第32話王都への道中

「へぇ。お前さんはこの数日、そんな楽しそうな事をしていたのか。へぇ。俺が大変な目に合ってる間に。へぇ……」

「悪かったって。ほら、ヤシの実のタルト焼いてきたから。食うだろ?」

「……食べる」


 獣国の人達が無事体力を回復し、一同は王都へ向かうため馬車に乗っていた。テツが休暇を楽しんでいる間にアドルフは色々と大変だったようだ。子供のように拗ねるアドルフに、テツは焼いてきたタルトを渡し機嫌をとる。


 馬車は護衛の関係上二台で、一台にテツとアドルフ、メアリーにレイ、メルとミルが乗っていた。もう一台にメアリーと共に来た獣国の人達が乗っている。因みにクロエはカプリの街でお留守番だ。今回組織が関わっているとわかっている為、伯爵の判断で家でお留守番となっていた。


 向かいの席のアドルフにタルトを渡すと、それを見たメアリー達は一斉に尻尾を振りテツを見つめる。テツの両脇にはメルとミルがいるため、ふさふさした尻尾が腕に当たりくすぐったかった。テツは苦笑しながらそれを彼女達に渡すと無我夢中で食べ始めた。


 獣国や伯爵の部下が馬車の脇を歩き護衛している為馬車は安全。天候にも恵まれ、草原を吹き抜ける風が一同の頬を優しく撫でた。


 組織の事はこの馬車に乗っているメンバーにだけは話してある。流石に他国と言えどお姫様を危険にさらす危険性もある。情報は共有しておいた方がいい。というより、メアリーはすでにその話を知っていた。テツ達が運河の小島で話しているのが聞こえたそうだ。「獣人は耳がいいのですよ」と笑っていたが、一緒にいたレイ達は聞こえていなかった為、メアリーは魔法を使って聞いていたのだろう。全く油断も好きもない。


 それにもし王国が危険にさらされれば、次に狙われるのは異種族の国だ。異種族は総じて強いが、その人数は人間の国には劣る。どんなに強い国では数には勝てないという事だ。


「それに、今回の件で私達が活躍すれば、王国に恩を売れます。一国の姫としてこの期を逃すわけにはいきません」


 それを聞いたメアリーは微笑みながらそう話した。まったく、15歳とは思えない言葉だ。ダイスケに聞かせてやりたい。今更だがあいつ見た目は高校生くらいだったが、計算すれば精神年齢は既に25歳だ。全然少年じゃないじゃないかとテツは思った。


 テツが休暇の間、アドルフは式の為の衣装やら、クロエの開いてやらで忙しかったそうだ。伯爵家に次ぐとなれば、その仕事も受け継がなければならない。元々貴族だったアドルフはその教養はあるが、場所が違えば仕事も違う。その為に忙しく動いていたそう。


 勿論組織の事も調べていた。予想通り奴らに動きがあった。


 次に狙われてのが、南と西の間の国境付近。そこでガイライオンと呼ばれる巨大な獅子が出現したそうだ。小さな町が二つほど消えてしまったが、それでも既に討伐されている。実は騎士隊長ケイトに対しアドルフがこっそりと警告していた事が迅速な対処につながったと見える。


 組織の事は話さなかったが、それでも彼は元公爵家の人間。信頼度は普通の人より遥かに高い。そこでケイトは遠距離でも話せる電話のような魔道具で、騎士を動かし南と西の警備を厳重にした。勿論自身も王都に戻らずそちらに向かったという。


 そして予想通り魔物は現れ、そして討伐された。サーペントの時のようにスマートに、とはいかずそれなりの被害を出したようだが、それでも最小限の被害であったと言える結果となる。


「奴さんも焦っているんだろうな。スクロールはそう簡単に用意できる物じゃない。それに自分達の正体を晒さずにそれを使うのは至難の業だ。そこまでして行動した結果、その全てが潰された。次に出る行動は、力ずくで動くか、全く動かず次の機会を伺うかの二択だ。下手な行動はもうしてこないだろう」


 既に大国の四方で大型の魔物が突如出現したんだ。頭に脳みそが付いている人間なら流石に気が付くだろう。王国は襲われていると。そしてその狙いは王都かもしれない、と。


「くくく。しかしその原因が異世界から来た料理人だと知ったら、組織の奴ら驚くだろうさ。まさかコックに自分達の計画を潰されるとは誰も想像もつかないだろ」


 アドルフがはくつくつ笑いながらそう話す。テツは否定するが、実際テツの功績は大きい。だが同時に自身では気が付いていないが、テツと共に行動し、南西の魔物の危機を知らせたアドルフの行動も大きい。彼は気づかないうちに、伯爵家に嫁ぐことを誰も文句が言えない程の功績を既に上げているのだ。


 そんな事に気が付かず、馬車の中からは香ばしいヤシの実の香りが充満し、一同は楽しく話しなし英気を養いながら王都に向かう。これから待ち受けるであろう、国を巻き込んだ戦いに挑むために。


