第21話クロエお嬢様

「悪いテツ。買い物は一人で行ってくれ。俺は少し伯爵と話がある」


 話し合いの結果、明朝出航することとなる。騎士隊長ケイトは、ここまで話が早く決まるとは思っていなかった為、出向の準備がまだできていないというのが理由だ。


 今回メアリー達も乗船することとなる。彼女は兎も角、彼女の護衛たちは強い。メアリーが乗る事には流石にケイトも躊躇ったが、女王命令だと言われれば断るわけにもいかない。メアリー達は満足そうに、先日救出された仲間たちの様子を見に行くといって出て行った。


 時間があるならとテツが買い物に行くタイミングで、アドルフが伯爵に何かを話して、二人は部屋の中へと消えていった。


「まぁ、アイツにも色々あるんだろうな」


 そう納得し、あまり詮索しないでおこうと決め、テツは街へ買い物で出掛ける。


「今日取れたばかりの魚だよ!!」「こっちは獣国で取れた果物だ!」


 街の露店街へ出ると、そこはまるでお祭りの様だった。人は道を埋め尽くし、道の両脇には隙間なく露店が並んでいる。食材だけでなく、それらを使った屋台も並び、辺りには様々な香りが漂っていた。


「ははっ。こりゃすげぇわ」


 テツは思わず笑みを浮かべてしまう。料理は食材がなければ話にならない。だがここにはそれが溢れている。料理人としては最高の場所だ。


「お?お、おいお姉さん!これはなんだ!?」


 店を見て回っていたテツは、とあるものを見つけ思わず足を止めてしまう。そこには「本日の目玉」と書かれた店をはみ出すほど大きな魚が展示されていた。


「お姉さんだなんて、アンタいい目してるよ!これはね、今朝運河で一本釣りされたエレメントサーモンだよ」

「サーモン!?これがサーモンなのか!?」


 サーモンと言えば、地球では1m前後が通常サイズだ。だがこれは7、8mをゆうに超えているだろう。その皮は薄いグレーをしているが、沢山の水色の宝石が付いているかのようにキラキラ輝いていた。


「これはね、海でしか取れない魚なんだが、最近運河の魚が大量発生していてね。そこをうちの旦那が一本釣りよ」


 おかみさんは竿で魚を取るような身振りで説明してくれる。値段は書かれていない。恐らく言い値なのだろう。


「マジかよ。これを一本釣りってどんな旦那さんなんだよ……」

「アッハッハッハ!!顔は悪いが腕は港町一だよ!おかげで美人の私も釣られちまったってわけさ!」


 おかみさんのジョークは兎も角、確かに旦那さんの腕は一級品なのだろう。エレメントサーモンだけでなく、他の魚たちは皆輝き、その皮には傷一つない。


「まぁそれでも珍しいから展示しているが、値段が高くて誰も買いはしないんだよ。どうする?試しに買ってみるかい?」

「……買った」

「お?本当かい?ありがたいね。部位はどうする?何キロくらい必要だい?」

「……全部だ」

「は?」

「全部だ。この店にある魚全部買った!」

「……は?」


 テツはアイテムボックスから金貨の入った袋を一つ取り出すと、ドンと空いてるテーブルに置く。


「いくらになる?必要な分だけ持っていってくれ」


 真剣なテツの言葉に、おばさんは一瞬固まった後大声で笑いだす。


「アッハッハッハ!!気に入った!売った!全部持っていき!お礼に少しサービスしてあげるよ!」


 道行く人達を驚かせるほど、二人は大声で笑いあい、テツはいい買い物が出来たと満足できた。


 ぶんぶんと手を振るおばさんと別れ、テツはおばさんからサービスだと教えてもらった店店を周る。おばさんはこの辺りに詳しいようで、紹介してもらった店はどれも見事な食材が並び、テツは迷うことなくすべて買っていく。


 そうするとまた店を紹介され、日が暮れるまでテツは買い物を堪能したのだった。


「はぁ、楽しかった。ここは宝の山だな」


 見た目は手ぶらだが、アイテムボックスの中には、肉や野菜に魚、果物に珍しい花まで入っている。


 気分良く伯爵邸に帰ったテツは、アドルフにその事を報告しようとメイドに連れられ先ほど話をしていた客間にやってきんだが。


「お父様!お願いします!!」

「駄目だ!お前が行っても碌な事にならん!!」


 メイドが部屋のドアを開くと、いきなり怒鳴り声が聞こえ、中には怒っている伯爵と困っているアドルフ、そして見知らぬ女性が伯爵と何か言い争いをしていた。 


 話の内容から伯爵の娘なのだろう。赤いドレスに身を纏い、伯爵同様金色の綺麗な髪の色をしている。整った顔立ちをしているが、頬を真っ赤に染め怒っているその姿に、テツは近づきたくなくてそっと部屋を後にしようとする。


