第20話 菫と海人②
その日は、毎年必ず参加する海でのバーベキューだった。
恒例と言っても、百人は集まる大規模なイベント。全員を知っている訳でもなく、出会い目的でもない。
そう言う人も中にはいるが、基本は料理とおしゃべりを楽しむだけの会。
最初は少人数から初めていたバーベキューが、年を重ねる事に参加人数が膨れ上がっただけのこと。
主催者はいるが、一人三千円を徴収され飲み物を渡された後は自由だ。これと言った何かがあるでもなく、何時に来ても、いつ帰っても誰も何も言わない。
若者が沢山集まれば、話題も豊富で楽しい時間があっと言う間に過ぎていく。そのバーベキューは三日間開催される。
菫が初めて訪れたのは、二十二歳だった十年前。
友達に誘われてから毎年参加している夏のイベント。この自由気ままな雰囲気が、菫は気に入っていた。
十年も通えば友達も増えて新たな縁もうまれる。主催者から手伝いを頼まれたら、菫は快く引き受けていた。面面倒臭がり屋の菫が、唯一、くつろげる場所。それが、このバーベキューだった。
そんな中、海人に出会ったのは菫が三十歳を迎えた年。毎年必ず一緒に来ていた大学の同級生は、結婚してしまい今年は不参加。
菫も一人で行くのは寂しいと思いつつ、行くかどうか迷っていた。でも、なぜか無性に行かなければならない……そう菫は感じた。
♦
八月十三日。
青い海と白い砂浜。燦々と輝く太陽が恨めしいほど輝いている。
そんな中、片手にビールを持ったまま、パラソルの下で菫は肉に舌鼓をうっていた。周りには、毎年会う顔馴染の男女の姿。
一人での参加が不安だった菫の心配は杞憂に終わった。皆、菫が一人だと知ると、何かと世話を焼いてくれる。
美味しい肉や野菜、魚介類を手際よく焼いてくれて、菫は食べるだけ。いつもと違う日常、それだけで菫の心は満たされた。
毎日が残業で気ずかれして、早くお盆休みになって欲しいと願っていた菫だが、いざ休みに入ると、何をして良いのかわからない。
テレビもつまらないし、本を読もうにも目が疲れて読みたくない。漫画もあきた。そんな中、スマホばかり見ている自分にも辟易した。
なぜ、こんなに時間を無駄にしているのだと。
三十を迎えると人生の節目のような気がして、これから先のことを考えてしまう。
周りは結婚して子供を産んで、幸せな姿を見せつけられることが多くなった。だが、菫は結婚をしたくない。
父親のせいだと言ってしまえば簡単だ。
浮気をして家に帰って来なくなり、挙句の果てに結は過労死。そんな家族崩壊を見せつけられた菫に『結婚』の何が良いのか、全くわからない。
そんな思いを抱えながらバーベキューを楽しんでいたら、そこに現れたのが海人だった。
海人は初参加で、友人達八人と一緒に遊びに来ていた。
もうすでにアルコールが回っているような危なげな足取りの海人達に、菫の周りにいた顔馴染達は、飲みすぎだとやんわりと注意を始める。
だが、相手は酔っぱらい。
軽いいざこざが始まり、それは大きな騒ぎとなっていく。菫も止めに入るが、暴れ始めた海人のグループは手をつけられなくなり、警察が来るほど騒ぎが大きくなった。
結局、その騒ぎのせいで、その年のバーベキューは一日で終了になる事態に陥り、翌年も行われることはなかった。
警察に解散を命じられたのが、まだ明るく暑さが残る十七時。
大半の参加者が帰った後、顔馴染達と一緒に菫は後片付けを手伝った。そこで、海人に声をかけられたのだ。
――迷惑をかけて申し訳ありません、と。
「ああ、私は問題ありませんよ。謝るなら、あっちの人達に。毎年、頑張って主催してくれているんですよ。色々と許可も取って食料も調達して……なのに、余った食材どうするんでしょうね。結構な量だし捨てるのは勿体ないから」
ゴミ袋を纏めていた菫は、アルコールが少し抜けて正常な判断が出来るようになった海人に向かって遠回しな嫌味を口にする。
「……申し訳ありません。食材は僕達で買いとらせて頂きます」
菫の嫌味が通じたらしく、更に深々と頭を下げる海人に菫は目を見張った。
普通なら、食材の買い取りまで責任を取らないからだ。百人分を三日間。膨大な量と金がかかっている。
それをあっさりと弁償すると言う海人に、菫は初めて興味を持った。
「……そこまでしなくても大丈夫よ。食材は残っている有志で持ち帰るし、ある程度はお金が集まっているから。それに、主催者の一人が肉屋で融通が効くの。魚介類は知り合いの漁師さんから、野菜は趣味で育てている有志達の持ち寄りよ。」
賞味期限のある食材よりも、酒の方が多く用意されていている。生ものだけなら、知り合いに配れば捌けるだろう。
菫も少しだが持ち帰ろうと、主催者と話し合った所だった。
「本当に申し訳ありません。皆さんの楽しみを奪って」
海斗は反省しているのと落ち込んでいるのとで、体調が悪いのではないかと言うくらい顔色が悪い。
「それは、もう……良いって、大丈夫?」
謝っている最中にふらついた海人に驚き、菫は慌てて身体を支えた。
近くにいた知人達も海人の様子に気が付くと、日陰へと運ぶ。
「……申し訳ありません」
「謝ってばっかりね。そんなに飲んだの?」
他の知人達は、まだ片づけと喧嘩の処理に忙しく、菫が海人の介抱をすることになった。海人に水を飲ませた後、額に濡らしたタオルを置いた。
「久しぶりに会った友達だったので、飲みすぎて……」
「若い頃と一緒の量を飲んだら身体に毒よ。年を取ると……飲めなくなるから」
そう言うと菫は苦笑した。
それは自分自身への戒めでもある。
二十代は水のように飲んでいた酒も嗜む程度に変わった。これが年を取ると言うことかと、菫は日々実感していた。
「ところで友達は全員どうしたの?」
「暴れた三人は警察に。残りの五人は家に帰しました」
「それで、君だけが責任を取って残ったの? 不憫ね」
「仕事柄、慣れてますから……」
どうやら、日頃から面倒な役割を押し付けられていることを悟った菫は、顔色の悪い海人を見て苦笑するしかなかった。
「……一人でいつも参加しているんですか?」
「私? いつもは友達と一緒なんだけど結婚しちゃって。今年は一人で参加したの。ここの人達、良い人ばかりだから気に入っているんだ。このバーベキュー」
「そうなんですか。すみませんでした」
また謝る海人のタオルを変えようと手を伸ばすと、その手を海人が掴んだ。
まさか、掴まれるとは思わず、菫は海人を見る。
「あの、彼氏はいます?」
「……いませんけど?」
「じゃあ、一目惚れしたので僕と付き合って下さい」
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