「ところでテツさんは何をやっているのです?」


 その日の夜野営をしている時、一人寛容テーブルで小さなブロック状の氷の塊を作っているテツにメアリーは話しかける。


「ん?ああ、これは魔力制御の練習らしい。これから危険があるかもしれないから練習しとけ、ってアドルフに言われてな。だがこれが中々難しい」


 メアリーを見ることなく、両手を合わせる様にして氷を作るテツに、彼女はクスクス笑いながらそれを見守った。


「ふふ。本当にお二人は仲がよろしいのですね。本当は付き合っているのでは?」


 思わぬ発言にテツは思わず魔力を出しすぎて、寛容テーブルを氷漬けにしてしまう。なんてこと言うんだとメアリーを見れば、彼女は頬を染め尻尾をふさふさ揺らしながらテツを見ていた。


 こいつ、冗談で言ってるわけじゃないのか。


 メアリーの表情から、彼女が本気でそれを期待している事を察したテツは深くため息をつく。


「ギャハハハ、テーツゥ!テーブル凍らせてどうするんだぁ!?まさかそれも調理しようってんじゃないだろうなぁ!?」


 メアリーの後ろの方から、獣人たちと笑いながら酒を呑みかわし、パンツ一丁で踊るアドルフが大声で徹に話しかける。その近くではレイが真面目に剣の手入れをしながら護衛たちと見張りをし、テツのそばには夕食を食べお腹を膨らましたメルとミルが、手を手を繋ぎ腹を出しながら寝ていた。


「うん。俺が例え女性だったとしても、あのおっさんはないな」

 

 テツは苦笑しながら、近くにあった毛布をメルとミルに掛けてあげる。メアリーは「ふぅん、そうですか」と信じていない様子だった。何故彼女はおっさん同士をくっつけたがるのだろうか。そんな彼女を横目にテツはなんとか氷を叩き割ると席に着く。


「まぁ今回はこれくらいで許してあげましょう。お詫びに魔力操作を手伝ってあげますよ」


 そう言うとメアリーはテツの後ろに回り、背中に両手を当ててくる。するとメアリーの手から、何か暖かいものがテツの体の中に流れ込んでくるのがわかった。


「感じますか?これが魔力です。魔力とは基本的にはお腹の辺りに存在し、そこから全身を巡ってまたそこに戻ります。テツさんは魔力が多いので分かりやすいかもしれません」


 ゆっくり目を閉じてください。メアリーの指示通り目を閉じ集中する。メアリーの魔力はテツの体を巡り、そしてメアリーの手の方へ戻っていく。


「この感覚を忘れず、少しずつ先ほどと同じことをしてみてください。ゆっくり少しづつ、体内にある魔力を意識しながら」

 

 テツはゆっくりと目を開け、先ほど同様氷の球体創り出してみる。体の中にある膨大な魔力を少しづつ、蛇口からでる水のように。


「あ、出来た」


 氷は綺麗に球体を成し、コロンとテーブルの上に転がる。それを見たメアリーは手を叩き「おめでとうございます」と微笑む。


「ありがとう。凄くわかりやすかったよ」

「ふふ。私は魔力総量は少ないですが、コントロールは上手いので」


 ならコントロールが得意なアドルフも、もっと早くこうして教えてくれよと彼を見るが、彼は現在気持ちよくパンツ一丁で踊っている最中だった。あんなおっさんに教えてもらいたくはないな。テツは天を扇ぐ。


「ふふ。これは恐らくアドルフさんにはできませんよ?このやり方はかなり特殊なのと、私の魔力総量が少ないことが関係します」

 

 聞けば、他人に魔力を渡すのには相当技術が必要なのと、魔力が多い人がそれを行うと、相手に魔力を渡しすぎて、貰った相手は体調を崩してしまうそうだ。


「そんなこともあるのか。しかし魔法ってのは結局何なのかよく分からないな」

「ああ、そういえば元居た世界では魔法はなかったんでしたっけ?」

「ああ。その代わり科学ってのがあったけど、こっちの世界ではそもそも物理法則が違いそうだから、その知識も役に立ちそうにはないしな」


 科学が何なのか分からない、といった表情をしていたので、彼女にそれを簡単に説明してあげる。


「成程、魔力を使わずに空に物を浮かせるのは確かに凄い事ですね。それが可能なら革命が起きますよ」

「こちらじゃ飛ぶ機械はないのか?」

「ありますよ?魔道飛空艇という物です。ただ現在は運用されていませんね。魔力を使いすぎるのですよ」


 聞けば、エネルギー元である魔石をいくつも使うため、その費用がかかりすぎるのだとか。こちらの世界では街灯やコンロ、あらゆるものが魔力で補われている。やはり科学の知識は役立ちそうにないな。


 テツは王都に着くまでの数日、何とか基本的な魔力操作をすることに成功した。改めて手伝ってくれたお礼をメアリーに言うと「ふふ。貸しにしておきます。いつか返してくださいね」と言われた。全く油断も好きもない王女様だと、テツは苦笑するしかなかった。

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