「おお!!テツ殿!待っておりましたぞ!クロエ、私は彼と話の約束をしていてな。悪いがこの話は終わりだ」


 約束などしていない。逃げ場を失い顔を顰めながら振り向くと、伯爵はすがるような笑顔でテツに微笑んでいた。


「ならお話が終わるまで私は此処にいます!お父様が「いい」と言うまでここを離れませんから!」


 だが伯爵の願いもむなしく、クロエはどたどたと近くのソファーまで行き勢いよく座ってしまう。


 ため息をつく伯爵とアドルフ。状況は大体わかり、重い足を引きづりながら、一応伯爵に聞いてみることにした。


「ただいま戻りました。で、彼女は?」

「ああ、この子は私の一人娘のクロエだ。ほら、クロエも挨拶しなさい。彼がテツさんだ」


 伯爵がそう言うと、クロエは目を見開き立ち上がり、テツの手を掴むとぶんぶんと振り挨拶をしてくる。


「初めましてテツ様!お会いできて光栄です!貴方が地竜を倒したという方ですね!是非お話を聞いてみたかった!」


 テツは彼女の言葉を受け、ちらりと後ろに立つ二人を見ると、二人はそっと視線を逸らす。どうやらこのおっさん二人は何やら余計な事を言ったようだ。


「初めましてクロエ嬢。お会いできて光栄です。確かに私も地竜討伐に参加していましたが、実際にとどめを刺したのは始まりの街のギルドマスターですよ」


 営業モードでそう言うテツは、まずは彼女を落ち着かせ席に着かせる。だが彼女の興奮は収まらなかった。それだけでなく、彼女の発言はテツの予想を超えたものとなる。


「それで?地竜は強かったですか?どんな攻撃を受けましたか?すごい衝撃でした?」

「ええっと……」

「きっとすごい衝撃だったのでしょうね!体の芯にまで響くような!ああ、私もそんな衝撃受けてみたい!」

「え、はい?」

「ああ、押しつぶされるような衝撃、体の芯から感じる傷み……」

「お、お嬢様?」


 クロエ嬢はテツの話を聞かず、良からぬ方向へ話を持っていく、そして自分の世界に入ってしまう。


 テツは直感する。この子はまずい。人が踏み入れてはいけない領域に踏み込んでいる、と。


 実際奥で立ってその様子を見ていたおっさん二人は、額に手を当て天を仰いでいる。どうやらテツは面倒に巻き込まれたようだ。


「ああ!私も一度でいいから龍に押しつぶされてみたい!いや、攫われて酷い事をされてもいい!」

「お嬢様。クロエお嬢様?一度帰ってきてもらってもいいですか?」

「あ、え?すみません。少し興奮してしまいました。あ、よだれも垂れてましたね」


 テーブルに置いてあったナプキンで、クロエは優雅に口元を拭くが、時すでに遅し。頬を赤く染め、はぁはぁと息を荒げながら語ったクロエに対してテツは既に関わってはいけない人認定をしていた。


「いえいえ。構いませんよ。しかしどうやら私は少し買い忘れをしてしまったようだ。ここで失礼させてもらい「「いやいやいや」」おい」


 さりげなく立ち上がり退出しようとするテツの肩を、いつの間にか両サイドに立つおっさん二人に押さえつけられてしまう。


 どうやら伯爵とアドルフはテツを逃がす気はないようだ。二人の満面の笑顔がそれを語っていた。


「ところでお父様?テツ様とのお話はいいのですか?」

「あ、ああ。そうだったな。忘れていたよ。はて、どんな話だったっけな」


 お話がないのでしたら、と立ち上がるクロエに、あ、そうだった、と伯爵は慌てて話す内容を考えている。


 巻き込むなよ、という顔をするテツにアドルフが小声で「諦めろ」と嗜める。


「そう言えばテツ殿は流れ人だったな。私は流れ人に会うのは初めてだったので、是非お話を聞いてみたくてな」


 嘘つけおっさん、と思いながらもテツは何とか笑顔を保ち、口を開いた。


「ほう、では龍を倒し、食すために旅をしていると」

「ええ、それが料理人の私の使命だと思っています」


 一通り話したテツに、伯爵は腹を撫でながら感嘆する。


「いいですな。でしたら銀龍王を狙うという事ですかな?」

「銀龍王?」


 伯爵の話によれば、銀龍王とは、龍の中でも最強種であり、魔物の頂点に君臨する存在だという。


 最強の龍の中の最強、つまり旨味の頂点。テツは決意し、口を開こうとしたが、先に口を開いたのはクロエだった。


「決めた。決めましたわお父様!!私テツさんについていくことに決めました!!」


 突然の申し出に、三人は口を開け、固まる事しかできなかった。

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