第3話始まりの街
放心状態のおっさんを放っておきテツは包丁を確かめる。
「刃こぼれなし、と。本当にこれは素晴らしい包丁だな。これは女神さまに感謝しなくちゃな」
おっさんについていた鉄の手錠を斬ってもなお刃こぼれ一つしない包丁にテツは感心する。
「お、おい。まさか「突き刺す」ってその包丁を手錠に突き刺す、って事か?」
「そうだ。他に何がある?」
テツの返答におっさんは一瞬放心状態になり、そして叫ぶ。
「俺の覚悟を返せえええええええええ!!」
こうして異世界の一人のおっさんの貞操は守られたのだった。
「で?アンタはなんでこんなところでそんな恰好していたんだ?」
叫び興奮したおっさんが落ち着いた頃、テツは疑問思っていたことを聞いてみる。
「はぁ。これに関しては色々あったんだが。アンタは命の恩人だから話してやるよ。俺は冒険者をしながら旅をしてるアドルフって者なんだが」
彼の話によるとどうやら彼は仲間に裏切られたらしい。臨時で組んだ仲間と旅商人の護衛をしている途中仲間の作った食事に睡眠薬が入っていたらしく起きたら身ぐるみはがされあの状態だったという。
「近くに商人の遺体もない事から恐らく商人もグルだったんだろうな。くそ!思い出しただけで腹が立ってくる!」
地団駄を踏み怒りをあらわにするアドルフには悪いがテツは疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「事情は分かった。ところで質問なんだが冒険者ってのは何だ?」
「は?」
アドルフはテツの予想外の質問に驚き呆れた表情でテツを見て固まった。
「成程、情報感謝する」
「いや、いいってもんよ。『流れ人』なら仕方ないさ」
テツは此処に来た経緯をアドルフに話すと彼はそれを真剣に聞き、そして答えをくれた。どうやらアドルフはただの変態ではなかったらしい。
アドルフによると『冒険者』と言うのは所謂『なんでも屋』と言った所らしい。基本的には魔物を狩る人達らしいが。冒険者は世界中にあるでかい組織でアドルフはその一員という事だ。
この世界には動物の他に『魔物』と呼ばれ、人を襲う凶悪な存在が存在している。先ほどの野犬もワーウルフと呼ばれる魔物らしい。
そして『流れ人』とは異世界からやってくる人の事を指すそうだ。
流れ人は珍しいが十数年に一度この世界にやってくるらしい。らしいというのはその存在が確認されない事もあるからだ。
理由としては恐らく、としか言えないが初めの街にたどり着く前に魔物に殺されたり盗賊に殺されたりしてその存在が確認できない事もあるからだ。
「そんな珍しい存在なのにアドルフは俺の事を珍しがらないのな」
「ああ、俺はもう何人かの流れ人に会ったことあるからな。まぁ総じて変った奴ばかりだったが」
パンツ一丁で縛られてたおっさんが変わっているとか言うなよ、と思いながらもテツはそれを言葉にせず飲み込む。
「とりあえずお互い自己紹介を終えてここまでの経緯も分かった。だからそろそろ街へ向かわないか?速くしないと日が暮れて門がしまっちまう」
確かにアドルフの言う通りすでに二つある日が傾き始めていた。
「なら急いで向かった方がいいな」
「ああ、とりあえずこのワーウルフを持てるだけ持っていこう。金を持っていない俺たちでもそれだけあれば一泊できるくらいの金にはなるだろう」
そう言いワーウルフを持ち上げようとするアドルフにテツは待ったをかける。
「もしかしてこれに入るかも」
そう言いアイテムボックスを開くテツにアドルフは口笛を吹く。
「おいおいアイテムボックス持ちかよ。流石流れ人ってとこか」
「ん?アイテムボックスは珍しいのか?」
「ああ、その辺も知らないのか。まぁとりあえず入れて街に向かおう。話は歩きながらでいいだろう」
アドルフの意見に従いアイテムボックスにワーウルフを入れると二人は街に向かい歩き出す。
アドルフ曰く、アイテムボックス持ちはかなり少ないらしい。代わりに沢山の荷物が入る魔法の袋も存在するらしいが、高価でそれを持つ人間も少ないそうだ。
「アイテムボックスがあれば食料をたくさん入れられるから冒険者にも人気だし、魔法の袋があれば商品を安全に持ち歩けるから商人にも人気なのさ。だからテツはそれだけで一生食っていけるはずだぜ」
なるほど、とテツは相槌をうつ。
