって悠斗に挑みかかってくる彼女は、皐月ではなく体の持ち主ではないかと思うほどに戦いに手慣れていて、悲しい思いで悠斗は彼女を見つめた。
助けてあげたい、守ってあげたいと感じさせる皐月はもういないのか・・・。
「負けを認めて! もう終わりにしよう!」
腹から力強く発する声は皐月の物であってそうではないような気がした。
「お前が剣を振るうのを止めたら終わりにしてやるよ!」
「サツキ! 真に受けるな!」
横からシャイアが割って入る。
ゾンビ騎士達に体当たりし蹴散らしながら悠斗が逃げる。シャイアの聖剣がその背を追った。
「止めてぇーー!」
皐月がシャイアの剣を跳ね上げ悠斗の懐に飛び込む。
「悠斗君!」
「俺は・・・巻き戻す!」
「え? 巻き戻す? 何を・・・・・・」
病気になる前に戻れば皐月には会えない。巻き戻すなら・・・と悠斗が瞬時に考えを巡らせる。
「病気が治る未来に書き換えてやる!」
ブウォオンンン!
「不味い!」
シャイアが動くまでの僅かの時間に悠斗と皐月を囲んで時空の虹が生まれる!
皐月の手を取って悠斗が時空の歪みに入り込んで行った!
「サツキーーッ!!」
伸ばす手が皐月に届かない!
ユウトよ! それは出来ぬ!
皐月の姿が飲み込まれる寸前に声が響いた。重く深い声、それは時空ドラゴンその者の声だった。
我が力は時空を歪めるためにあるのではない!
耳をつんざく高周波と低周波が交互に響き渡り、生者も死者も苦悶の声を上げる。耳を塞いで動きを止めずにはいられなかった。耳の痛みと頭の中を支配する高音の振動、そして内蔵を掻き回すように揺さぶる重い振動が苦しめる。
「うぅぅぅ・・・・・・!!」
「あああぁぁっっ!」
時空の歪みから悠斗と皐月がこぼれ落ちた途端に音が止んだ。しかし、その余韻に皆が動けずにいる。
「くっ・・・そぉーーっ!」
腹立たしかった。悠斗は声を上げて目の前の皐月に鋼の尻尾を見舞う!
「止めて!」
振るった剣が悠斗の尾を捉えた!
「がぁぁっっ!!!」
ぶっつりと切断されたドラゴンの尻尾が血をまき散らしながら地面をのたうつ。
自分の剣が生んだ現実に目を見張り皐月は硬直する。痛みに叫ぶ悠斗の爪が鋭い光を放ちながら伸びるのを見た。
5本の鋭い鋼が皐月の胸を狙って横なぎに迫って来る!
皐月はその光景を凝視しながら動けずにいた。
ザシュッッ!!
「グワァーーーーッッ!!」
銀光がひらめき悠斗の右腕がすぱっと切れて宙を舞った。その光はシャイアの剣だった。
「とどめを刺せッ!!」
鋭いシャイアの声が考える余地を与えない。
皐月の体は咄嗟に動き、悠斗の胸に聖剣を突き立てていた・・・・・・。
「・・・はぁ、あっあっ・・・ぁぁぁーーー」
悠斗の体が皐月にのし掛かり、彼の背から剣が顔を出しているのが見えた。
「悠・・・と・・・・・・っく・・・」
涙が止め処もなく流れた。
「悠斗・・・君・・・」
「さつきぃ・・・・・・」
皐月の耳元で悠斗の消え入りそうな声が聞こえる。
悠斗の、時空ドラゴンの体からどくどくと血が流れ、皐月を真っ赤に染めていく。
「ごめん・・・」
「は・・・はは・・・」
力なく笑う悠斗の声が切なかった。
「何も言わないで、ごめん。お願い、お願いだから死なないで」
悠斗を仰向けにして皐月が懇願する。
「勝手・・・な・・・やつ、だな」
雲の割れ目から青空が見えていた。仰向けになった悠斗の目に青空が眩しかった。
「富士山・・・」
「え?」
「時空、を・・・越える・・・だけ・・・・・・な、ら」
昔の約束を思い出して悠斗がうっすらと笑う。
「ドラ・・・ゴン、に・・・邪魔さ・・・れなか・・・ったッ・・・・・・なら・・・」
「悠斗君!」
空を瞳に映したまま悠斗の時が止まった。
「ああぁぁ、悠斗君! 悠斗君!」
悠斗の頬を撫でると血にまみれた手が彼の頬を赤く染めた。
「ごめん、ごめん。ごめんなさい・・・私、なんて事を・・・!」
体を揺すり嗚咽を漏らしながら皐月がぼろぼろと涙をこぼす。その粒が悠斗の頬に落ちてわずかに血を拭った。
悠斗の死を見るのはこれで2回目だ。
病院のベッドで慌ただしい中死んでいくのを見た。人の出入りが止んだ時、ドアの閉まるほんの短い間に見た光景が忘れられなかった。
悠斗の両親の泣き叫ぶ声が今も耳に残っている。
「・・・殺してしまった。悠斗君にまた死を味あわせてしまった」
「サツキ」
皐月の肩にシャイアが手を添える。
「契約が始まる」
一言だけ残してシャイアが離れていくのが分かった。
悠斗の胸に突き立った剣が光を帯びていく。
勇者よ、そなたの名を私に託せ。
我もそなたの名に敬意を払い、子々孫々まで力を貸そう。
荘厳な響き。慈悲と愛を感じる声が皐月を包み辺りに広がっていく。
「皐月・・・・・・」
自分の名を口にしてしばし言い淀んだ。どちらの名前を伝えればよいのかと。
「グロリア・ロウズ・皐月・ラシュワール」
目に見えぬ畏怖の存在が頷くのを感じた。
我は時空を治めるドラゴン。
そなたに時を駆ける力と空間を飛び越える力を託そう。
されど、
皐月は空気がびりびりと鳴くのを聞いた。これは
悪しき心で使うことなかれ。
過去は変えられぬ。しかし、より良い未来を選択する事にならば力の行使を許そう。
悠斗の体から黄金の光の玉が抜け出して皐月の目の前に浮かぶ。
(ドラゴンの魂!? あっ!!)
眩しい黄金の光が皐月の胸に食い込んでいくのが分かった!
「・・・・・・・・・!!!」
時空ドラゴンの長い長い記憶がどっと皐月に流れ込み、声をたてられずに壮大な世界を眺めていた。そんな皐月の心にドラゴンの声が響いた。
必要とあれば呼べ
我が名は「
ふつりと光が途絶え、皆が黙ったままひれ伏していた。
やがて小鳥のさえずりが聞こえてきた頃、皐月の手の中に悠斗の姿が無いことに皆が気付いたのだった。
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