第11話フルーツのリゾット

「ひっく!じゃあ今日は皆ご苦労!ひっく!よくやった!これでひっく!街の皆の不安も少しは拭えたこと「カンパーイ!!」あっテメェまだ俺が!」

「「「「カンパーイ!!」」」」


 場所はいつもの宿の食堂、時間はもうすぐ日が変わる頃。


 地竜のローストビーフ丼は大好評で、その味に涙を流すものまでいた。だがこれは決しておかしい事ではない。人は本当に美味しい物に出会え味わ得たその時、至福に満たされる。


 今日働いてくれた皆を労うためテツとダイは皆にも簡単な料理を振舞い酒を用意した。何故かそこにギルマスとパンツ一丁のアドルフもいるわけだが。


 先ほど乾杯の音頭を取っていたのは今日一日中良く食べよく飲み酔っぱらったアドルフがとったものだったが、それをギルマスに横取りされ彼は今泣いている。パンツ一丁のおっさんの本気な気はなんとも情けない姿だった。


「ほら、アドルフ食え」


 今回ギルマスと共に道具や食材集めに走ってくれたアドルフだったので、テツは一応労いの気持ちを込め一品作っておいた。


「ああ?ぐすっ。なんだこれ」

「お前は今日は呑み過ぎだからな。体にいいオレンジのリゾットだ」

「はぁあああ!?オレンジってあれだろ?果物のオレンジだろ!?それをリゾット!?絶対まずいだろ!そんなもん俺に食わせ……ヒッ!?」


 テツは地竜にも似た殺気をアドルフにぶつける。自分の作った料理をまずいなど、それはテツの人生を否定する言葉と言っても過言ではない。何故ならテツは人生を懸けて料理をしてきたのだから。


「わ、悪かったよ。食べるよ。食べ……。もぐもぐ。んん!?なんだよこれ。イケんじゃねぇか!!」


 肉を食べた時のように最高に美味いというわけではない。見た目もリゾットの中にベーコンとオレンジが見えるだけなシンプルな物。


 だがアドルフは初めは少しずつ。だがだんだんとその手を早め一気に料理を平らげた。


 フルーツのリゾットは日本じゃ珍しいかもしれないが、フランスでは別に珍しくもない。


 まず柑橘系(リンゴや桃も)はアルコールの分解促進効果があったり低血糖を回復させてくれたりと、まぁとにかく二日酔い予防になる。


 その一つであるオレンジを使ったリゾットなので、今のアドルフにはピッタリなはずだ。


日本でいう『お粥』の様なものだ。


 作り方は簡単。


 玉ねぎとベーコンを細かく刻み、弱火でバターを使い炒める。そこに細かく切ったオレンジを入れ米とコンソメを入れ一煮立ちさせる。あとはもう一度オレンジを入れチーズ、生クリームを少し入れ混ぜるだけ。果物の味をもっと感じたいという人はオレンジジュースを入れてもいい。


「なんだろう。果物の酸味とチーズの塩味がちょうどいい。凄く体にいい気がする」


 アドルフはそんなコメントを残し、そしてほっと溜息をつく。


「流石わ、わ、私のテツだ。アドルフの体を気遣った料理とは恐れ入る」

「料理とは気遣いが基本だからな。何でもかんでも旨味の強い料理を出せばいいってもんじゃない。しっかり相手の体調を考えた料理を出すのは当たり前のことだ」


 何故か顔を赤らめ「私の」を強調したギルマスに対し、テツは気にせず答える。その優しい微笑みとプロらしいしっかりとした答えにギルマスは「好き」と呟く。テツはそのつぶやきを聞いていたなかったが、それが聞こえたアドルフはちょっと引いていた。


「パパかっこよかったよ!!今日皆「あの亭主こんなに凄い腕してたんだな!」ってパパの事褒めてたよ!!」

「そうよ貴方!これでこの宿も安泰よ!口々にお客様が「また来る」って言ってたんだから!」

「……おう!」


 酒が進んでいるからか、おかみさんと少女に褒められたダイは既に嬉し涙をその大きな目に溜め、「ちょっと厨房を見てくる」と言い消える。


 当然奥からは店中に聞こえる声で大男の泣き声が響き渡り、それを皆で笑いながら聞き酒を煽る。


 暫くして目を真っ赤に晴らしたダイが戻ってくると真っ直ぐテツの前に立つ。


「シェフ。本当にありがとうございます。貴方が来てから、貴方に料理を教えてもらってからいいこと尽くしだ。かみさんや娘は喜び、お客様からは笑顔で「美味かった、また来る」と言われる。街を歩いていてもそうだ。今まで仏頂面の俺に話しかけてくれる人なんていなかった。だが最近は街でも「またアンタの料理を食いに行くよ」とか、子供にも「おじさんの料理美味しかった」と言われて。俺、俺……」


 最後まで言いきれず再び涙を流すダイを皆微笑ましそうに見守り、テツは彼の肩に手を置く。


「確かにそのきっかけは俺が作ったかもしれない。だがそれは、その皆の気持ちはダイが頑張ったからこそ皆が答えてくれたんだ。食事とはただ飯を食えばいいってもんじゃない。飯は五感で楽しみ、そしてその一日を幸せにしてくれる魔法のような物だ。皆が笑顔を向けてくれたなら、それはお前が作った笑顔なんだよダイ。だから胸を張れ」

