第43話決戦の日

「確認だ。ヘンリー王子は恐らくリナ王女を待ち受けるため、スクルス王のいる自室前の広場へ行くだろう。俺たちはそのどさくさに紛れてスクルス王を討つ」

「そして俺たちは、リナ王女と共に王都外からスクルス王の部屋の前に向かう。そしてヘンリー王子達と戦うふりをして、どさくさに紛れてスクルス王を討つ」

「全く、どこでこれほどまでに情報が漏れてしまったのだろうな」

「あの狸オヤジの事だ。色々手を回していたのだろう。だが最後に笑うのは俺たちだ。あの目立ちたがり屋二人がぶつかってくれることは好都合だったかもしれない。スクルス王の部屋の前にはスクルス王の近衛兵たちがいる。あれはからリの手練れだ。どさくさにまぎれた方が仕事がしやすい」


 スクルス王の住む部屋は、城の奥まった場所に位置し、四方の長い渡り廊下を渡ならなくては行けない造りとなっている。そして渡り廊下の横には広い中庭があり、大事な来客があった時や、気分転換をしたいときなど、王はそこでお茶をしくつろいでいる。


 そして、スクルス王の周りには多くの兵や文官達が住み行き来している。その為、暗殺という手段はかなり厳しかった。だがこの日、王の周辺にはごく少数の近衛兵が警備しているだけだ。時期国王を誰にするか静かに考えたいと、スクルス王は周りに住む者たちを、この日だけは離れて欲しいと指示していた。どんなに強くても数には勝てないはず。その隙を狙い王を殺すことがノアの箱舟の計画だった。


 彼らは前日の夜に集まり、最終確認を終えると速やかに自軍へと戻っていく。最後に笑うのは自分達、そう信じている彼らは不気味に笑い長くにわたる計画の山場を迎えるのだった。


「いいか!?リナ王女は必ず王の部屋を目指すはず!理由は簡単だ!俺たちの中にノアの箱舟がいると勘違いし、王の前でそれを捕らえ王にアピールする為だ!全く愚かな姉さんだよ。だが、俺たちにとってその勘違いは好都合だ!逆に俺たちが姉さん達の中にいるノアの箱舟を捕らえ、そして王の前に引きづりだすんだ!それで俺の次期国王は揺るがないものとなる」


 決戦当日、スクルス王が王子達を謁見の前に集める日の昼前。不敵に笑い声を張り上げるヘンリー第一王子に、兵や貴族たちは剣を胸の前で構え、そして配置につく。


 城は四方に門がある。その為、リナ王女がどこから攻めてくるのか分からないヘンリー王子は、四方の城門から城まで行く為の広い庭に兵を配置した。一つの城といっても、正面の門から反対の門まで走って行っても30分近くはかかる。それほどに城は広いため、どこから攻めてくるか分からないリナ王女に対処するためこのような配置となった。


 城の南に位置する門の前にヘンリー王子が少数の兵たちを連れて立ちふさがる。王が事前に通達していた通り、南の正門前の大通りには人っ子一人見当たらない。正午から3時間、家から出てはいけないという話だったが、日はまだ真上には登っていない。民は万が一のことはあってはいけないと、早めに家の中で待機しているのだろう。


「くくく。もうすぐだ。もうすぐ、全ては我が手中に」


 雲一つない晴天の為、ここからは地平線まで見渡せる。まるで天が自分を祝福しているようだと、ヘンリー王子はくつくつ笑い、仁王立ちで城下町を見渡す。この目に入る全てが我が手に。そんな未来を思い浮かべ立つヘンリー王子に思わぬ情報が入る。


「……は?ど、どういうことだ!?詳しく説明しろ!」

「ハッ!我々が西門に辿り着いた時には、既にお祭り騒ぎとなっていました。詳しい事は、今兵が聞きに行ってますので暫しお待ちを」


 間もなく日が真上に昇るというのに、何故そのような事が?訳が分からず戸惑うヘンリー王子の元に、東門、北門からも同じ報告が入り、詳細を聞いたヘンリー王子は何とか頭を働かせ、兵たちに指示を出す。


「と、とりあえず兵を全て集めろ!それならば、必ずこの門を通るはず!」


 ヘンリー王子の指示で、兵は慌てて仲間たちを呼びに行く。


「やってくれたな、アレクサンドロス」


 狙いはわからない。だが、自分たちにとっては好機だ。この事態を前向きにとらえ、ヘンリー王子はもう一度、静かな南の大通りを見渡した。


「お前達、今迄良く働いてくれた。今日、その全ての努力が報われる日だ。私が国王となった時、お前達には必ずそれ相応の立場を与えると約束しよう。さぁ行こう、同士よ。私に続け!王を助け、私を王へと導け!」


