第10話初の飯テロ回
「いいかダイ!地竜の肉なんて今後触れるか分からない貴重な食材だ!だがそれを触り感じ考える事が料理人の成長を促す!今日今この瞬間に命を掛けろ!それが出来ないなら料理人を辞めろ!!」
「ウィ!!シェフ!!」
次の日、場所はいつもの宿の厨房。
だがいつもと違い既に宿の前には人が道を埋め尽くすほど集まっている。恐らく今日は街の住人全てが集まるかもしれない。
「お前達も頼んだぞ!」
「「「「「はい!!」」」」」
そして宿屋のおかみさん、少女の他、ギルドで集めたアルバイトの女性たちが10人程テツの横でこれから始まる戦いに備え気合を入れる。
昨日ギルマスに地竜の肉を調理したいと話したところ、ならばと彼女から依頼を受けた。
先日の地竜の騒動でこの街の住人は怯えきっていた。当然だ。いきなり街の中で地竜が出現するなど怖くないはずがない。
またいつそんな事が起こるかわからない住人はこの街から逃げ出し、街が廃れる恐れがあると判断したギルマスが、その皆に料理を振舞ってほしいとお願いしたのだ。
この街には地竜を倒すほどの冒険者がおり、それをすることによりこんなにも美味しい料理にありつけると宣伝することで住人はは安心し不安を忘れる事が出来る。
料理なんかで、と思うかもしれないが、昔から人は災害や戦争で危機を乗り切った時揃ってうまい飯を食べ旨い酒を呑み肩を寄せ合って乗り越えてきた。
そうすることで皆で泣き、笑い、そして励ましい友情を深め強くなっていく。
皆で食事をするという事はそういう意味もあるという事だ。
「さ、始めるぞ。まずは味見をしなくてはな」
テツはまずは肉を薄く切りフライパンで軽く炒める。
その時点でテツは確信していた。この肉は間違いなく旨い、と。
その巨体を支えるためか、筋肉質な肉でありながらも綺麗な脂がのり、指で触ると体温だけで溶けてしまう脂。
それが口の中に入っただけでどれほどの旨味を感じさせてくれるのか、テツは食す前からよだれが止まらなかった。
味付けはしない。
初めは食材のポテンシャルを確かめるため余計な事はしない。
テツはそれを二枚に切り分けるとダイに渡し、同時に口にする。
「「なっ!?」」
そして二人は驚愕する。
味付けは一切していない。なのにしっかりとした旨味が口の中に広がり脳へと伝わる。
脂身も最高だ。予想通り体温だけでスッと溶けていってしまう。だが同時に旨味が脂と共に口の中全体に広がり、食べ終わった後もその長い余韻にいつまでも浸っていたくなる。
しばらく二人は口を開かない。いや、開けないのだ。
口を開けてしまったら、そこに空気を入れてしまったら、この旨味が逃げてしまうかもしれない。そんなもったいないと思ってしまうほどこの肉は素晴らしかった。
臭みもない、これならどんな料理にも合うだろう。
だが脂身が解ける温度が低いため、その調理は繊細に行わなければならない。味付けをし過ぎれば肉のうまみを殺してしまう。
その為フランベ(焼いた際酒をかけ風味付けする手法)はなしだ。
蒸し焼き、茹でもだめ。これはシンプルにいこう。
そう決めたテツは此処でようやく口を開く。
「さ、メニューが決まった。ここからは戦場だ。付いてこい」
そう言うと二人で店の前に用意してもらった厨房へと向かった。
店の前ではすでに沢山の人が「早く食わせろ」と声を上げている。ギルドが宣伝したため既に町中の人がこの事を知り、予定時間より1時間は早いのに集まっている。
だがテツはその事を気にせず目の前の食材のみに集中する。
全ての工程、完成図、その為の時間を逆算、いかに効率よく素早くお客様に届けるか。その組み立てを一瞬で行ったテツは切り分けてあった肉を手にする。
「米の方はどうだ?」
「ええ、ばっちり。ギルド総員で集めて既に炊いてあるわ」
近くにその様子を確かめに来ていたギルマスがテツの質問に答える。
「ありがとう。なら、始めるか」
テツのその真剣な表情に見惚れるギルマスをほっとき、テツは箱に山済みになっている玉ねぎ、人参などの香味野菜を素早く切り分ける。
それでけで人ごみの前の方、テツが見えている人たちは言葉を失いそれに見入る。
なんて素早く、そして繊細な仕事をする人だろう、と。
料理が分からなくてもその凄さは皆が理解できた。
ダイ、そしてスタッフ10人総出で野菜を切り、いよいよ調理に取り掛かる。