「ぐすっ、ウ、ウィ!!シェフ!!」


 ダイは最早子供のように泣きじゃくり再び厨房へ消えていく。


 今更何を隠しても無駄なのに、とおかみさんの言葉と店中に響き渡るその大きな声に一同は再び笑い、そして楽しい夜を過ごした。


「それではテツ。お前はFランク冒険者からDランク冒険者へと昇格だ」

「へ?」


 次の日、ギルマスに呼び出されたテツは何故か一緒についてきたアドルフと共にギルドマスターの部屋でそう言われ驚く。


「俺、なんかしましたっけ?」


 テツの答えにギルマスは呆れ深いため息をつくと、その理由を丁寧に説明してくれる。


「いいかテツ。お前は街を壊滅するほどのAランクモンスターを倒し、そしてギルドマスターからの依頼「街の皆の不安を取り除いてくれ」というものをいとも簡単にやってのけたんだ。これくらいの事は当たり前だ」


 そんなものか、というテツの言葉にギルマスは呆れながら、そんなものだ、と続ける。


「確かにテツにはそれだけの功績がある。でもよ。だったら手っ取り早くもっとランクを上げちまえばいいんじゃねぇか?」


 アドルフがギルマスの言葉に待ったをかけるが彼女は首を横に振り答える。


「確かにギルド内にも「テツをさっそと高ランクにして難易度の高いクエストをやらせよう」という意見があった。だがそれを私が止めたのだ」

「その心は?」

「ランクと言うのはただ強ければいいってもんじゃない。それはギルドと冒険者の信頼の証でもある。そして何よりテツは流れ人だ。この世界の事を知らなすぎる」


 つまりギルマスはテツにゆっくりとこの世界を知ってもらいながらランクをあげて欲しいらしい。それにクエストは討伐系だけでなく採取、護衛系などもある。テツにはそれらの経験がないため、高ランクになりいきなり難しいクエストを任せてもこなせないだろうというギルマスの判断だ。


 これはギルマスなりの配慮なのだろう、とテツは考える。しっかりと自分の将来の事を考えてくれている上司にテツは心の中で感謝する。


「ま、まぁテツがどうしてもと言うなら私自ら手取りあ足取り、24時間一緒にいて教えてもいいが。。どうだろうか?」

「あ、それは結構です」


 頬を真っ赤にして提案するギルマスをテツは一刀両断する。魅力的な提案だが女性と付き合ったことのないテツが24時間女性と行動を共にするなど、恐らく恥ずかしくて死んでしまうからだ。


 だがそんなテツの気持ちをしらないギルマスは呆然とし今にも泣きそうな顔をする。


「お、おいテツ。そんなはっきり断らなくても」

「いや、いいんだ。私も少し慌て過ぎた。もう少しゆっくり攻めねば」


 ギルマスは再び顔を引き締めどう攻めるか考えていたが、それもテツの一言によりすぐに壊れることになる。


「そう言えばそろそろ次の街に行こうと思うのだが、どこに行けばいいと思う?」


 テツの思わぬ提案にギルマスは今度こそ泣きそうだ。


「な、何故だ!!ずっとこの街にいればいいじゃないか!この街の何が不安なんだ!?田舎だからか!?好みの女がいないからか!?」


 最早なりふり構っていられないギルマスはテツにつかみかかりそうな勢いでテーブルを叩く。


「い、いや、女は関係ない。俺の目標はドラゴンだ。ドラゴンの肉を料理したい。それにこの世界を歩き回って様々な食材に出会い調理したいと思っているんだ」


 地竜は龍種といってもその中では下級だ。その事を知ったテツはやはり旅をしなければだめだと思い至った。


 それほどにまで地竜の肉は旨く、テツはこの世界の可能性を感じた出来事だった。


 その言葉にギルマスは「ぐぬぬ」と何かを悩み、そして意を決してテツに告白する。


「て、テツ!!私はお前が好きなんだ!だからどこにも行かないでくれ!!」


 突然の告白にテツとアドルフは唖然とし、ギルマスは今にも倒れそうなほど顔を赤くする。


 だがテツの答えはあっさりしたものだった。


「ありがとうございますギルマス。その気持ちは嬉しいが俺は応えられない」


 テツの答えにギルマスは一瞬呆然とし、そしてとうとう泣き出してしまった。


「な、なじぇだ!!なじぇ!?私に魅力がないから!?」


 テツの肩を揺さぶり子供のように泣くギルマスをテツは優しく撫で、落ち着かせてからゆっくりと話す。


「違うんです。ギルマスは魅力的な女性だ。だが俺には料理を極めるという目標がある。前世では人生をかけてもそれが出来なかった。そして再び生を得た。今度こそその頂きにたどり着きたいんだ。分かってくれ」


 はっきりと子供に言い聞かせるようにギルマスに話す。ギルマスはそれを聞き、少し落ち着いてからテツに聞く。


「つ、つまり私より料理の方が大事って事?」

「ああ、俺にとってはそれが全てだ」

「もし、もしお姫様がテツに告白してもテツは断るの?」

「ああ、俺は女性よりも料理の方が好きだからな」

「つまり女性には興味ないの?」

「ないわけではない。だが料理に比べれば些細な事だ」


 それを聞いたギルマスは「分かった」と言い、泣きながらソファーに戻る。


 話すことも無くなり、テツは「では」とギルマスの部屋を後にし、その光景を呆然と見ていたアドルフも慌てて部屋を後にする。


「なんじゃそりゃああああああああ!!??」


 二人がギルドを後にした頃、ギルドにギルマスの心の叫びが響き渡った。


 後日談だがそれからギルマスは二日ほど部屋で泣きじゃくり、その後鬼の様に働いたらしい。ギルド職員の話では彼女は呪文のように「料理人死ね」「私は料理に負けた。食べ物より魅力のない女」と口にしていて怖かったらしい。

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