「しかしテツは料理人だったんだろ?さっきの動きは何だ?よく初めてで魔物を躊躇いなく殺せたな」
「動きに関したはさっき話した通り女神様のおかげさ。ためらいなく殺せたのはそういう経験がなかったわけじゃないからな」
日本では珍しいかもしれないが日本でもそれなりに腕の立つシェフには、お客様から死んだ野鳥やイノシシなどの食材がそのまま持ち込まれることがある。その多くは趣味で猟を嗜む人からだが。
さらに海外ともなるとそう言う経験は珍しくない。たまの休日にお客様に誘われて猟に向かい(勿論猟銃を使うが)生きた獲物を狙い仕留め、そして調理することもある。
その道中野犬やクマに襲われることもまぁある。兎も角その経験のおかげでテツは生き物を殺すことにそれほど抵抗がなくなっていた。
勿論その全てをちゃんと食すためだが。
二人はそんな話をしながら、テツはこの体をくれた女神様にに再び感謝しながら街に向かった。
街の門では身分証を求められたが、アドルフが盗賊に襲われ荷物を全て奪われ一文無しだと言うとあっさり街に入れてもらえた。
アドルフはパンツ一丁だが案外知識もあるし役に立つ男なのかもしれない。
「まずはワーウルフを換金しちまおう。じゃなきゃ今夜は野宿になっちまう」
アドルフの意見に従いワーウルフを換金してくれる冒険者ギルドと言う場所にむかう。
街は中世ヨーロッパのような街並みで沢山の人種が行き来していることにテツは驚く。
石畳の地面にレンガ造りの建物、そろそろ夕飯時だからだろうか、辺りからは様々な旨そうな匂いが漂っていた。
勿論電車や車などなく、皆徒歩か馬車で移動しているようだ。そんな珍しい光景を見ながら歩いていると気が付けば二人は一軒の大きな建物の前で足を止める。
「さ、ここがこの街の冒険者ギルドだ。さっさと入ろうぜ」
アドルフに促され建物に入ると、そこは役所の受付のような作りになっていた。一つ違う所があるとすると受付の横には酒場があり沢山の冒険者と思われる人達が楽しそうに酒を呑みかわしている事だろう。
背中や腰に剣を身に着けている者、何やら変わった形をした杖を持っている者、大きな声で自分の武勇伝を語っている者、それを聞いて笑っている者、一人で酒を呑み辺りを警戒している者、様々だ。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用で?」
気が付けばアドルフは受付の一つに並び受付のお姉さんに話しかけていた。
お姉さんは一瞬パンツ一丁のおっさんに対し嫌そうな顔をするが、そこはプロ。すぐに表情を引き締め接客していた。
テツは辺りから「なんでアイツパンツ一丁なんだ?」「おい、変態がいるぞ」と言う声を聞きアドルフの隣に立つ事を躊躇うが、彼が「おい!そんなところにつっ立ってないでこっち来い!」と自分に声を掛けてきたので、仕方なく、仕方なく足を動かす。
「実は俺らちょっと事情があって一文無しになっちまったんだ。だが魔物を仕留めたからそいつを換金してもらい俺はギルド証の再発行を、こいつはギルドの登録を頼む」
テツがギルドに登録するという事はアドルフから事前に聞いていた。流れ人であるテツには身分証がないため普通は街へは入れない。登録しておけば身分証代わりにもなるし仕事にも困らない、というアドルフの助言があったからだ。
「わかりました。ですが魔物を持っていないようですが?」
「ああ、それなら」
受付嬢の言葉にテツはすぐにアイテムボックスからワーウルフをどさどさと出していく。
「ああ!ちょっとお客様!こんなところで出さないで下さい!!」
「おい!こんなとこで出すな馬鹿!そんなことしたら!」
受付の前で魔物を出すと二人は慌て、辺りはざわざわと騒ぎ出す。
「おい、見ろよあいつ。アイテムボックス持ちだぜ」「ああ、しかも新人らしい。うちのパーティに誘うか?」と皆がテツを獲物を見る様な目つきで見ているのを見て、アドルフは「あちゃー」と天を仰ぐ。
とりあえずテツは受付嬢の指示に従い魔物を再度収納、奥にある魔物の素材用カウンターまで案内される。
が、その途中で一人の男にその歩みを止められる。
「おいアンタ。アイテムボックス持ちなんだな。しかも新人なんだろ?俺のパーティに入れ。いいな?」
全身金色の趣味の悪い鎧に身を纏った男にテツは話かけられる。
