第15話 思い出のカレーライス①
「……カレー嫌いなの?」
「えっ?」
スプーンを手に持ったままカレーライスを見つめていた菫は顔を上げた。声をかけたのは、最近素直な由真で、怪訝な表情で菫を見ている。
「……ううん。普通かな」
そう返事を返す菫は、どこか上の空だ。
さっきの海人とのやり取りも今後の課題に上がるが、今の問題は……このカレーライス。
菫はカレーライスが、あまりと言うか正直好きではなかった。
菫が作ったカレーは何の変哲もない一般的な家庭のカレー。
市販のルーを使い、隠し味として、しょうが、醤油、ケチャップ、インスタントコーヒーが入っている。隠し味は全てが目分量と言う大ざっぱぶりだが、それが良いのか、由真も海人も美味しそうに食べてくれている。
問題は、このカレーライスの隠し味を教えてくれたのが、由真の母、真帆だと言うこと。
「ママの作ってくれたカレーに似てる」
由真が嬉しそうに、おかわりをしていた。
それに対して、どんな反応を見せれば良いのか菫はわからなかった。
この流れに乗って、隠していた秘密を伝えようか。それとも、火種になりそうだから、このまま隠し通すか……悩んでいた。
このまま食べないのは不自然だと、二人よりも少しだけ量を減らしたカレーの山にスプーンを入れる。
だが、かき混ぜるだけで口に運ぼうとしない菫のその仕草に、海人が気づき声をかけた。
「そういえば、菫ちゃんの作ったカレーライスを食べるのは初めてかも。……確かに、由真ちゃんのママが作ってくれたカレーに似てる気がする」
海斗も、由真の家に時々ご飯を食べに行っていたから、真帆の作るカレーを食べたことがあるのだろう。
海斗の言葉を聞き、菫に緊張が走った。
「……そう、だっけ? 作った気がするけどなあ……」
なるべく自然になるようにと心がけるが、やはり不自然だったようで、二人の視線が菫に集中する。
「カレーライス、やっぱり嫌いなの? カレーが嫌いな人って初めて見た気がする。何が嫌なの。匂い? 辛いから?」
海斗が余計なことを言ったせいで、由真が興味津々と、カレーの何が嫌なのかと菫に聞いてきた。
確かに、日本全国どこにでもあって、その味レベルは基本美味しい。それに、由真の言う通り日本人はカレー好きが多い。
だが菫は嫌いだ。嫌いな食べ物、ベストスリーに入るほど嫌いだ。
「……味や匂いよりも思い出かな」
「なに、それ?」
予想しなかった菫の答えに、由真は不思議そうな顔をしている。
「由真ちゃんのママはカレーライスに隠し味入れてた? 僕、料理に興味ないから、カレーにあんなに色々な調味料を入れているなんて知らなかったよ。菫ちゃんはしょうがとか使ってた」
菫の歯切れの悪さに、海人が話題を由真にふった。
だが、その隠し味こそが鬼門なのだ。菫が別の話題を振ろうとするが、その前に由真が無邪気に話し始めた。
「ママもしょうが使ってたよ。あとはね、醤油とインスタントコーヒーにケチャップ。酸味がポイントなんだって。私、ママのお手伝いしていたから良く覚えているの」
途端に海斗が菫をじっと見る。
菫がカレーを作っている隣で、海人がメモを取りながら見ていたから気づいたのだろう。隠し味が全部、真帆と同じだと。
「……菫ちゃん。説明して貰っても良い? どうして、由真ちゃんのママが作るカレーと、菫ちゃんが作るカレーの隠し味が同じなの? いくら料理が無知な僕でも、隠し味がこんなにも同じになることないと思うよ。ケチャップやインスタントコーヒーは多くても、醤油はあんまり聞いたことないけど」
海人の尋問めいた言葉に、由真は驚いたように菫を見る。
居間に何とも言えない沈黙が落ちたまま時間だけが過ぎていった。その居心地の悪さに菫は観念して口を開いた。
「真帆さんが作っているのを見たの……」
この二人には全部話しても良いかも知れないと、菫が覚悟を決めた瞬間だった。
「えっ? ママに会ったことあるの?」
「僕も……全く聞いたことなかったんだけど。雅彦さんも真帆さんも、菫ちゃんのこと何も言ってなかったよ」
由真は驚きのあまり、スプーンにのっていたカレーをぼとりと落とし、海人は眉間に皺を刻んだ。
そんな二人の反応に観念して菫はあの時を思い出す。
雪の日……結にも言えなかった、あの日のカレーライスを。
「……真帆さんに会ったのは、私が十七歳の時。高校で会ったの」
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