 北門より、馬で駆け30分ほど離れた場所にリナ王女達は居た。これより王都へ向かい、 二手に分かれ西門と東門から入り、城へと一直線に向かう手筈となっている。これをする理由は二つ。リナ王女が目立ちたがり屋で、英雄に憧れがあったからだ。父親であるスクルス王をはじめ、歴代の王の中には英雄と呼ばれる者達がいる。リナ王女は今回の件で、英雄と呼ばれる王になるためにこのような作戦を練った。


 今日は城下町の者達は家から出ない。だからといって、皆ベッドで寝ているわけではない。時期国王を決める話し合いが城で行われるのを知っている彼らは、その時を今か今かと待ちわびている。その為、皆少しでも早くその報を聞き逃すまいとリビングで窓の外を見ているはずだ。


 行軍の予定のない今日、リナ王女はわざわざ二手に分かれ兵を率いて城へと向かう。そうすれば嫌でも民がその事を目撃し、そして噂になる。何故こんな日にリナ王女は城へ兵を率いて行くのかと。そして彼らは知ることになる。ヘンリー王子の部下が王を暗殺しようと動き、そしてそれをリナ王女が阻止したと。


 その報を聞いた民はこう叫ぶだろう。時期国王はリナ王女がふさわしい、彼女は英雄だと。


 王の危機を知り駆けつけ助ける美しい王女様。まるでおとぎ話のような展開を思い描くリナ王女は、駆ける馬の上でにやける顔を抑えられずにいた。その背を追う兵たちは、そんな彼女の表情は分からなかったが、近くにいたアルバイン副神官長からは丸見えだ。幼稚な事を考える姫に呆れながらも、腹の中ではくつくつと笑い、それが表情に出ないように必死に堪えていた。


 全く馬鹿な女だ。お前は利用されているだけなのに。


 だが自分達ノアの箱舟にとっては好都合。彼女が英雄王となれば、その地位は揺るがないものとなる。そして、それを支えた自分達が国を動かし、彼女が気が付いた時には、この国はノアの箱舟のものとなっている。


 リナ王女が合図をすると、兵たちは二手に分かれ、そして反対の門を目指す。暫く経つと、次第に王都への入り口が見え、そしてリナ王女剣を抜き天にかざし、そして城に向けて振り下ろす。それを見た兵たちの士気は最高潮に達する。彼女達は一気に王都へと突入し、そして予想外の光景に驚き、その歩みを止めることしかできなかった。


「アッハッハッハ!!最高の気分だ!おい、もっと酒を持ってこい!」

「おいおい、お前は呑み過ぎだ。だが気持ちは分かるぞ。全くこんな昼間っから呑んでくれなんて、最高の指示だよな!!」


 王都城下町の大通り。そこには城までの道を埋め尽くさんばかりに、民が料理と酒を楽しんでいたからだ。


「ど、どうなっている?何故民が家から出ている?王からの通達を聞いていないのか!?」


 リナ王女は、そんな彼らの光景を立ち尽くして、ただ見守る事しかできなった。国王から外出禁止命令が出ているのにも関わらず、それを無視する国民達。国王の命令に逆らうものは、それが貴族であっても死刑は免れない。その事を知らない者などいないはずだ。なのに、なのに何故?リナ王女だけでなく、彼女と共に城を目指していた兵たちは皆、戸惑い、どうしたらいいのか分からなかった。


「んん?あれぇ!?ま、まさかリナ王女殿下ですか!?何故このような所へ!?まさか我々と『タコパ』をする為でしょうか!?」

「ギャハハハハ!?お前何言って……。って本当に王女殿下!?ええ!なんで!?よ、宜しければ皆様も我々と『タコパ』しませんか!?なんつって!!」


 突然、城にいるはずの王女様が現れたことによって、それを見た者達は騒ぎ立てる。だが、彼らは既に相当酔っぱらっていた。その事を多少は疑問に思ったが、そんな事より自分達と楽しみませんんかと、皆我先にと王女の元へと駆け寄っていった。


「ま、待て貴様ら!何故こんな時間にお前達は家の外に出ている!?何をしているだお前達は!」


 唖然としてたが何とか頭を働かせて、王女の傍に駆け寄ってきた民から庇うようにアルバイン副神官長は馬を操り前に出で叫ぶ。一体何が起きているのか。日が昇る前に王都を出た自分達にはそのような情報は入ってはこなかった。だとすると、このような状況になったのは、日が出てから誰かが何かをしたという事だ。