「いや、悪いがこいつはまだそんな話の段階にいない。悪いが勧誘なら後にしてくれ」
「おいおいパンツ一丁のおっさんは黙ってろ。今俺はこいつに話しかけてんだ。お前の意見など聞いてない」
テツの前にアドルフが割って入るが鎧の男はアドルフを押しのけようとする。まさに一触即発の状態だ。
「おいおっさんどけよ。テメェも黙ってないでこいつをどけて俺についてこい。俺がお前を上手く使ってやるよ」
「おいテメェ母ちゃんに「パンツ一丁のおっさんには優しくしろ」って教わらなかったか?あんまり舐めてるとお前もパンツ一丁にするぞ?」
テツはアドルフのお母さんの教育方針に物申したいが、今はこの場を何とかしなければと口を開く。
「誘いはありがたいがこのパンツ一丁のおっさんの言う通り俺はまだそう言うのは分からないんだ。他を当たってくれ」
その言葉を受けた鎧の男は額に青い筋を浮かべ徹に殴りかかってくる。
「てめぇに選択肢があるわけねぇだろ!痛い目見なきゃ分からねぇのか!?」
だが新しいからだを授かったテツの前にはそのパンチはまるで意味を持たなかった。
テツはあっさりその拳を片手で受け止め軽くひねると男は痛みに耐えられず地面に転がる。
すると先ほどよりもギルドないが騒がしくなる。
「おい、アイツ、ケイトを転がしたぞ」「嘘だろ!?ケイトはCランク冒険者だろ!?」そんなやり取りが聞こえるがテツは構わず受付嬢の方に向き直り「さ、さっさと換金を」と促す。
受付嬢はこういったトラブルには慣れているのか「わかりました。こちらへ」と笑顔でそれに応対する。だがテツは聞こえなかったが、アドルフは受付嬢が小声で「イケメンがパンツ一丁のおっさんを選んだ。二人ともイケメンだしこれはもしや」と呟くのを聞き顔を青くする。
なんとか換金を終えアドルフはギルド証を再発行。テツはギルド登録を終え簡単な説明を受ける。
・ギルドカードは身分証。紛失し再発行する場合は一万Gかかる。
・ギルドではF〜SSSまで冒険者をランク分けし、自分のランクより一つ上まで受けられる。(Fランクは12歳まで、それ以降は自動的にEになる。)
・ランクが上がると依頼の難易度も上がり、報酬もそれに見合ったものになる。
・Cランクからは一つランクが上がる事に試験がある。
・生産、商業を行う場合、商業ギルドに登録しなければならない。尚、カードはギルドカードを併用できる。
・犯罪行為を犯した場合、ギルドカードに記載され、全てのギルド及び騎士団に連絡が入り捕獲又は討伐対象となる。
・魔物討伐、種類、クエスト達成はにギルドカードに登録される。
・一定数クエスト失敗するとランクが下がり、上がりにくくなる。
纏めるとこんな感じだ。
ギルドカードにはランクと名前、そして犯罪履歴の蘭があるだけだった。ギルドの機械で見てもらうとさらに詳しいクエストの内容などの詳細が見れるらしいが。
兎に角ある程度予定通りに事が進み(アドルフの再発行手数料の時多少問題が起きたがそれは後に)、二人の事を怪しい笑顔で見つめる受付嬢に見送られ二人はギルドを後にする。
テツはアドルフに連れられこの街で安いが定評のある宿に入る。
「いらっしゃいませ!お泊りですか?お食事ですか?何でオジサンはパンツ一丁なんですか?」
とてとて、と小学生くらいの小さな女の子が元気に二人の前に立つ。
「一泊で頼むよお嬢ちゃん。あと夕食と朝食をつけてくれ。あとパンツ一丁なのは触れないでくれると助かる」
「かしこまり~!おかーさん!二名様で一泊!おとーさん!夕食と朝食付きだって!」
元気に大声で叫びながらカウンターの奥に消えていく少女に二人は微笑ましそうに笑いながら少女の帰りを待つ。
「はいはい。悪いんだけど今二名様用の部屋一室しかないんだけどいいかい?あとなんでパンツ一丁なんだいアンタは」
親子から同じ質問をされテツはそれに笑い、アドルフは顔をしかめる。アドルフは盗賊に、と軽い説明をして部屋に案内してもらい、特に荷物のない二人は一階の食堂に向かう。
「さ、とりあえず食事にしよう。それから今後の方針について話し合わなきゃな」
テツはアドルフの提案に賛成してテーブルにあったメニューに目を通す。
この世界に来て初めての食事にテツは胸を躍らせながら。
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