今テツのお金を(金貨100枚程)使い、目の前には持ち運び式のオーブンとコンロ20台、さらに後ろには沢山の野菜とワインが用意されている。
テツはその全てのコンロに火をつけフライパンを並べる。
客は皆それを固唾を飲んで見守る。まさか一人で20個のフライパンを握るのか、と。
だがテツはそれが当然と言わんばかりに全てのフライパンに油を敷くと切った野菜たちを入れる。まずは中火で野菜の味を油にしっかりしみ込ませるように焼いていく。
その動きにはまったく無駄がなく、いつ野菜を動かし、いつフライパンを煽るのか、全て考えつくされた動きに皆驚く。テツはフライパンん温度を上げる。
「ダイ!肉を入れてってくれ!」
テツは叫ぶとダイは塩コショウのみをした大きな肉の塊を入れていく。テツはダイにアイコンタクトをすると二人はそれを焼いていく。
ダイはテツの動きを真剣に見つめ真似し肉を焼き、テツはそれを逐一確認する。
そして表面をさっと焼いた後はその全てをオーブンに入れ火を入れていく。
「次だ!」
テツが叫ぶと再び20個のフライパンが並び、先ほどと同じ工程を繰り返す。
テツはこの時既に40個の肉の塊の中身を想像し、最高のタイミングで肉が焼ける事をイメージしている。
そしてそれらが焼けた後、再びオーブンへ。さらに20個のフライパンが並ぶ。これでテツは60個の肉の塊を管理していることになる。
それを見ていた客は唖然としている。その動きは、その行為は最早人間業じゃない。
だがテツもそこまでの経験はないわけじゃない。大きな店だとパーティーなどで400,500人前の肉を焼くなどよくあることだ。そしてそれだけでなく、魚を焼き、全体の流れを考えながら。
テツは最初にオーブンに入れた肉を取り出し、状態を確かめると肉をひっくり返し、コンロの上で少し寝かせる。その間に次の肉をオーブンに入れる。
ここでその行為が何の意味があるのか分かっているのはテツとダイだけだろう。
今回肉の脂が溶ける温度が低いため、テツは一つの調理法にたどり着く。高温で一気に肉の周りのたんぱく質を固め旨味を閉じ込めオーブンで中まで火を入れる事だ。
だがオーブンの中にずっと入れておくと火が入りやすい肉は外側が固く、中が生になってしまう。だから少し火を入れその余熱で中まで火を入れる。一度では中まで火が入らないので、それを2,3度繰り返す。
それにより旨味を一切逃がさず、そして中まで均等にしっとりと仕上げる事が出来るからだ。
「米を!!」
そう叫ぶと10人のスタッフは一斉に器に米を盛り始める。同時にダイは肉を切り、テツはソースを作る。
作るソースはシンプルな物、地球で言ったら「ポルト酒のソース」だ。
甘口の赤ワインのポルト酒、そしてシンプルな味の赤ワインを一対一の割合で鍋に入れに詰めるだけ。
シンプルだが、それは昔からグルメの口をうならせるほどおいしいソースとなる。
それを2/3程に詰めたらあとは米の上に肉を置き、ソースをかけるだけ。
シンプルだが、最高級のご飯『ローストビーフ丼』の完成だ。
辺りを漂うその香ばしい香りに、テツの動きに見入ってた客はハッとなり我先にとお金を払いそれを受け取る。
「う、うめぇ。なんだこれ……。蕩ける。広がっていく……」
「ああ、なんて美味しい料理。こんなの初めて……」
女性も、屈強な戦士も、それを一口食べれば皆恋する乙女のように顔は蕩け、腰を抜かしそうになる。
それを見た後ろのお客さんも我さきへと料理を受け取り、そして虜になっていく。
「わ、私にも食べさせてくれ!!」
そんな光景に我慢できなくなったギルマスにテツが特別に大盛で渡してあげる。
「どうぞ、召し上がれ」
調理をしていた時とは違い、優しいテツのその表情に、ギルマスはすでに恋する乙女の顔になっているがその香りが鼻から入ってきた瞬間気が付けば料理にがっついていた。
「ああ、なんて美味しいの……」
ギルマスは腰を抜かし地面に座り込む。蕩ける肉のうまみ、それを完璧に生かすソース。そしてそれらを全て受け止め旨味を凝縮させた米。その全てが口の中へ広がりハーモニーとなる。
「ああ、好き。結婚して」
ギルマスはそんな料理を作るテツに向かいそう呟く。だがテツは既に調理に戻っていてその声が届くことはなかった。
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