「あんれぇ?王女殿下は知らないんですか?俺たちは『タコパ』をしてるんですよ。『タコパ』を」

「そうそう!今日日が出てからの事ですよ。今日は露店などは一切出ないはずなのに、城近くで複数の露店が出始めたんでさ」


 そこで近くの住民たちが彼らの注意した。当然でしょ?国王様からの命令なのに、露店なんか出したら死刑になっちまう。だから皆が注意しに行った。そしたら彼らは言うんでさ!「これはアレクサンドロス第二王子が行い、それをスクルス王が認めている事だ」と。そしてこうも言った。「折角時期国王が指名される日だ。それを国民家で待たせるのはやはり忍びない。そこで、外出禁止時間を明日にずらし、今日は皆で飲み食いしながら騒ぎ報告を待っていて欲しい。その為の食糧はアレクサンドロス第二王子が用意するから」と。


 住民たちは、まさかと思い城へと向かった。すると城近くで多くの商人が『タコパ』の食糧とレシピを用意し無料で提供してくれた。ああ、残念なことにお酒は無料ではなかったがね。噂はあっという間に広まったんですよ。当然でしょ?だって、食料を無料で提供してくれて、国王様と王子様が「食べて飲んで騒いでくれ」と言うんだから。だったわ愛国心の塊の俺達はそれに従うまでって事で、こうして皆で『タコパ』をしているわけですよ!


 リナ王女に近づいていった皆がそう嬉しそうに説明し、そして手に持っていた黒っぽいソースのかかったふわふわの生地の食べ物を口にしていた。


 リナ王女達は誰もが彼らの説明に唖然とし、そして必死に頭を働かせていた。


 まず、『タコパ』とは何か?いや、今はそんな事はどうでもいい。この事態はアレクサンドロス第二王子が実行した事だ。狙いはなんだ?『タコパ』とは何だ?あの香ばしい香りのする食べ物は何だ?いや、そんな事はどうでもいい。アレクサンドロス第二王子の狙いは何だ?どうやって城へ行く?『タコパ』とは、一体何なのだ?


 彼らは必死に頭を働かせるが、辺り一帯から香る甘いソースの香りと、生地を焼いた香ばしい香りが脳を刺激し、冷静には考え事をすることが出来ないでいた。それに『タコパ』という今まで聞いたこともない単語を連呼する彼らに皆が困惑していた。


 それだけではない。自分達には王女が、沢山の貴族達が付いている。彼らがこのような情報を何故察知できなかったのか。どうやって城に行くべきか。これからどうするべきか。


 兵たちの士気は最高潮だった。それなのに、いきなり民が目の前でお祭り騒ぎをしている。それも城までの道を埋め尽くさんほどの数の民が。彼らをどかして城に向かっていては日が暮れてしまうだろう。


 あまりに予想外な事態に呆然とするリナ王女。その傍らで、ノアの箱舟の一員がアルバイン副神官長に耳打ちするが、彼はそれを首を横に振り否定する。


 ノアの箱舟の一員はアルバイン副神官長に「彼らを斬り殺して進んでは?」と提案していた。だが、今回は戦争ではなく内乱。戦争ではなく裏での侵略が目的だ。王になる者の部下が国民を殺せば、彼女が追王に選ばれることは無くなるだろう。まぁそれより前に、もし彼らを殺してでも進もうとすれば、リナ王女はそれを許さず必ずその背を打たれてしまうはずだ。


「『タコパ』とは一体。い、いや、そんなことはどうでもいい!『タコパ』とは、いや、違う、この祭りは東西南北全ての道で行われているのか!?」


 何とか必死に頭を働かせて、リナ王女は民に問う。


「いいえ、この『タコパ』は南通り以外の三カ所、で行われています。確か南通りだけは、貴族様達が通る可能性があるから空けておくように、とのアレクサンドロス第二王子からのご指示でさ」


 それを聞いたリナ王女は「南だ!」と叫び、その凛とした声に兵たちはハッとし、馬を南へと向ける。


 ここから南大通りまで、馬を走らせても30分。予定より大分遅れをとってしまった。いや、それだけではない。突然の事に兵たちの士気はかなり下がっていた。戦いとは人だ。確かに数に勝るものはないが、それでも戦うのは人だ。一人一人の士気の高さによっては、勝てる戦も勝てなくなってしまう。


 出鼻をくじかれたリナ王女は顔を顰め、歯を食いしばりながら馬の手綱を強く握る。アレクサンドロスを恨むが、今はそれどころではない。


 南大通りは彼らの話していた通り、人っ子一人いなかった。彼女は再び兵に喝を入れ、城に向かって坂道を駆け上がっていった。後ろの方で遅れて東門から突入した兵たちが坂道を駆けあがってくる。だがその士気は見るからに低い。


 リナ王女は頭を振り、余計な事を考えずに、ただ先に見える城だけを見つめる。


 頼む、上手くいってくれ。そう祈る彼女が城にたどり着くのは、それから30分程経った後だった。

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